071 鷹ノ巣山・石尾根 [May 10-11, 2018]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

丹沢・蛭ヶ岳から帰って、いまひとつ「やり残した感」があった。当初は蛭ヶ岳から桧洞丸へ縦走して西丹沢に下山する計画だったにもかかわらず、前日に足を攣ってしまいペースが上がらなかったこともあり、予定変更して姫次から東海自然歩道を下りてきてしまったからである。

もちろん、こちらも決して楽なルートではなかったのだが、このまま新たな山域にチャレンジするのは時期尚早のような気がした。しかし、また丹沢というのは芸がない。行くとすれば奥多摩だ。何度か行く計画だったのに結局断念したままになっている鷹ノ巣山はどうだろう。そういえば、登り尾根にも石尾根にもしばらく行っていない。

行っていない理由は分かっていて、前回このコースを歩いた時、奥多摩小屋の常識外れの小屋番に、たいへん嫌な思いをさせられたせいである。キャンプであろうと小屋泊であろうと、二度と奥多摩小屋には近づきたくない。と思っていたら、丹波山村などから「奥多摩小屋閉鎖のお知らせ」が発表された。

今年度一杯(平成31年3月まで)で閉鎖・取り壊しだそうである。あの小屋番、またそれを許している雲取山荘では仕方がない。すでに「小屋番は常駐していない」とのことで、あのあたりを歩いてもあの小屋番に会うことはなさそうだ。それならということで、久々に登り尾根を登ってみることにした。七ツ石小屋に泊まって、鷹ノ巣山経由石尾根を奥多摩駅まで下る計画である。

天気予報では、朝のうち雨が残るかもしれないが、昼前には高気圧が張り出してきて晴れると言っている。山梨県東部の午前中の降水確率は10%である。その後3日間は晴れで、2日目以降は真夏日になるらしい。「金~土」よりも「木~金」の方がすいているだろうから、5月10日木曜日からの1泊2日の日程とした。前回の丹沢から3週置いての山行である。

ところが、電車の中から見ていると通勤通学の人達はみんな傘を手にしていて、道路も雨で光っている。奥多摩駅に着くと、本降りの大雨である。バスを待つ人達(みんな年寄り)も、リュックカバーをしたりレインウェアを着たり、雨対応に大変である。

雲取山は5cm積もっているって、駐在さんが言ってたよ」と西東京バスのおじさんが言うので、「七ツ石はどうでしょうか」と聞くと、「2000m行かなければ大丈夫だよ」とのこと。さすがにアイゼンの用意はしてこなかったので、ちょっとびっくりした。

バスで鴨沢に向かう。奥多摩湖までずっと運転席のワイパーが動いていたが、鴨沢に近づくと動かなくなり、下りた時には雲の切れ間から青空も見えてきた。予報通りでありがたいと思い、リュックカバーを外した。9時30分、鴨沢登山口を出発。

ところが、小袖駐車場までの30分ほどの間に、また雲行きがあやしくなる。はじめは木の上の雨粒が風で落ちてきているのかと思っていたら、リアルタイムの雨である。登山道で荷物を下ろし、再びレインウェアを付けている先行組に追いついた。しばらくそのまま登ったが、小袖駐車場まで待っても止まないので、あきらめて私も雨対応の身支度に戻した。

小袖駐車場はしばらく来ない間にこぎれいなトイレが新築されていて、そこで雨宿りしつつ身支度をする。車は十数台止まっていて、さすがに雲取山はこの天気でもかなりの人気がある。10分ほど休んで出発。

車道から登り尾根の登山道に入り、高度を上げてゆく。ポツンと一軒ある廃屋を過ぎ、いまは使われていない水道施設を過ぎて1時間ほど歩くと、標高1150m地点である。ここには以前、「鴨沢バス停まで1時間5分、雲取山まで2時間45分」などと信じられない案内板が掲げられていたが、いまはもう少し広く整備されていて、その案内板は撤去されている。

