117 ストレスが少ないのが最大のぜいたく~せいうち日記117 [Dec 21, 2018] 

2018年も残すところわずかである。

年内にやっておかなければならなかった年賀状はじめ年末年始の準備も一段落した。気がかりなことをひとつひとつ片付けて、心やすらかに新年を迎えられるのは何よりのことである。

今度が、リタイアして3回目の正月になる。最初の年はポリテクが始まってばたばたしたし、昨年は年金がちゃんと支給されるかどうか気になる年末だった。今年はそうしたペンディング事項もない。ありがたいことである。

サラリーマン時代には、ペンディング事項がなくなることがなかった。常にマンパワーよりも仕事量の方が多く、トラブルが絶えることはなかった。ああいう生活をいつまでも続けていたら、体を壊すか、メンタルがおかしくなるか、その両方である。

先だってぼんやりTVを見ていたら、早期退職して田舎に引っ越した人が、趣味の家庭農園の収穫を地元の産直に出して月数十万の売上をあげているという。大したものだけれど、私には到底できない。向き不向きもあるけれども、それ以前にストレスをこれ以上積み上げてどうするのかという心配が先に立ってしまう。

私と同年配であるそのリタイアおじさんは、借りている畑を耕していろいろな野菜を作り、共同で使っているポンプの故障を直し、産直に出す落花生を茹で、売り切れると追加で納品し、夜になると送られてくる売上を確認する。きっとその後に帳簿も付けているのだろう。でも、「私は農家ではなく趣味でやっています」と言うのである。

そういうことがストレスにならない人もいるだろうし、収入とのトレードオフになるだろうから一概には言えないけれども、私が同じことをしたらストレスで参ってしまうだろう。仮に農作業でなく自分の得意分野だとしても、誰かに何か言われたら対応しなければならない、何時までに何をしなければならないというサイクルには、もう耐えられそうにない。

スマホを手放せない人のかなりの部分は、ラインだのフェイスブックだので誰かが何かを言うのに即座に返事しなければならないそうだ。私はガラケーしか持っていないし、メールに返事するのも奥さんだけなのでそういう心境が分からないけれど、ストレスにならないのだろうか。

自分の時間は可能な限り自分の好きなように使いたいし、他人との関わり合いは必要最低限にしたい。それで食べていけなければともかくとして、衣食住とも足りて、健康で文化的な生活を何とか確保しているのだから、それ以上求めるのはぜいたくである。

世の趨勢をみると、「お得に」「損しないで」のオンパレードである。同じ値段で多くの品物が手に入るならいいけれども、多くの場合安ければ安いだけのことであるか、自分に跳ね返ってくるかどちらかである。加えて、その考えを推し進めると、空いている時間はおカネに還元すべきであって、そうしないのはバカだということになりかねない。

おカネというのはあくまで交換を容易にするための道具なのであって、価値そのものではない。究極の「損得」があるとすれば、限りある時間と資源とを使って、どうやってより多くのことができるかということだと思っている。

だから、おカネの損得で持ち時間を使いたい人はそうすればいいし、私は自分の時間を心安らかに、できるだけストレスなしに過ごせることに重きを置く。そして、いろいろ興味のあることを考えるのに、時間はいるけれどおカネはあまりかからないのである。

毎朝目が覚めて、さしあたってしなければならないことがなく、夜は心安らかに眠りにつくことができる。おカネが山ほどある訳ではないし、やりたくてできないこともたくさんあるのだけれど、ストレスが少なくて済む今の生活は、最高のぜいたくであると思っている。

[Dec 21, 2018]