079 檜洞丸 [Nov 26, 2018]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

芦ヶ久保丸山から帰ってきて、「朝早くてしんどい」と弱音を吐いたところ、奥さんから「前から同じこと言ってるよ」と言われた。確かに、早起きして山に行くのが年々つらくなってきた。

山歩きにせよお遍路にせよ、早起きして歩くこと自体はそれほど苦にならない。七ツ石小屋の朝など、あまりにも好調で急坂をすたすた登ってしまったくらいである。つらいのは、早起きして家を出て、それから3時間以上も電車移動する場合である。歩き始めた時点でもう疲れている。注意力も散漫になっている。

このことは、奥多摩で乗り継ぎに失敗した時切実に感じたのだが、この間は芦ヶ久保までの西武線乗り継ぎで失敗して、歩くのがたいへんつらかった。もう60歳を越えて、朝早く起きて始発に乗り3時間超の移動というのは、負担が大きいのかもしれない。

なぜ3時起きして始発に乗るかというと、前泊するとおカネがかかるからである。休日パスも同じことで、交通費がずいぶん安くなる。奥さんに言わせると「2回行くところを1回にして泊まればいいのに」ということになるけれども、近距離で泊まるというのはもったいない気がする。

とはいえ、仮に1回1万円多くかかったとして、これから何回、山に行けるだろうか。この「中高年の山歩きシリーズ」にしたところで、前回の丸山まで7年間で78回、7で割ると11回である。安全のために年間10万円は決して高くないし、そもそもそんなに行けるかどうかも分からない。

ということで、これからはなるべく当日の長距離移動はやめることにした。目処としては2時間、つまり県内の車移動くらいが限界で、それより遠くには前泊対応しようと思う。となると、別に奥多摩・丹沢にこだわることもなく、もっと遠くの山だって射程内に入ってくる。

とはいえ、これまで登ってきて、次はここという山はいくつかあって、そのうちの一つが檜洞丸である。春の蛭ヶ岳で、稜線沿いに檜洞丸まで歩くという計画であったのに、疲れてしまって回避したのであった。いま考えても、初見で通過する距離が長すぎた。

せめて、西丹沢自然教室(現在はビジターセンター)から檜洞丸まで歩いておけば、はじめてなのは蛭ヶ岳・檜洞丸間だけになった。それだって一筋縄ではいかないけれど、最後が知った道か知らない道かの違いは大きい。という訳で、早めに歩いておきたいルートであったのだ。

問題は、神奈川県のホテルはみんな高いということであったが、WEBをいろいろ調べていたら、楽天トラベルで日曜日泊4千円台という手頃なビジネスホテルを見つけた。お遍路に行った時のポイントも使って早速予約、11月25日前泊で出かけることにしたのである。

前泊したのは本厚木駅前の「厚木シティホテル」。構造上、外の音はほとんど入らないものの、廊下の足音や隣室の話し声が響くのはやむを得ない。何しろ値段が手ごろなのと、朝食を午前5時から用意してくださるのはありがたかった。

500円で、パン、フリードリンク、ウィンナ、スクランブルエッグとサラダ、ヨーグルト、フルーツにマンゴープリンまで付く。コンビニでサンドイッチやジュースを買っても500円くらいはかかるので、コストパフォーマンスも高い。

ゆっくり支度して6時20分に出発。各駅停車で新松田まで移動して、7時15分発の西丹沢行バスに乗る。このバスが朝の渋滞で遅れたのはちょっと計算違いで、西丹沢ビジターセンターを出発できたのは8時45分になってしまったが、家を朝5時に出たとしてもこのバスには乗れないので、前泊した甲斐があったというべきである。

西丹沢自然教室(現・ビジターセンター)には、特別の思い入れがある。四半世紀前、子供がまだ小さい頃に何度か山歩きを試みたのだが、西丹沢は敷居が高くてなかなか登れなかったのである。

