070 蛭ヶ岳 [Apr 19-20, 2018]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

3月に丹沢・梅ノ木尾根を歩き、帰りのバスでは多人数シルバーハイカーに座席を占領され広沢寺温泉から立ちっぱなしという状況にもかかわらず、翌日以降全く足が痛くならなかった。そのことに大変気を良くして次は山小屋泊だと張り切ったけれども、4月に入ると大風やら夏日やら山には不向きな気候が続いた。

ようやくゴールデンウィーク前の週に、なんとか晴れが続いて気温もそれほど上がらないという予報が出た。2018年4月19日木曜日から1泊、みやま山荘に泊まって目的地は丹沢・蛭ヶ岳である。

これまでみやま山荘には2度泊まっていて、丹沢山までは何度か登っている。大倉尾根経由もあるのだけれど、前回の尊仏山荘泊まりで大バテしたのが記憶に残っていて、今の調子ならあんなにバテないのにと思っていた。

だから今回は、大倉尾根から塔ノ岳を経て一気にみやま山荘まで登る計画を立てた。前回は休憩時間込みとはいえ大倉から塔ノ岳まで6時間20分、特に花立山荘以降に1時間45分もかかったのであるが、あの時は調子が悪すぎたので、いまなら5時間くらいで楽に歩けるだろうと考えていたのである。

北総線の始発電車で都心に向かう。6時台だというのに浅草橋もお茶の水も新宿も結構な混み具合である。しばらく通勤していない間に、朝のラッシュアワーの時間帯が繰り上がったのだろうか。小田急線の下り電車も何とか座れたけれど、人が多すぎて向かいの窓が見えず外の様子が分からない。結局、渋沢までずっと立つ人がいなくなることはなかった。

渋沢からバスで大倉へ。さすがにこちらの方は満席にはならない。20分ほどで大倉登山口に到着。バスを下りた第一感は、目の周りが熱いということであった。日差しが厳しいのと、寝不足かつ車内が混んでいてあまり眠れなかったのが効いたようである。平日の始発電車で山に来ることはあまりなかったので、これからはちょっと考えなくてはならないなと思った。

大倉の登山口は公園になっているので、ベンチに座って身支度したり日焼け止めを塗ったりGPSを準備したりする。前日まで雨だったので重馬場を想定してスパッツを着用、そしてこの時期の丹沢はヒル除けスプレーが必須である。

8時20分スタート。バスで着いた中では一番遅い出発となった。しばらくは舗装道路を登る。大倉尾根は舗装道路から簡易舗装、石畳、土の登山道と登るにしたがって路面状況が変わるものの、傾斜は最初からかなりきつめである。特に、この日はきつく感じる。歩き始めてすぐに汗が噴き出した。

今回は山小屋泊だし、前回の大倉でバテた反省からリュックは水を入れて9.7kgとかなり軽めの荷物である。持たなかったものはEPIガスで、2日分の食糧はランチパックと菓子パン、それと非常食のカロリーメイトとエナジーバーにとどめた。何と言ってもみやま山荘は食事がいいので、副食類を用意しなくてもいいのはありがたい。

歩き始めて1時間で雑事場平着。ここまでは順調である。大倉高原山の家を経由しなかったので、若干ショートカットできた。大倉高原山の家は長年運営してきた茅ヶ崎市の管理人と秦野市が訴訟沙汰になり、現在は閉鎖されている。かつて盛大に出ていた水も、台風被害で故障し、その後復旧されないままという。水が出ていないのでは、立ち寄る理由もない。

ちなみに、雑事場平あたりの地中に埋められている管は、大倉高原山の家まで引いた水道と思われる。そうすると、いまでは中に何も通っていないことになり、せっかく苦労して引いたのが無駄になってしまった。

