071 鷹ノ巣山・石尾根 [May 10-11, 2018]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

丹沢・蛭ヶ岳から帰って、いまひとつ「やり残した感」があった。当初は蛭ヶ岳から桧洞丸へ縦走して西丹沢に下山する計画だったにもかかわらず、前日に足を攣ってしまいペースが上がらなかったこともあり、予定変更して姫次から東海自然歩道を下りてきてしまったからである。 “071 鷹ノ巣山・石尾根 [May 10-11, 2018]” の続きを読む

070 蛭ヶ岳 [Apr 19-20, 2018]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

3月に丹沢・梅ノ木尾根を歩き、帰りのバスでは多人数シルバーハイカーに座席を占領され広沢寺温泉から立ちっぱなしという状況にもかかわらず、翌日以降全く足が痛くならなかった。そのことに大変気を良くして次は山小屋泊だと張り切ったけれども、4月に入ると大風やら夏日やら山には不向きな気候が続いた。 “070 蛭ヶ岳 [Apr 19-20, 2018]” の続きを読む

068 嵯峨山 [Feb 18, 2018]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

2018年は2月下旬に再び雪が降るという予報であった。また積もるとしばらく山歩きは無理なので、あわただしく計画を立てて房総に行くことにした。今回はそれほど長丁場にはならないので奥さんを連れて登り、帰りに「かなや」に寄る予定である(結果的にこの週は雪が降らなかった)。

朝5時半に家を出発して、市原PA経由で鋸南保田ICを出たのは7時過ぎ。気温はまだ2℃しかなく、かなり寒い。しかも風があるので体感温度はさらに低い。ICからヤマト運輸の前を通って内陸に向かう。WEBで見覚えのある小保田のバス停をいったん通り過ぎて、引き返す。

小保田バス停から入る道は、予想以上に道幅が狭い。車ですれ違うのが難しい上に、ガードレールのない場所が多いので運転には神経を使う。しかも道なりに進んだら養蜂の巣箱の置かれた場所に出てしまい、カーナビの画面を見ると一つ違う谷を遡ったようなのでまたもや引き返す。嵯峨山への道は途中で西側に分岐する道で、手作りの小さな標識が貼ってある。

WEBによると嵯峨山登山口の駐車場には仮設トイレが置いてあるのだが、2018年2月現在そういうものはなかった。駐車場というよりも駐車スペースといった方が近く、最初は退避場所かと思ったくらいである。しかし、そこから先に車は進めないのでそこに止めるしかない。朝は最初の一台だったが、帰りには3台と、農作業中の地元の方の軽トラが2台駐まっていた。

さて、車を止めて支度したものの、風が強くて思ったよりもかなり寒い。久しぶりに一緒に行った奥さんが寒くて手に感覚がないというので、当初の予定から短縮して嵯峨山への往復とした。もともとはネタ本である「房総のやまあるき」に載っている、籠田山から嵯峨山のコースを計画していたのだが、私にしても寒くて前回のように足でも痙ったら大変である。

嵯峨山への順路は、いくつかの手作り標識が駐車場の奥方向を示している。舗装道路は駐車場からさらに坂を登って行く道なのだが、ここはひとまず指示に従っておく。結果的にはこの道が山の向こう、釜の台との間を結んでいるかつての通学路だったようで、林道と呼ばれてはいても車が通れないのはちょっとびっくりである。

谷沿いの細い道は斜めっている上にすれ違い困難なほど狭く、谷にかかっている丸太橋は半ば腐ってしまっている。その奥には田圃があるし、宅地の跡らしき平地もあるので百年くらい前にきっと人が住んでいたのだろうが、いまでは水仙畑が少し残っている他は荒地となっている。そこから上は深くえぐれた登山道である。

20分くらい登ったあたりで左から尾根が合流してきた。標識等はない。その少し先に今度は標識がいくつか立った場所に出る。右手に急斜面を登るのが嵯峨山方向とあり、まっすぐ進む道には、「この先、道が荒れています。迷いやすいのでご注意ください 富津市」という注意書きが立てられている。(後から気付いたが、この先が釜の台集落なのであった)

標識にしたがって急斜面を登る。左右にトラロープが張られ、足下は乾いていて滑りやすい。2つ3つコブを越えると、大きな石碑の立ったピークに出た。南側の谷に向かった斜面には水仙が植わっているので、ここが水仙ピークなのだろう。残念ながら水仙の盛りは過ぎてしまっていた。