丹沢で登ることができたのは大山と加入道山で、西丹沢の中核まで入ることはできなかった。だから、西丹沢自然教室とかユーシンロッジと聞くと、当時行けなかったことが思い出される。ユーシンロッジはおそらく、20年前位が宿泊できる最後のチャンスだったのだろう。

ユーシンロッジにはしばらく前に行くことができたが、西丹沢自然教室は初めてである。バスを下りるとその自然教室だが、月曜日なので残念ながらやっていない。それでも、トイレは使用可能なので助かる。

しばらく林道を歩いて、沢のように見える登山口からツツジルートに入る。いきなり急登で引き続き桟道で汗が噴き出す。ただ、汗が出るということは体調が悪くないということで、朝3時起きよりも足は大層軽い。


西丹沢ビジターセンターは月曜日のためお休み。それでも何人かの登山客がいたのは、さすが人気のある丹沢。


登山口からいきなり急登あり桟道ありで驚いたが、ひとしきり登った後は、ゴーラ沢出合までほぼフラット。


紅葉は盛りを過ぎたというビジターセンター報告でしたが、まだまだ十分きれいでした。

 

終点までバスに乗っていたのは10人ほどで、みなさんビジターセンター前で支度している。林道で私を抜いて行ったシニア男性2人組は登山口に入らずまっすぐ進んだので、大室山に行ったのかもしれない。登山口に入ってすぐ、単独行の女性に抜かれた。他の人達は、畦ヶ丸に向かったのだろうか。

西丹沢ビジターセンターでは定期的に現地情報を更新していて、最新情報では「紅葉は盛りを過ぎた」ということだった。とはいえ、登山口からひとしきり登った後のトラバース道では、まだまだ赤や黄色にきれいに色づいていた。景色を楽しみながら1時間ほど歩いて、ゴーラ沢出合に到着。

ゴーラ沢出合は東沢にゴーラ沢が合流する場所で、白い岩が川幅全体にうず高く積み重なっている。以前歩いた尊仏の土平とよく似ているのは、地質も地形も似ているから当り前かもしれない。平らな石の上に腰かけて、1回目の小休止。この近くに水場があるということだが、よく分からなかった。

ちょうど歩き出そうとした頃、後続の2人組が小さく見えてきた。声からすると女性のようだが、できれば静かに歩きたいので早々に登り始める。ゴーラ沢出合からは急階段を登るとガイドブックにあるが、急なのは階段だけではなくその後の登り坂も同様である。これまでのような緩斜面は全くない。

どんどん高度を上げていくが、その割に息切れしないのは体調が悪くない証拠だろう。芦ヶ久保丸山ではこのくらいの時間でもう辛かった。もっとも、ここできつかったら頂上までもたないのであるが。

次の休憩地は「展望園地」とガイドブックにある。実際の道案内では「展望台」と書かれている。そのあたりまで登ってくると、西に大きく立ちふさがっていた畦ヶ丸が目の高さにまで下がってきて、その後ろから富士山が姿を現わす。そこが「展望台」で、ベンチが一つだけ置かれている。

11時ちょうどに展望園地に到着し、水分補給とエネルギーゼリーで栄養補給。この日は水2.5㍑とお湯0.4㍑、食糧は夜の分まで持ってきている。水も食糧も十分で、あとは暗くなるまでに下山すればいい。バスは少々遅れたが、特に問題はなかろう。

休んでいる時に、シニア男3人組が下りてきた。場所を空けなくてはいけないかなと思ったら、休まずにそのまま下りて行った。この時間にここを通るということは、朝早くに登り始めたものと思われたが、一気に下れるというのは大したものである(帰りに下る時に痛感した)。

息が整ってきた時分に、後続の2人組が登ってきた。女性2人組であった。一人は早く登って、もう一人が追いつくのを待っている。さわがしく大声を出すのは後ろの人のようだ。追いつかれる前にリュックを背負って場所を空け、歩き始める。あわてていたので、日焼け止めを塗り直すのを忘れてしまった。