雑事場平までは順調に来たものの、その後どうにもスピードが上がらない。何度も息が上がってベンチがあるたびに座り込んでいた結果、前回2時間で通過した駒止茶屋まで2時間20分かかってしまった。いったん下り坂となる堀山の家あたりでは持ち直したものの、天神尾根に分岐するあたりの急傾斜の連続にとうとう参ってしまった。

たまらず、天神尾根分岐先のベンチで倒れ込むように昼食休憩。時刻は正午近く。昼を食べる間休めるし、食べたり飲んだりすれば1kgは荷物も減る。10kgないのに参ってしまうのではどうしようもないが、そんなことを言っても仕方がない。何とか挽回の方法を探って行く他はない。すでに標高差で半分は登ってきているのである。

ちょうどこのあたりからガスが出て来て、厳しい日差しが遮られたのは助かった。花立山荘まで、前回は4時間30分、今回は5時間で、前回のタイムを縮めようと思ってこのコースを選んだというのに、かえって時間がかかる途中経過となってしまった。

そんな具合なものだから、かれこれ半世紀前の中学・高校時代のことを思い出した。体育の時間、学期毎に行われる長距離走の記録会でどうしてもバテてしまい、ほとんどいつも最下位近かった。最初ゆっくり走ってもバテてしまうので、ある時先頭集団に食らいついて走ったことがあった。結果は、いつも以上にバテて最後は歩くことになってしまったのである。

ガスがかかるとともに、ゴロゴロという雷のような音が聞こえてきた。やばい、雷雨だ、でもそんな予報じゃなかったはずなのにと思っていると、規則正しい間隔で音が聞こえてくる。どうやら、北富士演習場から自衛隊の訓練の大砲が聞こえたようであった。ここからは富士山がたいへん近いのである。


大倉から1時間歩いて雑事場平。大倉高原山の家は閉鎖されたそうです。地中の管は山の家に引いている水道だったのでしょう。


駒止の家を越えたあたりで早くも昼食休憩。周囲はだんだんガスがかかって展望が開けませんが、日差しが遮られたのはありがたかった。


花立山荘では、すでにあたり一面霧の中でした。雷が聞こえたので心配しましたが、どうやら自衛隊の大砲の音だったようです。

 

前回のタイムを改善するつもりで大倉尾根に再挑戦したというのに、花立山荘までのタイムは前回より30分悪い。塔ノ岳まで登ると何分遅れになるのだろうかと心配したが、意外にそれ以上息が上がることもなく、塔ノ岳までスムーズに登れてしまったのだからおもしろい。

前回は、花立山荘から金冷しまで50分、金冷しから塔ノ岳まで45分、計1時間35分かかっていたところ、金冷しまで25分、金冷しから35分の計1時間でクリア、なんとわずかながら前回タイムの大倉・塔ノ岳間6時間15分を上回り、6時間ちょうどまで挽回できたのである。

今回の花立山荘から塔ノ岳までの1時間はほぼコースタイムといっていい数字で、我ながらよくやったと思う。前回は10歩歩いて休み15歩歩いてまた休みという状態だったことを覚えているが、今回は金冷しのヤセ尾根まで不思議なほど早く歩けた。もちろん最後の連続階段はつらかったが、それでも天神尾根分岐のところよりも余裕があった。

思うに、ガスが出て見通しが利かなくなったため、日差しで体力を消耗するのを避けられたことに加え、上から人が次々に下りてくるのとすれ違う「人酔い」にならなくてすんだからではないかと思う。急斜面で上から人が次々と見えてくるのは、めまいを起こしそうになるほどつらいのである。

塔ノ岳頂上には14時20分到着。大倉から休憩時間入れてちょうど6時間である。それにしても、普通の登山者は5時間で楽に登れるというが、私にはちょっと無理ということを改めて実感した。最初スムーズでも終盤バテるし、体調によっては最初からつらい。これ以上かかるようなら、そもそも尊仏山荘より上へは行けないということである。

