亀の甲より年の功?

ごあいさつ
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いつの間にか、60歳まであと1年を切っている。定年までもう少しとか年金生活とか書いているくらいだから当り前なのだけれど、自分がそんな年齢になったとは思わないのはいかがなものだろうか。

若い頃は、新しいことをしようとすると、その構想段階から不安になって仕方がなかった。いま考えるとおかしいのだが、突然病気になったらとか、いよいよ食べるに困ったらとか本気で心配していたのである。幸いに、そうした事態にはならなかった。ありがたいことである。

心配していろいろ準備したから何事もなく済んだのか、そもそも「びびり」だったのかは今となっては分からない。ただ一つ言えるのは、心配したりくよくよしたことまで含めて経験だったということだろう。

さて、定年の年齢を迎えて、久し振りに生活リズムが変わる時期が目前に来ている。以前のこういう時期から20年も30年も経って、あまり動揺せずに日々を過ごすことができているのは、年の功だろうか。長年自分と過ごしてきて、最高の判断はなかなかできなくても最悪の判断はしないだろうと多少の自信はある。

前回この欄では、身の処し方についてジャン・バルジャンが参考になると書いたが、実在の人物で一人あげるならば范蠡(はんれい)である。太平記で「時に范蠡無きにしも非ず」と書かれている中国古代の政治家・軍人・商人であるが、彼の功績により越が呉を滅ぼし、これから長年の苦労が報われるという時に、范蠡は越を離れて引退するのである。

自分は組織に功績があったからそれだけの報酬があってしかるべきだなどと考えていたら、「狡兎死して走狗煮らる」になってしまう。たとえ商売で成功するという成算がなくたって(その後商人となって大儲けしたと史記に書かれている)、命あっての物種。新天地で自分を試す他はないと考えたのである。

このとき、彼がかつて呉王夫差を陥れるのに後宮に送り込んだ「ひそみにならう」中国四大美女の一人・西施を伴ったという説もある。かつての美女もすでにいい年だったはずで(呉が越をいったん滅ぼしてから逆に滅ぼされるまで20年である)、結構いい話である。

実際、後から考えてみると生きて新たなステップに臨むことができるだけでも儲けもの、ということになるのかもしれないし、ならないのかもしれない。いずれにせよあと何十年も生きていられる訳ではないのだ。

[May 29, 2016]