その代わりに、「小袖登山口から雲取山までの6分の1。ここまで1時間かかった人はあと5時間かかります」と書いてある。鴨沢からではなく駐車場から1時間ならリーズナブルである。雲取山までの時間もこれくらいみなくてはならない。前の看板みたいに甘くみているから、先だっての70代のように日帰りで雲取などと無謀な計画を立てたあげく、遭難騒ぎを起こすことになる。

広場の隅に立派な金属製の案内板があって、それによるとここは「茶煮場」というそうである。将門が敗走してきてここでお茶を飲んで休憩したと書いてあるが、「将門軍」が敗走したことはあったとしても、常総(茨城県)地盤の「平将門」がここを通ったとは考えにくい。お茶の普及も将門より後の時代で、丹波山村の製作した案内板だが、ちょっと無理筋のようである。

せっかくの広場なのに、降り続く雨で水浸しである。水たまりもあちこちにできていて、シートを敷ける状況ではない。雨の当たらなそうな丸太をみつけ、ビニール袋を敷いて腰を下ろす。とてもお湯を沸かすことはできないので、エナジーバーとスポーツドリンクでお昼にする。そうしていると、上から小さな球形の固体が落ちてきた。

木の実が落ちてくる季節ではないな、おかしいなと思ってよく見ると、それは氷の粒であった。雹(ひょう)ほどの大きさはないので霰(あられ)ということになる。時刻はもうすぐ正午。遠くに雷の音も聞こえる。雨は残っても朝のうちという予報だったのに、大外れである。


鴨沢から30分の小袖駐車場。数年前にはなかったトイレが整備されていた。


山梨県東部の降水確率10%にかかわらず、お昼になっても雨が降りやまない。


標高1150m休憩地は広くなり、看板も付け替えられている。ここは将門が逃げてきた「茶煮場」だそうです。予報外れの雨のせいで水浸し、霰まで降ってきた。

 

さて、4年前に奥多摩小屋まで登った時、自炊用の食糧と水を持ったのでたいへん荷物が重く(当時の記事を見ると13.5kg)、鴨沢からブナ坂まで5時間10分かかるという大バテをしてしまった。今回はそれよりもいいタイムで登ろうと思っていて、七ツ石小屋は水場もあるので荷物は10.2kgと前回より3kg以上軽くすることができた。

それともう一つ、3週間前の丹沢よりも1kg減量して、体も軽くした。せいうちの私だから体重の1%程度に過ぎないが、それでも持って上がる重量が少なくなることは間違いない。登り始めの体調も悪くなかったから期待したのだが、この雨ではタイムまで期待できそうにないと昼食早々あきらめざるを得なかった。

当初の予定では、早くに七ツ石小屋に着いたらカラ身でブナ坂あたりまでひと回りしてこようなどと挑戦的な計画を立てていたのだけれど、この雨ではそんなことをする気も起きない。早く小屋に着いて荷物を下ろし雨宿りしたいというただそれだけである。

1150m休憩所から堂所までは30分、ここはコースタイムどおり。ところがこの後の登りが相変わらずきつかった。荷物は軽くなっているはずなのに、前回同様に足が上がらない。堂所から七ツ石小屋直登との分岐点であるマムシ岩まで45分かかり、たまらず岩に腰を下ろして休憩をとる。ようやく雨は小降りとなり、雷も遠のいたようだ。

さすがに登り尾根、このあたりでは登り下りする多くの登山客と出会った。雲取山経由雲取山荘までこの日のうちに着くには、この時間にこのあたりを通過しなくてはならない。逆に下りてきた人の多くは雲取山荘泊まりで、すれ違った人達がそんなことを話していた。昨日も今日も頂上は雲の中で、何も見えなかったそうである。

マムシ岩からさらに30分ほど、息切れしながら急坂を登り、それでも14時20分に七ツ石小屋着。ずっと雨が降っていた割には、予定よりも20分ほど遅れただけだった。でも、荷物を置いて出かけてようなどという気にはならず、小屋番さんにご挨拶して早々にリュックを下ろした。