さて、今回の宿泊は尊仏山荘ではなく丹沢山のみやま山荘、塔ノ岳・丹沢山のコースタイムは1時間半である。このコースは前に通ったことがあって、大体そのくらいでは歩けている。ただ、この日は前半バテた後遺症が心配だし、ガスに加えて風が冷たくなってきた。10分ほど休んで早々に出発する。

塔ノ岳からの急勾配の下りをこなし、最初のピーク日高(にったか)に向かう。急勾配を過ぎてしまえば比較的緩やかな尾根道となる。登り返しはつらいが、何とかがんばる。次は龍ヶ馬場への登りである。いよいよガスが濃くなり、風が冷たくなってくる。大倉尾根ではすれ違う人が絶えなかったが、このあたりは誰とも会わない。

と、登りの途中で左足に違和感。例によって痙攣である。三条の湯や元清澄山では地べたに寝転びはいずり回ることになったが、そんな広いスペースはない上に地面はぬかるんでいる。仕方なく右足を踏ん張って懸命に耐える。このあたりでは太ももが痛かったのだが、何とか痙攣の第一波が過ぎるまで右足はもってくれた。もちろん左足を地面に着けることはできない。

リュックのポケットから後ろ手にペットボトルをつかんで水分を補給する。飲んだのはペットボトルに残った半分のスポーツドリンクである。この日持って来たのは1.5リットルの氷(翌日分の水となる)とペットボトル3本、それにテルモスのお湯である。ここまで消費したのはテルモスのお湯400mlとペットボトル1本半、私にしては少なめだったのかもしれない。

5分ほど休んで何とか動けるようになった。そろそろと登り続ける。そして、龍ヶ馬場の頂上まで来ると、なんとその先にはベンチがあった。龍ヶ馬場・丹沢山間にベンチがたくさん置かれているのは覚えていたが、頂上のすぐ近くで本当に助かった。

ベンチに座り、改めてひと息つく。リュックのポケットに入れてあるコムレケアを取り出して飲む。攣った左ふくらはぎは痛むけれども、ここまで来ればみやま山荘は目の前である。少し休んで元気が出るのを待つ。休んでいる10分ほどの間に、丹沢山から塔ノ岳方面へ向かうグループが通った。

丹沢山への最後の登りをマイペースで歩き、16時10分みやま山荘着。塔ノ岳から1時間50分かかってしまったが、足が攣って休んだのを除けばほぼコースタイムで歩けたのではないかと思う。とはいえ、始発電車で来て到着がこの時間では、丹沢山まで1日で登るのはもうしばらくしたら無理になるかもしれないと心配になった。

この日の宿泊客は私を入れて7名。うち2名が女性で、全員が単独行であった。平日なのですいていて、お布団の使用も1つ置きで余裕があった。歩いていた時のガスは日没までに晴れて、みなさん夕日に輝く富士山を堪能されていたようだ。

私はとりあえず足のケア。歩いていた時のような痛みはなく、寝室のある2階まで上がり、CW-Xを脱いでリカバリーウェア上下に着替え、バンテリンを塗る。布団の上でストレッチをしていると、何とか落ち着いてきたようだ。階下に降り、スキットルボトルに入れてきたどなん60度を缶ビールをチェイサーにして飲みながら夕食時間を待った。


塔ノ岳を越えて日高へ。このあたり、徐々に体調が戻ってコースタイムで歩いたのだけれども・・・


龍ヶ馬場の前あたりでまたもやふくらはぎが痙攣。がまんしてベンチまでたどり着き、コムレケアを服用。

16時10分、みやま山荘着。到着する頃には天気が回復して、富士山もよく見えたようです。私は2階に上がり足のケア。

 

前の日はガスが晴れていい夕日が見られたそうだが(私はふくらはぎ痙攣のため自重)、みやま山荘の夜中は突風で木が揺れる音がすごかった。山に泊まってこんなに大風が吹いたことは記憶にない。予報ではそんなことは言っていなかったけれど、2018年4月は本当に強風の日が多い月であった。

