111 山で天気予報が外れるのは悲しい ~せいうち日記111 [May 18, 2018]

しばらく前から気になっていた健康保険の切り替えがスムーズに終わって、4月後半から動き回れるようになった。リタイア後の年金生活者にとってゴールデンウィークは混むばかりで出歩く時期ではないが、年金の原資は働くみなさんの納める年金保険料であり、ここは感謝しつつおとなしくしていなければならない。

とはいえ、暑くなる前に山に行かないと、せっかくの気候が無駄になってしまう。今年は3月以降不安定な天気が続いて、なかなか晴れ間が続かなかった。かと思うと真夏日になるという予報で二の足を踏む。勤労者の方々があまり行けない日時で天気予報と相談しつつということになると、なかなか候補日が調整できないのはつらいところである。

その中で、ゴールデンウィーク前は4月20日から1泊2日で丹沢に行く。大倉登山口から丹沢山・みやま山荘に登って一泊し、翌日は桧洞丸までという計画を立てたのだが、初日に足が攣ってペースが上がらず、蛭ヶ岳から東海自然歩道で姫次から東野へ下りた。こちらに下りると交通の便が悪いのが難点で、バス便が限られる上に三ヶ木、橋本経由で帰るまでが大変だった。

この山行は出発前日まで雨で、予報通り当日からは晴天だったので問題はなかったのだが、ゴールデンウィーク後に計画した5月10日からの奥多摩は大変だった。同様に前日まで雨でこれは仕方ないのだが、出発当日は雨は残っても朝の内という予報で、天気図をみても高気圧が張り出して回復するはずであった。山梨県東部の降水確率は10%、まず心配ないだろうと思っていた。

朝5時前に家を出る時に小雨がぱらついていたが特に気にせず、北総線と武蔵野線で奥多摩に向かう。立川から青梅線に入ると、通勤通学する人達がみんな傘を持っている。路面は濡れて光っていて、「朝のうち雨が残る」という雰囲気ではない。奥多摩駅に着くと雨は本降り。西東京バスを待つ人達もリュックにカバーしたりレインウェアを着たり、身支度に大変であった。

まあ、止む前には本降りになることもあるからと悠長に構えていたら、鴨沢にバスが着く頃にはいったん雨は上がり、雲の切れ間から青い空も見えた。バス停の休憩所でリュックカバーを外し、登り始める。まだ上から雨粒が落ちてくるのは、樹の上から風で水滴が落ちるんだろうと思っていた。

ところが、30分登った小袖の駐車場では、空一面が鈍い灰色となり再び本降りの雨である。山の中だから仕方がない。再びリュックカバーを付ける。木立の中だと木々に遮られて雨の直撃は避けられるものの、それでも屋根がある訳ではないからいくらかは下まで落ちてくる。それから1時間、11時を過ぎても空は明るくならない。それどころか、雷の音まで聞こえてきた。

この尾根の休憩適地は標高1150m地点で、平らに整えられて広場のようになっているが、水たまりができておりシートを敷いたくらいでは追いつかない。転がっている大きな木を見つけて、ビニール袋を敷いて座りあわただしく昼食休憩とする。と、空から小さな球形の固体が落ちてきた。春なのに木の実とはおかしいなと思っていたら、なんとそれは霰であった。

帰ってから奥さんに聞いたところによると、この日の天気予報は大外れで、わが家の方でも一日冷たい雨だったそうである。ニュースでも「予報は外れてしまいました」と言っていたそうだから、私の天気図の読み方が拙かった訳ではないようである。このくらいで済んだからよかったようなものの、もし落雷でもあれば命にかかわるところであった。

このように山で天気予報が外れて痛い目にあったものの、その分、翌日は風もなく空気もひんやりして、山を歩くには最高の陽気となった。

七ツ石小屋から急坂を登って稜線に出ると、奥多摩の山々、遠く丹沢・南アルプス、そしてくっきりと富士山が見えた。富士山が見えると浮き浮きした気分になるのは、やっぱり日本人というか、先祖代々刷り込まれたものなんだろうと思う。

そういえば、まだ学生時代のこと、大人になったら大きなビルの上の階で働くようになろうと思っていた。その後社会人になって、10数階とか20数階のオフィスで働くこともあったのだが、実際に働くとビルの何階だろうが仕事に追われて景色どころではなく、エレベーターが混んでかえって大変なだけである(震災の時は歩いて上がらなくてはならなかった)。

そうしたことを思えば、こうして山の上まで登って、まだ誰も通らない道で景色を楽しむ方がずっといい。ビルの上から地上を見ても、よそのビルの雑然とした屋上やら老朽化した公営住宅やら見たくもないものが見えて興ざめするが、山の上から見えるのは幾重にも連なった稜線であり、彼方の富士山である。残り少ない人生、できればいい景色を見て過ごしたいものである。

[May 18, 2018]


奥多摩では七ツ石小屋に初めて泊まりました。2、3年前から丹波山村営となっていて、お布団もふかふかでしたが、約12畳の部屋に一人で寒かったです。


それでも、翌朝すばらしい風景を独り占めできたのはうれしいことでした。富士山を見るとうれしくなるのは、やっぱり日本人?