七ツ石小屋には水をいただくのとスポーツドリンクを調達に立ち寄ったことがあるけれど、泊まるのは初めてである。以前は麓のお祭り山荘と同様、雲取サスケ氏が運営していたが、数年前から丹波山村営となっている。サスケ氏にはお祭り山荘でお世話になったが、WEBで探すとあまりいい辞め方ではなかったようで、ちょっと残念である。

新しい小屋番さんは部屋の使い方や小屋の施設、今日明日の天気などを説明してくれた。当り前といえば当り前だが、ありがたくて涙が出そうである。なにしろ奥多摩小屋の小屋番は、宿代を受け取ると何の説明もせず、そのまま自室に閉じこもって朝まで出てこなかったのである。「ここしばらくガスの中でしたが、明日は回復しそうですよ」とうれしいことをおっしゃる。

一休みして外に出ると、ようやく晴れてくれた。この日のお客さんは小屋泊が私ひとりとテン泊がひとり、私同様のシルバー年代である。荷物を置いて雲取山まで往復してきたらしく、それでこの時間からテントを設営しているのだから大したスピードである。テン場の脇にあるベンチで横になり、この日はじめて太陽の光を浴びる。たいへん暖かい。1時間ほどそのままくつろぐ。

2、3年前に新調されたトイレは、奥多摩では最も新しいバイオトイレである。一度小屋から出て、テン場を通ってぐるっと回り、段差を登ってたどり着く。たいへんきれいに管理されていて快適であるが、夜中に来るのはちょっと大変である。もちろんヘッデンは必要だが、危なくないようにソーラーライトが要所に埋まっているので助かる。

風が出てきたので小屋に戻り、まだ午後4時過ぎだけれど夕飯の支度をする。まずEPIガスでお湯を沸かしてアルファ米のお赤飯を戻す。最短15分でできると書いてあるが、念のため30分置く。戻るまでの間、お昼に食べられなかったあんパンとコーヒー、セブンのポテトサラダ、こちらの小屋で購入した一番搾りとボテトチップ、スキットルのアルコールでこの日の健闘をねぎらう。

スキットルには前回までどなん60度を入れてきたが、入手困難なので森伊蔵。こちらも入手国難だが、現役時代に毎月高島屋に通って当てた最後の1本である。ただ、どなんと比べるとさすがに度数が低いので、チェイサーなしでもすいすい飲めてしまう。いつも思うことだが、これが芋焼酎かというさわやかな口当たりである。

雨も当たらず、風にもさらされず、こうしてのんびり飲んで食べていられるのだから、山小屋はありがたいものである。純粋に採算上のことをいえば、収支償っているはずはないのであるが、それでもこうして維持管理してくれる丹波山村にも、毎日常駐してくれる小屋番さんにも、感謝するしかない。

まだ明るいうちに夕食も終わってしまい、寒いので布団に入って備え付けの本棚から何冊か借りてきて読む。すでに絶版となっている金副隊長の「奥多摩登山考」、何度も歩いたことのある場所でも遭難事故が起こったことが分かり、たいへん参考になる。字を読むのに疲れた後は「山と食欲と私」。新しい本が、それもネットの「くらげバンチ」掲載の本が置いてあるとは、小屋番さんもなかなか事情通である


七ツ石小屋に着くとようやく晴れた。泊まるのは初めてです。


テン場の奥に新装なったバイオトイレ。きれいに管理されていますが、小屋の屋根より高い位置にあるので夜中に行くのはつらい。


七ツ石小屋の休憩スペース。この左側が約12畳の宿泊室となる。布団はきれいで柔らかい。本棚には「山と食欲と私」があって、寒いので布団の中で読ませていただいた。

七ツ石小屋の夜、最初にトイレに起きたのはまだ午後10時だった。外に出ると息が白い。布団の中でもえらく寒かったので、おそらく0℃あたりまで気温が下がっていたものと思われる(翌日、稜線に霜がおりていた)。