当初の計画では、蛭ヶ岳から檜洞丸まで縦走して西丹沢に下りる予定であった。ハードな登り下りが続く難路とはいえ、さすがの私でも9時間あれば踏破できると思って計画した。ところが、前日に足が攣って体調は万全とはいえない。その上に突風が吹いたのでは進退窮まる事態に至らない保証はない。風の音を聞きながら心配になったが、疲れていたので再び寝入ってしまった。

風は朝になってもまだ吹いていたけれども、朝食の頃には次第におさまってきた。朝食は少し早めの5時15分、みやま山荘名物の山菜炊き込みご飯である。炊き具合といい味加減といい、たいへんおいしくいつも楽しみにしている。この日もふかふかの布団でゆっくり休めておいしいご飯をいただき、たいへんお世話になりました。

山荘前のベンチで身支度する。前日同様にスパッツを着けて、ヒル除けスプレーは念入りにした。風はおさまって天気はすごくいい。6時20分、山荘前を西に向かう縦走路へとスタートする。林を抜けると、目の前に富士山。そして蛭ヶ岳への稜線を望むことができた。

丹沢山の下りではまだ蛭ヶ岳は見えず、稜線の前方にそびえるのは不動の峰である。いったん標高差100mほど下り、150mほど登り返す。この不動の峰は標高1614m、丹沢山より50mほど高い。

朝の時点で考えていたのは、とりあえず蛭ヶ岳までは歩くとして、その後は体調と天気をみて決めようということであった。幸い、風は穏やかで天気の心配は薄らいだけれども、なかなかペースが上がらない。不動の峰まで目見当では一気に登れそうな感じだったのだが、途中で息が上がって熊笹の上でひと息入れなければならなかった。

5分ほど休んで出発すると、そのすぐ先が休憩所で、頑丈そうなプレハブの建物とベンチが置かれていた。丹沢山より先は初めて歩くので、こんなに立派な休憩所があるとは知らなかった。休んだばかりなのに、また休んでしまった。このあたり、蛭ヶ岳山荘に泊まったと思われる人達4、5人とすれ違った。みなさん単独行で、5分置きくらいに歩いてきた。

不動の峰を越えると、ようやく蛭ヶ岳が見えてくる。頂上近くに蛭ヶ岳山荘が見えるので間違いない。その前のピークである棚沢の頭まで下って登る道で、その後もう一度、かなり標高差のある谷を下って登り返さなくてはならないのでかなりハードだ。しかし、目的地が見えているのはたいへん心強い。

棚沢の頭への登りは比較的ゆるやかな道だったが、下りは鬼ヶ岩という岩場で、短いけれどもちょっと気を使う場所である。幸いここではすれ違う人がいなかったが、傾斜が急なのと鎖の固定部分がぐらぐらしているので、しっかり三点確保して後向きに下った。

そしてここからいよいよ丹沢最高峰・蛭ヶ岳への最後の登りである。離れた場所からは蛭ヶ岳山荘を見ることができたが、登り斜面では頂上は見えない。遠くから見るよりも傾斜はきつくなかったが、それでも休み休み歩かないと息が上がる。木の階段を一歩ずつゆっくり登って行くと、突然という感じで山荘の建物が見えてきた。8時50分、蛭ヶ岳到着。

最初の目的地である蛭ヶ岳に着いたものの、時刻はもう午前9時近い。丹沢山・蛭ヶ岳間のコースタイムは2時間なので、30分多くかかったことになる。

さて、当初の計画どおり、ここから檜洞丸まで縦走して西丹沢に下るかどうか決断の時である。檜洞丸までのコースタイムは3時間半、そこから西丹沢まで2時間、休憩を入れて6時間半。ところが、すでに30分遅れていて、ここから檜洞丸まで4時間では着かないだろう。檜洞丸の方向を望むと、登り下りの傾斜はここまでの比ではないように見える。