ゴーラ出合・展望園地間のコースタイムは1時間なので、ここまでコースタイムで登れている。私にしてはかなりのハイペースである。これまた、前泊した効果であろうと思われた。そして、後続の2人に休憩している間追いつかれなかったということは、私より速いペースという訳ではなさそうだ。

ここまで順調に登ることができたが、問題はここからである。檜洞丸まであと1.8km、標高差550mほどをコースタイム1時間半というのは、私には厳しいように思われた。とりあえず、次のベンチは標高1400m地点にある。そこまでまず登らなければならない。

相変わらず傾斜はきつい。ツツジコースという名前は穏やかだが、わずかの距離の間に標高差1000mを登るのだから傾斜は急に違いなく、そのことは1/25000図で分かっていたのだけれど、やっぱりきつかった。たまに木の階段になるが基本は岩交じりの急坂で、鎖も何ヵ所か出てくる。危険個所はほとんどなく、危ないとすれば下る時と思われた。

汗は絶え間なく噴き出してくるので、2.5㍑持ってきた水もすでに1㍑消費した。行く手には右からもう一つの稜線が見えてきている。あれが石棚山稜に違いない。とすると、その手前でベンチが出てくるはずなのだが、なかなか出てこない。コースタイムでは石棚山稜分岐に着いていい時間なのだが、かなり遅れているのは私のことだから仕方がない。

少し前から、太腿の上の方がぴくぴく痙攣するのが気になる。ふくらはぎが攣るのはしょっちゅうだが、この違和感は記憶する限り初めてのことだ。あるいは、午前5時に朝食の後、行動食しか取っていないのでHPが足りないのだろうか。


東沢とゴーラ沢が合流するゴーラ沢出合は、大きい岩がごろごろしていて尊仏の土平を思い出しました。平らな岩に腰かけて小休止。


ゴーラ沢出合を過ぎると、とたんに道が険しくなる。


ツツジコースと名前は穏やかだが、標高差約1000mを一気に登る厳しい道。それでも、熊笹ノ峰ルートよりも安全とのこと。

 

これじゃ稜線に合流しちゃうよと思っていたら、スイッチバックの踊り場のような場所にいきなりベンチが現われた。石棚山稜下ベンチ12時10分到着。展望園地から1時間10分。前のベンチで塗り忘れた日焼け止めを塗り、息を整えていたら2人組が追いついてきた。前回より休憩時間が少なくなったのは、私のペースが落ちているからに違いない。そそくさと席を空ける。

あまり休めなかったが、案内表示によると檜洞丸まであと0.8kmである。ということは、目の前の急坂を登り切れば石棚山稜分岐のはずで、そこまで行けば稜線なので休むところはあるだろうと思った。案の定、20分ほどで分岐までたどり着き、そこからなだらかになって折よく転がっている丸太もあった。腰かけてここで小休止する。

この日持ってきた食糧は、アルファ米のドライカレー、チョコレートワッフル、カロリーメイト、玄米ブラン、アーモンドとカシューナッツと盛り沢山であったが、実はこの中から夕食分を残しておかなければならなかった。だから、お昼は行動食ですまそうと思っていたのだけれど、さすがに休みが足りなかった。テルモスのお湯でインスタントのカフェオレを淹れてひと息つく。

休んでいる間に、2人組は私を追い越して行った。稜線は左に向けて続いているが、ここまでのような急傾斜ではない。ガイドブックではあと20分、案内表示の残り距離も0.6kmである。温かい飲み物をお腹に入れて、体力も回復した。あともう少しである。

ここから木の階段と木道の続くなだらかな道で、丹沢山の頂上近くと似た雰囲気だった。頂上のすぐ下に、ヘリから下ろしたと思われるフェンスや金属柱が大量に置かれていて、近くで作業中の人が2人いた。毎日登り下りするのも大変だろうから、青ヶ岳山荘に泊まり込みなのだろうか。水がない小屋だけに、大変そうである。