水仙ピークから先はアップダウンのある尾根道を進む。房総を歩いているとよくある尾根道だが、奥さんによると「足が冷え切って感覚がないから、こわかった」そうである。やがて、なだらかな緩斜面の林の中の登り坂となり、「嵯峨山頂上」の手作り看板が見えた。


駐車場を出たところから。後方、水仙ピークと嵯峨山。


釜の台への分岐を過ぎて、道はかなり急傾斜となる。トラロープが張られているので特に迷う場所はない。

石碑のある水仙ピークを越えて嵯峨山頂上。この日は風が冷たくて、長居はできませんでした。

 

せっかく嵯峨山の頂上まで来たのだけれど、風が冷たくてゆっくりできる雰囲気ではない。せっかくだからコーヒーでも飲もうとEPIガスを持ってきていたのだが、風が強いので立ち止まると寒い。ミネラルウォーターをひと口飲んで、早々に下る。

山頂から少し下ったところに「金平神社」の石碑のある祠がある。土台をコンクリで固めてあって、「上に乗らないでください」と注意書きがあるところをみると、上に乗ってお昼でも食べていた登山客がいたのだろうか。山の上にある碑や祠は、この土地に住む人達が長年大事にしてきたものなのだから、敬意を持って接したいものである。

このあたり、標高が少し下がっただけでずいぶん風がなくなった。そして、東京湾に向けて景色の開けた場所を下る。ちょうど海が見えるあたりが下り坂の途中なのでゆっくりできないのが残念だったものの、風が強くて寒いので空気も澄んでいるせいか、対岸の三浦半島が間近に見えたのはもちろん、レインボーブリッジも富士山もくっきりと見えた。

さらにスイッチバックの林の中を下って行くと、石碑の立った高台のような場所に突き当たった。いま風に石材店の作ったものではないが、墓石であった。いちばん大きいものは2mほどの高さがあり、「陸軍伍長」と彫られている。近くには寄らなかったので細かく見られなかったが、第二次大戦ではなく日露戦争のものかもしれない。

大きな墓石の周囲にいくつか古い墓石も置かれていて、お参りした形跡は残されていたけれども、最近という訳ではなさそうだった。斜面に、お参りに使っただろうバケツが転がっているのが物悲しい。私有地と思われるので、登山道から手を合わせてさらに下る。

やがて景色が開け、梅と蜜柑の木が植わっている民家の裏手に出た。梅もきれいに咲いているし蜜柑もなっていたのだけれど、車が見えなかったのでいまも人が住んでいるかどうかは分からない。ようやく登山道から舗装道路に出た。「←小保田方面」とあるので帰り道は左の方向である。

奥さんが「案内図があるよ」と言うので近づいて見てみると、それは「地滑り禁止区域」を示す千葉県の標識であった。このあたりが釜ノ台集落だと思うのだが、下りてきた民家と同様あまり人の気配がない。「山菜を取らないでください 地主」とか「立入禁止」と書かれた標識はいくつかあるのだが、よく見ると民家の入口にはロープが張ってあったりする。

道なりに集落を過ぎて行く。いくつかある家は瓦も立派で、もちろん電線も通じていて、最後に改築してから二十年も経っていないと思うのだが、どれもひと気がないのは同じである。このあたりの子供が学校に通ったのが、これから駐車場に戻る峠道という。

舗装道路から左へ、急坂を登る登山道の入口がある。どうやらここを通って戻るようだ。舗装道路を通って戻れるといいのだけれど、このまま進むと白狐川に沿って竹岡まで下ってしまうようだ。竹岡といえば鋸山を挟んで反対側なので、ICで二つ違う。

この坂がまたきついスイッチバックの登りで、これがかつての通学路というから驚きである。奥多摩の大根山ノ神の登山道も奥集落の子供達が通学路にしていたというが、毎日通っているとたいして苦にもしなくなるのだろうか。そういえば私の子供の頃でも、1時間近くかけて通ってくる同級生は結構いたから、昔なら普通のことだったのかもしれない。

この登り坂を登りきったところが水仙ピークへの登り口で、往きに通った「この先道が荒れています 富津市」の標識を逆側から来たのであった。そのまま下った頃には気温も上がってきて、駐車スペースのあたりの南斜面はたいへん暖かかった。

そのまま「漁師料理かなや」に向かい、奥さんはヅケ丼とあなご天ぷら、私はあなご天丼とお寿司をいただいて、たいへんおいしかった。大きな窓にはタンカーが行き交い、山の上と同様に対岸の三浦半島がよく見えた。ここの日帰り入浴を楽しみにしていたのだが、残念ながら「水温が低く大浴場は休止させていただきます」の貼り紙が貼られていたのだった。