仮に5時間かかるとすると、檜洞丸に着くのは午後2時。そこから下れば午後5時の西丹沢発のバスにぎりぎり間に合うかどうかで、予定していた中川温泉に行く余裕がない。いずれにせよアクシデントがなければの話で、前日のように足が攣ったりすると大変である。

と考えて、今回は蛭ヶ岳までで前進はやめ、「高速登山道」東海自然歩道方面に進むことにした。こちらに進む場合の問題は下る途中ではなく下山した後の足で、東野から三ヶ木へのバスは午後1時の次は午後4時とたいへん便が悪い。午後1時までに下るのは無理だから、かなりバス待ちすることになってしまう(実は、そんな心配は必要なかったのだが)。


夜中は暴風でどうなるかと思ったが、朝には天気は回復。富士山が見えるのがこれから向かう蛭ヶ岳の方向、不動の峰がそびえる。


休憩小屋のある不動の峰を越えると、蛭ヶ岳が見えてきた。蛭ヶ岳山荘があるので間違いない。


頂上直下で歩いてきた稜線を振り返る。少し白く写っているあたりが鎖場のある鬼ヶ岩の下り。

 

夜中の突風で計画変更はある程度予想していて、みやま山荘に置いてある時刻表でバスの便は確認していたのだが、出発前から予定していた訳ではないので、1/25000図もなければ電子国土データも持っていない。あるのは山座同定用に持ってきた登山地図だけである。ただ、東海自然歩道であれば整備されているはずで、迷うこともないだろう(もちろん、甘かった)。

ひと息ついて方針が決まり、蛭ヶ岳山荘に行って水分を補給する。ポカリスエット500円。小屋番さんは朝の片付け中だった。

「みやま山荘から?」

「そうです」

「帰りはどうするの?戻るの?」

「いえ、東野に下りようと思ってます」

「そう。気を付けて楽しんでいってください」

尊仏山荘・みやま山荘と同様山の上にあるので大変だが、蛭ヶ岳山荘はそれ以上に不便な山の上にある。そして、かつて登山最盛期に建てられた山荘なので老朽化が進んでいて、規模的にも少し大きすぎるようである。今年は奥多摩小屋閉鎖のニュースもあり、今後の山小屋のあり方についていろいろ考えさせられた。これについてはまた改めて書いてみたい。

頂上から名残り惜しい檜洞丸方面を望む。登山道入り口には立て札があり、「檜洞丸まで4.6km、登り下りが続きます。鎖場やはしごもあります。時間的体力的に余裕を持って計画してください」と書いてある。今回は時間的体力的に余裕がないので、計画変更もやむなしである。最初の谷まで下るだけでもかなりの標高差があるので、現在の状況では無理だ。

東野までと言うと小屋番さんが安心したように見えたのは、そのルートは小屋番さん自身がここまでの登り下りに利用しているルートだからで、それは帰ってから蛭ヶ岳山荘のHPを見て知った。ということは、歩荷できるルートでもあるということで、登山道も蛭ヶ岳までのルートの中では整備されているうちの一つなのだろう(そう書いてある)。

私としても、計画変更して安全策をとるならこのルートが最もリスクが少ないと思って選んだのだが、実際歩いてみると、それほどイージーではなかった。まず、姫次までが長い。姫次まで行けばあとは東海自然歩道なので安心だと思ったのだが、蛭ヶ岳から姫次までの3.3kmの下りは、とても一息では歩けないのである。

最初の木の階段、急傾斜で標高差200m以上下るところで、まず体力を削られる。そして、急傾斜を下り切った後は尾根歩きと思いきや、登ったり下ったりである。最初からこの傾斜なら楽なはずなのだが、急坂を下り切ると平らでも登りに感じてしまう。そして、前方に鹿柵が立ちふさがり、どう歩いたらいいのか迷う。そんなこんなで、残り2km台をなかなか通過できない。