檜洞丸頂上に午後1時20分到着。8時50分に登り始めたから、休憩入れて4時間半、休憩なしだと3時間50分くらいで、コースタイム3時間半より20分くらい多くかかった。とはいえ、標高差1000mをこのくらいの時間であれば、私としては大健闘である。

1996年発行のヤマケイ・アルペンガイドでは檜洞丸について、「ブナなどの樹林に包まれている山頂からの眺めはあまりよくない」と書かれているし、そもそも1600mと丹沢では蛭ヶ岳に次ぐ高さがあるのに、三角点にも独立標高点にもなっていないことからして、百年以上昔から見晴しがよくなかったことは確かである。にもかかわらず、山頂は広くて明るい。

山頂はなだらかに広い。こんなに開けているとは思わなかったというのが第一印象であった。にもかかわらず、東京都の山にあるような立派な山名標はなく、それほど太くない柱に「檜洞丸」と書かれているだけである。

青ヶ岳山荘を経て臼ヶ岳、さらには蛭ヶ岳に向かう東側はすぐに下り坂で、あとは北も西も高原状になっている。ベンチの数も4つ5つある(もっとあったかもしれない)。南はいま登ってきた方向で、木の階段と木道で整備されていて、現在植林保護のための工事中である。

私同様ツツジコースを登ってきた2人組は、すでに通り過ぎた後であった。そういえば行きのバスの中で、蛭ヶ岳まで行くと話していたのはあの二人だったかもしれない。いずれにしろ、私を少々上回る程度のペースでは、ゆっくりしていたら蛭ヶ岳まで行く頃には暗くなってしまうだろう。

青ヶ岳山荘の方から単独行の女性が登ってきた。背格好からすると、朝方私をパスしていった女性のように思われた。そのまま、下山口方向に向かったので、もうお昼休憩はとうに済ませたようだった。

その女性が下りると山頂には私一人となり、驚いたことにあたりには何の音もしなくなった。寒いのでここまで鳥は上がってこないようだし、すぐ下で作業しているはずの工具の音も聞こえない。しーんとして、何かに音が吸い取られてしまったような静けさである。


標高1200mを越えて、ようやく檜洞丸の姿が見えてきた。


山頂直下は木道と木の階段で、丹沢山とよく似ている。ただし檜洞丸は、倒れたブナの木により歩きにくい状態となっている。


檜洞丸頂上。こんなに開けているんだというのが第一印象。かつてはブナが茂って鬱蒼とした雰囲気だったらしい。

 

予定よりやや遅れて到着した檜洞丸の頂上だが、あたりは何かに音が吸い取られたような静けさである。ここまで静かだと、こういう機会は二度とないのではなかろうかと思ってしまう。背負いかけたリュックを再びベンチに置き、見晴しがよくなった周囲の景色を改めて味わう。

東側には「ここから蛭ヶ岳まで4.6km、登り下りが連続する道です。梯子・鎖もあります。時間・体力に余裕をもって計画してください」と、蛭ヶ岳にあったのと同じ看板が掲げられていた。その向こうに、一段低く臼ヶ岳などの峰々が見え、同じくらいの高さに見えるのが蛭ヶ岳である。

蛭ヶ岳に続いて、いくつかの峰があり、その間の谷には崩れて白いガレ場が見えている。この春歩いた、鬼ヶ岩とか箒杉沢の頭だろうか。そうすると、3つ目くらいのピークが丹沢山で、そのさらに右、頂上に小屋が見えるのが塔ノ岳ということになる。

春に蛭ヶ岳まで歩いた時、ちょうど反対側からこちらの方向を見た。いまこうして蛭ヶ岳から塔ノ岳への稜線を見るのは何とも言えない気持ちである。かつて、ブナに囲まれて「眺めがよくない」と言われていた檜洞丸で、こうしてすばらしい景色を楽しむことができたのは予想外であった。