次に目が覚めたのは午前2時。トイレに行きたいのだが、さっき行った時あまりに寒かったので、ぎりぎりまで我慢しようと布団の中でこらえているとまた寝てしまった。気がつくと外が明るかった。時計を見ると午前4時半、危うく寝過ごすところであった。

トイレに行くと息が白くないので、夜中のうちに寒気は去ってくれたようである。EPIガスでお湯を沸かし、コーヒーとランチパック、それとカレーヌードルで朝食をとる。この小屋のありがたいところは近くの水場から水道を引いてくれていることで、小屋の脇に水道事業の許可証が掲示されている。朝食の支度と合わせて、この日の飲料水を準備する。

持ってきた1.5リットルと1リットルのプラティパスには、それぞれ溶かしたスポーツドリンクと水を満タンにする。500mlのペットボトルも2つ。やはりスポーツドリンクと水である。いろはすの水は予備用として極力下山まで使わない。かつて釈迦ヶ岳で水がなく痛い目に遭った反省である。合計3.5リットルあれば、少々暑くなっても心配ないだろう。

支度が終わって出発したのは6時10分前。前日と打って変わって天気は快晴。風もない。小屋の前からは富士山がくっきり見える。急坂を歩き始めた時、意外と足が軽い。七ツ石小屋に気持ちよく泊まれたおかげである。ありがたいことだ。その勢いで水場を過ぎ、「七ツ石小屋上」の分岐を過ぎ、15分ほどで稜線まで一気に登ってしまったのには自分でもびっくりした。

さて、今回の目的地は鷹ノ巣山である。過去記事を読むと、最初に鷹ノ巣山を目指したのは2012年11月だから、足かけ5年にわたる挑戦ということになる。その時は奥集落から浅間神社を過ぎたところまでで撤退、奥多摩小屋に泊まった時も、鷹ノ巣山避難小屋まで行ったのだが時間がかかりすぎていたので断念した経緯にある。

今回は、七ツ石小屋泊なので、天気以外にネックとなる要因はない。万難を排して、5年越しの目標に向けて歩き始めたのであった。

稜線に出て10分ほど歩くと、千本ツツジ下の絶景ポイントに出た。手前の奥多摩山塊から後方の丹沢・富士山、そして頂上に雪をかぶった南アルプスの山々まで、くっきりと見える。右手すぐ下から伸びている稜線は前日歩いた登り尾根で、左手を伸びるのは赤指尾根、いずれも見えないけれども奥多摩湖に向かっている。その向こうの山頂に白いお堂が目立つのは大寺山。

前にも歩いたけれど、石尾根のこのあたりの巻き道は、景色といい勾配といい最高に歩き心地がいい。体力があれば広い防火帯でコブを越えていくのも楽しいと思うけれど、私の体力では巻き道がちょうどいい。まして、誰も歩いておらずこの景色を独り占めである。雲取山荘組はこの時間ではまだここまで来れないし、七ツ石組ではいまのところ私だけである。

赤指尾根への分岐を分け、防火帯を見送って、ゴキゲンな巻き道歩きは続く。左手に登るのは高丸山、日陰名栗峰といくつかの小ピークである。巻き道の方は大きな起伏はほとんどない。再び防火帯と合流した。もう一つピークを越えると避難小屋かなと思っていたら、なんと建物が見えた。鷹ノ巣山避難小屋である。

時刻はまだ7時半になっていない。前回来た時は七ツ石山頂からこの避難小屋まで1時間50分かかっているから、そのくらい見込んでいたのだが、なんと七ツ石小屋を出てから1時間半である。七ツ石山からは下り、七ツ石小屋からは登りがあるから、実際には前回より30分以上早く着いたということになる。こんなに早く来れるとは思わなかった。