往路の高速代が2000円もかかってしまったので、帰りは一般道で帰ったのでした。
 

この日の経過
下貫沢駐車場 7:50
8:35 水仙ピーク 8:35
8:50 嵯峨山 8:55
9:20 釜の台 9:20
10:30 下貫沢駐車場
[GPS測定距離 3.7km]

[Mar 26, 2018]


嵯峨山から釜の台に下る途中、東京湾への視界が広がっている場所がある。この日はすごく空が澄んでいて、三浦半島も富士山も鮮やかに見えました。(写真に写らなかったのは残念)


人家はあるがひと気のない釜の台集落を過ぎ、小保田への分岐。左の山道を行かないと駐車場へは戻れない。


峠を越え水仙ピークへの分岐を経て駐車場に戻る。梅がきれいに咲いていました。

067 元清澄山 [Jan 19, 2018]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

今年の冬はたいへんに寒く、比較的あたたかな房総とはいえ二の足を踏んでいた。1月中旬にようやく気温が上がった。翌週になるとまた寒気が下りてくるというので、1月19日の金曜日に出かけることにした。(実際に、3日後の月曜日に大雪になった) “067 元清澄山 [Jan 19, 2018]” の続きを読む

063 浅間嶺 [Oct 1, 2017]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

さて、この秋2度目の山である。お遍路の13泊14日が控えているので日帰り圏で考えたいところだが、前回の本仁田山で朝の電車乗り継ぎが難航するのには懲りた。前泊することも考えたが、それよりも最短経路で現地入りした方が安いし手間もかからないし、荷物も少なくて済む。天気がよくなりそうな週末だったけれども、休日パスは使わずに北総線と武蔵野線で西に向かう。 “063 浅間嶺 [Oct 1, 2017]” の続きを読む

062 本仁田山(撤退) [Sep 9, 2017]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

例年通り虫と蜂の多い夏の期間は山歩きはお休みで、9月の声を聞いていよいよ再開の機運が高まってきた。2017年の夏は暑い日が比較的少なくて、8月終盤から30℃を超える日があまりなくなった。加えて朝晩が涼しいので、山に行くにはなかなか良好なコンディションである。唯一気になるのは、ウィークデイが雨模様で土日が好天という天気予報である。 “062 本仁田山(撤退) [Sep 9, 2017]” の続きを読む

053 天城山 [May 5, 2016]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

この春は修善寺に拠点が移ったこともあって、伊豆の山を歩いている。せっかくの機会だし、来年にはここにはいないだろうからである。

ということになると、せっかくだから百名山となってしまうのは、根がミーハーだからやむを得ないところである。残念なことにギリヤーク師匠の関西公演がキャンセルになってしまったので、5月3~5日のスケジュールがぽっかり空いた。3日4日はぐずつきそうだが、5日は晴れる予報である。行ってみることにした。 “053 天城山 [May 5, 2016]” の続きを読む

052 城山・葛城山・発端丈山 [Apr 16, 2016]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

三島から修善寺まで走っている伊豆箱根鉄道駿豆(すんず)線。車窓の右側、西の方向には、大場(だいば)あたりまで沼津アルプスを望むことができる。そして、韮山から伊豆長岡に近づくと、頂上までロープウェイが通る険しい山が見えてくる。葛城山である。次に峰続きに岩壁が垂直に立ち上がっている山が出て来る。城山である。

この2つの山と、さらに西に続く発端丈(ほったんじょう)山を加えた3座は、伊豆三山と呼ばれる。前回の沼津アルプスはあまりの傾斜と路面状況の悪さに途中でエスケープを余儀なくされたが、ここはいかがなものだろうか。いま住んでいる借上げ社宅から歩いて行けるところなので、まだ暑くならない4月の内に行ってみることにした。 “052 城山・葛城山・発端丈山 [Apr 16, 2016]” の続きを読む

051 沼津アルプス [Mar 29, 2016]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

例年は千葉の山に3つ4つ登るのだけれど、今年は転勤のごたごたがあって、2月の鹿野山の後は難しくなってしまった。そうこうしているうちに引越しの時期になった。たまたま立ち寄った沼津港から見た沼津アルプスの山並みが大変魅力的で、せっかく何回も往復するのだから、時間を作って登ってみることにした。 “051 沼津アルプス [Mar 29, 2016]” の続きを読む