とうとう、地蔵平の案内板で小休止した後、原小屋平の広場を見たらそれ以上先に進めなくなってしまった。10時45分、たまらずリュックを下しシートを広げ、家から持ってきた菓子パンとみやま山荘でお願いしたお湯でインスタントコーヒーを淹れて昼食にする。よく晴れて、寝っころがるとぽかぽかする。何とも気持ちがいい。

この原小屋平は名前のとおり小屋があった跡だそうで、ちょうど小屋の広さが平らになって休むには具合がいい。ここはまだ東海自然歩道に入っていないコースなので、私が休んでいる間、1人しか通らなかった。そして、奥の斜面に「水場→」の立札があり、行ってみると水の音がする。斜面を下りかけたけれども急傾斜の狭い道で、谷まで距離がありそうなのであきらめた。

この原小屋平で45分休憩した後、元気回復して姫次に向かったところ20分ほどで着いてしまった。ここには大きなベンチが3組置かれており、何組かのグループが休んでいた。みやま山荘からここまで、一緒に泊まった人もすれ違った人もすべて単独行だったが、姫次で会った人達はすべてグループだった。さすが東海自然歩道である。

姫次の休憩スペースから谷を挟んで、行く予定にしていた檜洞丸への稜線を望むことができた。きついのは一緒だから行くべきだったかと思うし、やっぱりアップダウンの連続でバテただろうとも思う。何しろ、姫次までの3.3kmに3時間近くかかってしまったのだ。ただ、ここからは「高速登山道」東海自然歩道であり、そんなに苦労するとは思わなかったのだが。


蛭ヶ岳山頂には山荘の他ベンチが置かれて広場になっている。ここで檜洞丸方面との分岐になるが、スピードが出ないので方針変更、東海自然歩道へ向かう。


姫次へのルートは意外と長く感じた。急傾斜の下りがあり、鹿柵で行く手を阻まれ、とうとう原小屋平の広場でくじけて昼食休憩に。


原小屋平からは20分ほどで姫次へ。ベンチがありみなさん休憩していました。ここからは高速登山道、東海自然歩道なので安心していたのだが。

 
姫次で小休止していると続々と登ってくるグループが現れたので、 12時前にベンチを空ける。この日行く予定だった檜洞丸への稜線をカメラに収めた後、高速登山道を快調に歩き始める。さすがに、ここまでのコースとは傾斜も整備状況も違う。この分だと、4時のバスまで相当待つことになりそうだ、と余裕ぶっこいたことを考えてしまった。

5分ほど歩くと、「東海自然歩道最高地点の碑」がある。標高は1433m。碑のある位置よりそれより先の道の方が高いように見えるのはご愛嬌。3時間前に通過した蛭ヶ岳が1672mで、頂上直下で1300mくらいまで下っているはずだから、その後100mほど登り返したことになる。姫次までは気のせいではなく本当に登りだった訳である。

姫次からの東海自然歩道は、高速登山道と(私が勝手に)いうだけあって大変歩きやすく、ハイペースで下る。木の階段もあまりなく、ゆるやかな傾斜の土の地面が続いて足に心地よい。ただ、30分ほどで着くはずの黍殻山避難小屋がなかなか見えてこない。避難小屋の少し前にある青根分岐まで45分かかったから、早い人は私の2/3くらいしかかからないということになる。

青根分岐のベンチでリュックを下ろす。せっかくだから避難小屋を見ていきたかったが、歩いてすぐという訳ではなさそうだったので寄らずに下りることにした。時刻は午後1時前。「東野バス停4.7km」と書いてある。登山道とはいえ下りだし、三ヶ木行きのバスは3時間後なのでゆっくり歩いても余裕で着くと思ったのが甘く、ここからの下りは強烈だった。