避難小屋を覗いてみたが誰もいなかった。小屋前のベンチでひと休み。計画では鷹ノ巣山には9時到着を見込んでいたが、このペースで登れば8時過ぎには着く。スポーツドリンクで一息ついて出発する。ゆっくりするのは山頂に着いてからでいい。

巻き道から分かれて鷹ノ巣山に向かう登りにとりつく。とたんに傾斜が急になる。避難小屋の標高が1580m、鷹ノ巣山が1736m。150mの標高差とはいえ、見た目以上の急傾斜でとても一気に登ることはできない。雲取山の向こうにある笠取山に似た雰囲気の登りである。第一弾の急坂を登り切り、緩やかな坂になり、もう一度急傾斜になって頂上である。8時05分到着。

予定より1時間早く到着した。休みの日には多くのハイカーであふれると言われる山頂だが、まだ誰もいない。川苔山や大岳山の混み様を思うと、嘘のようである。朝からずっと好天で風もない。きっと百人くらいは座るであろう山頂に一人で、雄大な景色を独り占めである。前日、雨の中をきつい思いをして登ってきた甲斐があった。

七ツ石小屋から石尾根に登り、快適な稜線歩き。左が縦走路、右が巻き道。標識どおりに歩くと巻き道に誘導される。


ようやく登ることができた鷹ノ巣山山頂。さすがに朝早く山頂には誰もいませんでした。


すばらしい眺望を独占。

 

鷹ノ巣山頂上では、30分ほど休んだ。前日から食べる機会をうかがっていたはごろものミックスフルーツのパックを開けて食べる。前の晩寒かったので冷蔵庫並みに冷えているし、歩いた後は甘さが心地いい。すばらしい景色を眺めながら、おいしくいただいた。

事前の計画では、鷹ノ巣山まではマストとして、あとは状況によってエスケープルートをとることを考えていた。しかし、時刻はまだ午前9時前だし、天気は上々、体調も悪くない。エスケープルートとしては鷹ノ巣山頂から稲村岩尾根を日原まで、次の水根山から榧ノ木山・倉戸山を経て奥多摩湖畔に出られるが、このまま一気に奥多摩駅まで石尾根を縦走することにした。

鷹ノ巣山の頂上直下には平らに開けている原っぱがあって、頂上にこだわらなければ十分景色がよく広い休憩適地がある。そこを抜けて再び急坂を30分ほど下って榧ノ木山・倉戸山分岐となる。このあたり、地図上では防火帯の石尾根縦走路と巻き道とが分かれているのだが、微妙につながっているので、いつの間にか歩きやすい巻き道に出てしまった。

鷹ノ巣山から六ツ石山までの間に、地図には水根山、城山、将門馬場と3つのピークがあるが、普通に標識に沿って歩いているとそれらのピークは通過してしまう。後からGPSを確認すると、倉戸山分岐のあるあたりに水根山、その後に水分補給で小休止した大木の立っているあたりに城山、尾根を南から北に越えていくあたりに将門馬場があったようである。

だが、山名標もピークへの案内板もないので、このあたりではどこを歩いているのか分からなかった。「石尾根→」の標識に沿って急斜面を標高差50mほど下ったり、ピークを巻いて尾根を南から北に越えたりしていると、やがて斜面をトラバースする長い道となった。道幅が狭いので立ち止まることもできず、現在位置も確認できない。

ようやくトラバース道が終わって尾根に出ると、そこには「六ツ石山を経て水根」と書いてある。なんと、まだ将門馬場の近くにいるとばかり思っていたのに、六ツ石山のすぐ近くまで来ていたのだった。時刻は10時10分過ぎ、鷹ノ巣山を出て1時間半でここまで来ることができた。

六ツ石山山頂へは、この分岐から10分もかからずに登れる。鷹ノ巣山ほど広くはないが、同じように眺めはたいへんよい。南アルプスを望む一画に腰を下ろす。山頂の標高が立派な山名標に記されていて、1478.8m。鷹ノ巣山の1736.6mより250mほど低い。何度か急傾斜はあったものの、そんなに下っているとは思わなかった。