北側の道は犬越路に至る稜線である。こちらの看板には「ツツジコースより危険個所が多くあります」と書いてある。高速登山道・東海自然歩道になるのは犬越路よりも向こう側で、そこまでは鎖場や梯子があるとガイドブックにも載っている。時間に余裕のない時には、避けるのが無難なルートのようだ。

山頂でゆっくりしていたら、13時45分になった。早く山頂に着いたら帰りは石棚山稜から下ろうと思っていたが、残念ながらその余裕はない。それでも、下りのコースタイムが2時間だから、16時25分のバスには楽勝だろうと思って歩いていたら、あまりの急傾斜に全くスピードが出ないのである。

展望園地まで下りるのに1時間15分、ここですでに15時になった。さすがに疲れて一休みするが、登ってきた時にすれ違ったグループは休みなしで下って行ったので大したものだったのである。この時すれ違ったのは歩荷姿の何人かで、おそらく青ヶ岳山荘の関係者だろう。抜かれたのは2人で、もしかすると工事していた人達だったかもしれない。

展望園地を過ぎて、目の前の深い谷の下にゴーラ沢が見えた。あそこまで1時間で着くものだろうかと半信半疑になる。もし17時05分のバスに間に合わないと、2時間後のバスを待つよりも予約した中川温泉まで歩く方が早い。夕食はついていないので時間の心配はないが、できればそれは避けたい。

懸命にスイッチバックを下って、ゴーラ沢出合を16時に通過した。下り40分のコースタイムを55分かかっている。ただし、ここからは傾斜はほとんどない。バスの時間には目処が立ったが、今度は日が沈んで暗くなってきたのが心配になる。

ヘッデンをすぐ取り出せる場所に用意しつつ、それでも使わないにこしたことはないので、平坦なトラバース道を走るように飛ばす。ようやく桟道まで来た。行きには急坂だと思った最後の坂も、ゴーラ出合まで下ってきた急傾斜と比べるとさほどのこともない。舗装道路の林道まで出たのは午後4時半過ぎ、すでに足下は見づらくなっていた。

ビジターセンターに着いたのは16時45分。山頂から3時間、休憩時間を除いて2時間50分かかった。コースタイム2時間は、私にはとてもじゃないが無理である。ということは、春の蛭ヶ岳で予定通りここまで足を伸ばしていたら、かなりあせることになったのは間違いない。

バス待ちは私の他にもう一人と、車で来ていたグループが2台、すぐにあたりは真っ暗になり、私が最後の下山者であった。17時05分のバスでこの日予約した中川温泉に向かった。

下山中に足を滑らせて1回転倒したが、受け身をとったので大丈夫だった。また、左足の親指が痛んでマメができたかと心配だったが、幸い何ともなかった。ただ、翌日から久しぶりに両足の太腿が痛くなった。標高差600mは何回行ってもなんともなかったのに、標高差1000mだとやっぱり響くのであった。

この日の経過
西丹沢ビジターセンター(554) 8:50
9:50 ゴーラ沢出合(769) 10:00
11:00 展望台(1065) 11:10
12:10 石棚山稜下ベンチ(1412) 12:15
12:40 石棚山稜分岐(1513) 13:00
13:20 檜洞丸(1602) 13:45
15:00 展望台(1065) 15:05
16:00 ゴーラ沢出合(769) 16:00
16:45 西丹沢ビジターセンター(554)
[GPS測定距離 10.5km]

[Jan 28, 2019]


檜洞丸から北方向。頂上には何ヵ所もベンチが置かれているが、私がいた時間はしーんと静まり返っていた。


東には、蛭ヶ岳、丹沢山、塔ノ岳といった丹沢主脈が並んでいる。しばらく前に、向こうからこちらを見たのだ。


登りに時間がかかり過ぎて、下りも同じルートとなる。それでも、下山したのは16時45分、かなり薄暗くなっていました。別のルートなんてとんでもなかった。