初めからここを通る予定で下調べしていればともかく、計画変更したルートだから準備していない。東海自然歩道だから大丈夫だという見込みだけで選んだルートである。ところが実際には、釜立沢まで標高差500mを一気に下る急斜面である。しかも、500m下っても距離的には1kmも歩いていないので、標識の残り距離がなかなか減らないのである。

途中で単独行の女性に抜かれた他は、誰にも抜かれないしすれ違わない。あまり人気のないコースのようである。東海自然歩道と名前が付いていても、高速登山道だけではないということが分かった(後で東野バス停で話したおじさんによると、青根分岐より上の八丁坂の頭から尾根道を下る方が一般的らしい)。

1時間ほどかけて谷まで下りてきたが、そこからがまた分かりにくい。標識と赤テープを確認して歩いたつもりだったのだが、落ち葉に埋まり斜めった谷沿いを歩くうちに、次のテープが見当たらなくなってしまった。斜面の上の方にテープらしきものが見えるのだが、さすがにあれは東海自然歩道ではなさそうだ。あきらめて、岩だらけの沢を歩く。幸い、水量はない。

2つ目の砂防ダムの向こうから、車道が始まっているのが見えた。ダムの手すりを伝って下り、草むらの中を突破して下流側に出た。標識をみると東海自然歩道は左岸の山の中につながっていたので、どこかで右岸から左岸に渡るものだったらしい。結局、青根分岐からここまで1時間半かかり、もう2時半。しかも、まだバス停まで3km以上残っているのである。

4.7kmだったら、1時間半でバス停まで着くかもしれないと思っていたのだが、とてもとてもバス停どころではなく、まだ1時間かかる距離が残っている。これは油断すると4時のバスだって危ない。幸いここからは車道歩きになるのでペースを上げようとするのだが、前日からの疲れと急傾斜を一気に下ったダメージが重なり、太腿やふくらはぎが痛くてなかなか進まない。

結局、バス停に着いたのは定刻の10分前。バスの待ち時間が長いことを心配したけれども、そんな心配は全く無用だった訳である。そして、三ヶ木からバスを乗り継いで橋本まで出るのに2時間近くかかるというのも想定外だった。やっぱり、計画はいざという時のエスケープルートも含めて、万全に準備しなければならない。

それにしても、前回の梅ノ木尾根は山歩きをした後も全く痛みが残らなかったのに、今回は下山途中から太腿が痛くてペースが上がらず、帰ってからも2~3日は痛みがとれなかった。さすがに標高差600mと1200mは違うと改めて計画の甘さを痛感したのだけれど、それでも以前の4~5日に比べると回復は早くなった。多少は体力がついてきたようでうれしい。

この日の経過
大倉登山口 8:15
9:15 雑事場平 9:25
10:35 駒止茶屋 10:45
12:00 天神尾根分岐(昼食休憩) 12:25
13:10 花立山荘 13:20
14:20 塔ノ岳 14:30
15:30 龍ヶ馬場 15:40
16:10 丹沢山・みやま山荘(泊)6:20
6:45 不動の峰休憩所 7:00
8:00 鬼ヶ岩 8:10
8:50 蛭ヶ岳 9:10
10:45 原小屋平(昼食休憩) 11:25
11:45 姫次 11:55
12:40 青根分岐 12:45
14:15 砂防ダム林道終点 14:20
15:50 東野バス停
[GPS測定距離 初日 9.3km、2日目 13.6km、合計 22.9km]

[Jun 4, 2018]


青根分岐。ここで焼山へ向かうルートと分かれる。青根ルートも東海自然歩道のマークがあるので安心していたら、かなりハードな道でした。


尾根から谷に一直線に標高差500mほど下る。ようやく谷に下りてもたいへん分かりにくい道で、やむなく川の上で砂防ダムを2つ越える。


最後は延々と続く林道歩き。砂利道が簡易舗装になり、墓地を越えて舗装道路になってもまだまだ下る。青根集落が見えたこのあたりから、さらにバス停まで20分ほど歩く。