530 五十三番円明寺 [Mar 12, 2018]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

太山寺から、再び山門を経て山側を歩く。距離的には3.6kmと1時間弱であるが、朝早かったためかこのあたりではガス欠気味であった。

円明寺への道は、遍路地図(このブログで遍路地図とは、「四国遍路ひとり歩き同行二人」地図編第10版のことである)では紛らわしく描かれているが、実際には太山寺の山門を出て左に折れ、そのまま道なりにまっすぐ進めば着く。ただし、信号が何ヵ所かあるので赤になれば止まらなくてはならない。

途中で一車線で歩道なしの狭い道となるが、そこを除けば片側一車線歩道付きの高規格道路である。行先表示も、要所でちゃんと「↑ 円明寺」と出てくる。ローマ字表記をみて、こちらが「えんみょうじ」だったと再認識する。というのは、五十三番と五十四番は「円明寺」と「延命寺」だが、この二寺は江戸時代には「圓明寺」で両方同じだったのである。

手許にある「象頭山参詣道四国寺社名勝八十八番」によると(象頭山は金毘羅様のこと)、五十三番は「ゑんミやうじ」、五十四番は「ゑんめいじ」とあり、当時も今と同じ読み方である。ただし漢字で書くと圓明寺が二つ続くというのは紛らわしいので、明治になって両寺の話し合いで五十四番が「延命寺」に改めたという。

その結果、漢字で読む分には区別がつきやすくなったが、逆にどっちが「えんめいじ」か「えんみょうじ」かが分からなくなった。読み仮名としては、両方ともどちらでも読めるからである。

ということで、松山市郊外の方が「えんみょうじ」である。道はひたすらまっすぐ進む。遍路地図ではお寺近くになって左折して境内に入るように描かれているが、歩くのであればまっすぐ進むと山門である。

須賀山円明寺(すがさん・えんみょうじ)。江戸時代に土地の有力者であった須賀氏が再興したことから山号としたと伝えられる。境内は街中に位置していることもあり、たいへんコンパクトだ。太山寺の巨大な本堂を見た後なので、余計にそう感じる。これまでお参りした中では、徳島の観音寺に似た感じだ。

その広くない境内の中に、もう一つの山門(中門)があるので本堂までのスペースはかなり狭い。大師堂と納経所は山門と中門の間にある。ご詠歌に、「来迎の弥陀の光の圓明寺」と謳われているとおり、ご本尊は阿弥陀如来である。

こちらの寺は、明治になって米国の学者が発見した銅製の納札があることで知られているが、本堂の中、ご本尊をお納めする厨子の扉に打たれているので、実際に見ることはできなかった。

江戸時代初め(1650年)の銅板の納札で、これが確実に時代を確定できるものでは最も古く「遍路」という言葉を使っている資料だそうで、真念「道指南」より20~30年古い。とはいえ、ご本尊の厨子などに打つことが可能だったのか。あるいは銅の納札は珍しいということで、お寺の方でご本尊近くに移しておいたものか、いろいろ想像できる。

明治の神仏分離・廃仏毀釈ではお寺にあった多くの文化財が失われた。八十八ヶ所の中にも、いったん廃寺になったところは少なくない。そうした混乱期を経て、こうした記念品が現在まで残っているのはすばらしいことである。


太山寺の山門を出て、来た方向にV字型に戻る。円明寺までは道なりにまっすぐ進めばよく、遍路地図は少々わかりにくい。


遍路地図ではお寺の入口手前で曲がるように書かれているが、ひたすらまっすぐ進む。横断歩道マークの下に見えるのが山門。


山門の近くまで来た。市街地の中にあるのがよく分かる。

 

円明寺で銅板納札とともに有名なのは「キリシタン灯籠」である。禁教とされていた江戸時代に信者が隠れて参拝していたとされ、こちらは山門脇のスペースに案内書きがある。

高さは50cmほどだろうか。一見すると「T字型」にしか見えないのだが、上の部分が分かるか分からないかほどに突き出ていて、「十字架」になっている。前面には菩薩像が浮き彫りされているが、これも信者にとってはマリア様になるのだろう。わざとお寺の境内に置くことにより、カモフラージュしていたのかもしれない。

当初の計画では、JRの次の駅である堀江まで歩いて翌日のスケジュールを楽にしたかったのだが、円明寺まで歩いてかなり疲れてしまった。さすがに3時半起きで午前中からの歩きはハードだったようだ。もうホテルに入れる時間だから、すぐ近くの伊予和気駅に向かう。

1時間に2本の電車はあと20分ほどの待ち時間で、駅のベンチでしばらく休む。ここの駅は面白い造りで、駅舎の大部分が飲食店舗となっていて、ホームに通じるスペースには券売機と自販機、ベンチしかない。それでも発車時刻が迫ると三々五々学生服姿が集まって来たので、それなりに利用者はあるようである。

この日の宿はターミナルホテル松山、素泊まりで5,670円。夕食はホテル1階の食堂で日替わり御膳と生ビールをいただく。日替わり御膳には鯛のあら煮が付いていて、食べるのに時間がかかるのでお酒も頼もうかと思ったのだが、健康増進法対象外のお店のようで、喫煙者がいたためゆっくりできなかった。ちょっと残念である。

以前泊まった宿毛の秋沢ホテルもそうだったが、四国に来るとホテルのパブリックスペースで当然のように喫煙可となっているのはいただけない。四国はまだまだ地方で、喫煙人口が非常に多いのかもしれないが、改めていかないといつまでもこのままである。

一方、客室は最近リフォームしたらしく、たいへんきれいだった。2Fに上がった時は床が傾いているのでこれはやばいかなと思ったのだが、客室に入って安心した。地方のビジネスホテルは得てして造りが貧弱で、どうしても築年数の浅い建物を選びがちなのだが、こうして設備を更新してくれるとありがたい。

このホテルはすぐ近くにあるキスケの湯と提携していて、こちらの大浴場に入ることも可能である(若干ではあるが割引になる。割引がなくても650円と安い)。ただ、この日は疲れて外に出る気がしなくて、最終日に空港に行く前に寄ってみた。値段の割にたいへん整った施設で、もちろん禁煙である。

ロケーション的には駅の真ん前にあるので、夜遅くまで路面電車の音が聞こえる。ただ、この日はたいへん疲れていたので、特に気になることもなく眠ることができた。

この日の歩数は36,318歩、GPSで測定した移動距離は16.1kmでした。

[ 行 程 ]
太山寺 14:15 →
[2.6km] 14:50 円明寺 15:05 →
[0.6km] 15:15 JR伊予和気 (→ 松山(泊))

[Dec 8, 2018]


このお寺には、境内に中門がある。まっすぐ奥が本堂。


大師堂は山門と中門の間にある。


山門脇の小スペースにあるキリシタン灯籠。T字型の上の部分が微妙に出っ張って十字架のように見えるので、隠れキリシタンがお参りしたという。