367 渡辺和博「夫婦鑑」 [Feb 8,2007]

さる2月6日に渡辺和博氏が逝去された(享年56)。同氏や「金塊巻」の共同執筆者神足裕司氏は私とほぼ同年代であり(コータリは同学年)、訃報を耳にしてまず最初にちょっと早いよなぁと思ったけれど、考えてみればそういうことがあってもおかしくない年代に差し掛かってきたということでもある。

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366 キューブラー・ロス「死ぬ瞬間」 [Mar 14, 2014]

1969年に書かれたこの論文はその後に続編も発表され、わが国でも注目を集めた。ターミナルケアやホスピスなどは、この人に大きな影響を受けて今日の姿になった。その意義は十分に尊重するものの正直あまり関心がない分野だったのだが、ふと読んでみる気になったのは年を取ったせいもあるのだろう。

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365 廉思「蟻族」 [Feb 28, 2014]

著者の廉思(Lian Si、リエン・スー)は中国の大学教授。中国にはチワン族、フェイ族、ミャオ族など、独自の民俗・習慣・言語を持つ少数民族が数多く存在するが、題名の「蟻(アリ)族」とはそうした少数民族ではない。中国の大都市郊外に多数存在する大卒低所得群居集団のことである。

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364 米原万里「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」 [Mar 30,2011]

ノンフィクションという書き物は、究極的には書き手がどのようなユニークな経験をしてきたかに負うところが大きいと思っている。その意味で、共産党幹部を父に、貴族院議員を祖父に持ち、小中学生時代を共産圏の学校で暮らした作者は、かなりのアドバンテージを持っているといえる。

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363 米長邦雄「人間における勝負の研究」 [Sep 20, 2005]

先週に引き続き、将棋の棋士が書いた本である。米長は後に名人になったが、この本を書いた当時は同年代のライバル中原誠の全盛期であり、十段や棋聖といったいわば「マイナータイトル」を獲得するにとどまっていた。この後にいろいろな本を書いており、東京都の教育委員会委員にも抜擢されたように元来多才な人だが、確か将棋以外の著作はこの本が初めてである。

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362 ヴィクトル・ユゴー「レ・ミゼラブル」 [Jun 27,2006]

このところマンガの話が続いたので、たまには小説を。小説というジャンルに限れば、日本で親しまれている外国文学というと東(中国)の「西遊記」と西(欧州)のこの作品が東西の横綱であるといっても過言ではないだろう。大抵の国語の教科書には”銀の燭台”の話が載っているし、ミュージカルでもやっている。この小説を全く知らないという人はあまりいないのではないだろうか。

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360 柳澤健「1976年のアントニオ猪木」 [May 15, 2007]

中学校の時、交換授業でアメリカンスクールの生徒達が来たことがあった。そのとき、自由に話していいということだったので、私が同じくらいの年の奴に聞いたのは、「ブルーノ・サンマルチノを知っているか?」だった。

そいつの答えは「知らない。聞いたこともない」だった。その頃ジャイアント馬場とアントニオ猪木のことを知らないという日本の小中学生はまずいなかったから、すごく不思議に思ったのを覚えている。(ブルーノ・サンマルチノは当時のWWWFヘビー級チャンピオン。東海岸で抜群の人気者、と言われていた)

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316 森巣博「神はダイスを遊ばない」 [Apr 19, 2005]

この作品を最初に読んだときの衝撃をどう表現すればいいのだろう。まだ学生の頃に阿佐田哲也の「麻雀放浪記」を読んで以来、ギャンブル小説でここまで感激したことはない。今でも繰り返し読んでいるのは、それだけこの作品の完成度が高いということであろう。

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