この時間になると一人また一人と、追い抜かれたりすれ違ったりする登山者が現れ出した。そろそろ、日帰りハイカーが登ってくる時間である。少し早いけれどお昼にすることにした。EPIガスでお湯を沸かし、ミニクロワッサンとコーヒーの昼食。非常食も含めて食糧はかなり用意していて、前日の昼食が雨で休めなかった分を少々残して下山することになった。

10時50分、名残惜しい山頂を後にする。ここから三ノ木戸分岐まで歩けば、あとは以前歩いているので雲取山から奥多摩駅まで石尾根を完走することになる。ここから先は結構な急斜面であった。下りだからいいようなものの、登りであれば小雲取山のような急登で、何度も休まなければならなかっただろう。

ただ、景色は最高でふった。行く手の木々の切れ間が大岳山・御前山の方向で、それらの特徴ある山々を目の高さで見ながらの下りである。以前、奥多摩駅から六ツ石山まで歩こうとしたことがあったが、最後にこの急登ではとてもむずかしかっただろうとその時思った(それ以前に三ノ木戸山でくじけたのだが)。

2度、3度と急傾斜を下って緩斜面になると、そこには見覚えのある標識が立っていた。「三ノ木戸林道を経て奥多摩駅」、なんと、三ノ木戸の分岐である。時刻は11時30分、予定していたよりも1時間も早い。かくして、石尾根完走は達成できたのである。

さて、ここから三ノ木戸林道へ抜ければ、2時間ほどで奥多摩駅に着くことができる。少し考えたが、せっかくだから最後まで石尾根を下ってみようと思い、三ノ木戸山方面へと直進した。この判断自体はそれほど問題があるとは思わないけれども、予想外の困難に直面することになる。改めて思うのだが、山はそんなに甘くないのである。


鷹ノ巣山から水根山に下ると、倉戸山・水根方面への道を分ける。


六ツ石山山頂からの眺めは、鷹ノ巣山に負けず劣らずすばらしい。


六ツ石山から三ノ木戸山への稜線は、大岳山・御前山を前方に望みつつの下りとなる。ただし傾斜は小雲取山並みにきつい。

 

林道への分岐を直進して、三ノ木戸山の広い山頂部分へと進む。このあたりは2度にわたって登っているので、見慣れた景色である。2度目の時に昼食休憩した石垣のあたりを通り過ぎると、ヘルメットをかぶった人が測量をしていた。作業中という注意書きも何回か見たので、このあたりで作業をしているのだろう。挨拶して通り過ぎる。

実は、この作業中という思い込みがこの後の事態を招いた可能性がある。ピークを巻くトラバース道を進み、初回の昼食休憩場所である十二天山を通過する。十二天山の山名標は前見た時はかまぼこ板に書いた簡単なものだったが、新調されてまな板くらいに大きくなっていた。

十二天山から石尾根を下る道はそこかしこに赤テープが貼られていて、木々が伐採されている。十二天尾根に入ってしまうと方向違いなのでコンパスを確認するが、北向きではなく東向きに歩いているので石尾根のはずである。道幅も広く砂利も敷いてあるので、この方向にこのような道は石尾根以外にないはずであった。

ところが、赤テープにしたがって急斜面を下りてきたところから、見るからに車が通った跡のある林道が始まっていた。作業中ということだから、石尾根の途中まで林道を伸ばしたのだろうか。しばらく来ない間に様変わりしたものだと思った。それとも、どこかで道を間違えたのだろうか。

三の木戸山から奥多摩駅方面に下る登山道は十二天尾根と石尾根の他にはないはずで、十二天尾根は北向きなので注意したからそちらには入っていない。あるいは下を通る不老林道が伸びたのかもしれないが、石尾根を直進したとしてもいずれは不老林道に合流する。どこかで間違えた可能性もあるが、車が通る道を下れば必ず麓には着くはずだ。

