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176 田中康弘「山怪」 [Aug 11, 2022]

しばらく前まで、お盆の時期になるとTVでは怪談特集を必ずやっていたものである。稲川淳二くらいを最後に、いまではほとんどみられなくなってしまった。YouTubeでは都市伝説みたいのがたくさんあるが、ほとんどすべて見出しだけのアクセス狙いである。

この本は山と渓谷社が出しているだけあって、現在では語り継がれなくなった山に関する不思議な話を集めている。著者は、全国の山間部を巡って猟師とともに野生獣を狩り、猟師や林業関係者、山麓に暮らす人々に聞いた体験談がまとめられている。

現在、そうした山間部でも年寄りが囲炉裏端で子供達に山の話をする機会はないという。野生獣自体、かつては毛皮や肉、あるいは薬として必要に迫られて狩られていたが、いまでは有害動物の駆除だけという。時代の流れとはいえ、もはや猟師やマタギだけで生計を立てる人はほとんどいない。

集められている話は、人魂や狐・狸に化かされる話、山の中の不思議な場所などに関するものが多い。リングワンデリングや誰もいない山中で誰かが自分を呼ぶ声がするという話は、登山者はしばしば耳にするものである。

私自身、ひとりで歩いているのに他の人の足音が聞こえたり、話し声が聞こえることがある。最近の脳科学の知見では、現実とバーチャルリアリティの境い目はあってなきが如きで、そんなことは普通に起こるらしい。

だから、例えばホタルやヤマドリ、自然にリンが発光したのを人魂とか火の玉と見間違えるのは当り前に起こることだし、まして昔の人達は恐ろしかっただろう。ただ、科学はそう指摘しても、山の奥深くには神が宿ると信じることは、誰にも止めることはできない。

もののけ姫の映画をみても、山の中に聖霊が現れるのをばかばかしいと思う人はそれほど多くはないと思っている。日本固有の八百万(やおよろず)の神々とはそうしたもので、ここに住む人達は一万年の長きにわたって、そう信じてきたのである。

だから山の中には不思議なことがあるし、すべて科学で片づけてしまう必要もない。とはいえ、かつて広く信じられていたのに、いまではまったく顧みられなくなった事柄について、改めて考えることには意味があるだろう。

私の子供の頃にはまだ、「狐憑き」とか「犬神」という言葉があった。わずか百五十年前の江戸末期に、四国のある藩で村人多数が狐憑きになった事件もあった。藩の正式文書として殿様にも提出されたものだというから、100%嘘ということはないだろう。

にもかかわらず、いまではそれらの言葉は死語になってしまった。もちろん、差別用語であるということもあるのだけれど、誰もキツネやイヌ、ネコが化け物になって悪さをするとは思わないからである。

だとしたら、なぜそのような症状となって表れたのだろうか。本書によると、「小さい頃からそういう話を聞いて育つと、そういうものがいる、そういうことがあると思い込んでしまう」からだという。

三つ子の魂百までという。幼い頃記憶されたさまざまのことは、長く本人の心身に影響を与えるということなのだろうか。

[Aug 11, 2022]

山と渓谷社が出しているだけのことはあって、単なる怪談話ではないところがいい。続編の「山怪2」「山怪3」も刊行されている。