ということで、突如現れた林道を下りることにした。曲がり角には「A-31」の立札が立っていたから、これからカーブが31回あるのだろう。あきらめて下りて行く。道はいつしかきれいに砂利を敷いた本格的な車道となった。スイッチバックしてどんどん標高を下げる。そして、最初は分からなかったが、スイッチバックの向きは東でなく北であることがだんだん分かってきた。

となると、これは十二天尾根に並行して作られた林道なのだろうか。いずれにしても方角としてはいずれ不老林道に合流することは間違いないなので、あとは変な枝道に入らないよう気をつけて下るだけである。

30分40分と下るうちに、枝分かれする道が出始めた。多くは駐車スペースか転回場所だが、森の奥へと入って行く道もある。念のため、しばらく進んでメインルートでないことを確認しながら進む。ときおり、バーコードのようなものが貼られていて「スマホで現在位置を確認できます」と書いてあるが、あいにくスマホは持っていない。

50分下りて来ると、ようやく「A-1」となって林道カーブ標識は終わり、道の両端にはロープが張られて立入禁止を示していた。さらに下ると、樹間から赤い屋根が見えてきて、電柱も現れた。なんとか、麓まで下りて来られたようである。

太い道と合流するところに農大演習林の大きな地図が掲げられていて、これによるといま下りてきたのは十二天尾根と見通尾根の中間を通っている作業道なのであった。この道は、電子国土にもなければ吉備人出版の登山詳細図にも掲載されていない。作業道の終点に「農大作業道 関係者以外立入禁止」くらい書いてもらえれば引き返したのだが。

見通尾根とは石尾根から30度くらい北の、独標989あたりへ下りてくる尾根のようである。いずれにしても、十二天尾根には入らなかったものの石尾根とは違う方向に進んでいた訳で、完全な道間違いである。車道を下りてきたのでリスクはあまりなかったとはいえ、注意しなければならない。

ということは、いま立っているのが不老林道であり、ここを歩けばいずれ石尾根登山口に着く。ようやく現在位置を確認できて安心した。この林道がまた大変長く、途中ポツンと一軒家を過ぎ水道局の施設を過ぎ、石尾根登山口まで30分以上かかった。ここまで標高を下げると暑さがひときわ身にしみた。午前中の快適な尾根歩きとは打って変わって、ハードな道のりを歩く。

それでも、三河屋旅館に着いたのは午後2時過ぎで、予定していた下山時間よりも早かった。石尾根をちゃんと下ればさらに20~30分早かったと思うけれども、そこまで贅沢は言うまい。平日でも日帰り入浴は営業していて、2日間の汚れと疲れを癒すことができたのでした。

この日の経過
鴨沢登山口 9:30
10:05 小袖駐車場 10:15
11:35 茶煮場(1150休憩所、昼食休憩)12:10
13:25 マムシ岩 13:35
14:20 七ツ石小屋(泊)5:50
7:25 鷹ノ巣避難小屋 7:35
8:05 鷹ノ巣山 8:35
10:15 六ツ石山(昼食休憩) 10:50
11:55 十二天山 11:55
12:50 農大研修所付近 12:50
13:25 石尾根登山口 13:25
14:10 三河屋旅館
[GPS測定距離 初日 7.3km、2日目 19.0km、合計 26.3km]

[Jul 9, 2018]


石尾根を歩いているつもりが、なぜか車が通る作業道に出てしまう。曲がり角に「A-31」の標識がある。下には通じているようだが。


道はしっかりした林道となりカーブを切って標高を下げて行く。この道は電子国土にも載っていないし、吉備人出版の登山詳細図にも未掲載である。


下りたところは農大研修所のすぐ近くだった。どうやら作業道は、十二天尾根と見通尾根の間を下りてきたらしい。なんとか現在地を確認してここから不老林道を延々と歩く。