515 川上村・白木屋旅館 [Jul 8, 2015]

行ってみるまでは、川上村ってどんな田舎だろうと思っていた。何しろ、JRで行くと小淵沢まであずさに乗るのはいいとして、2時間に1本の小海線に乗り換えて30分。信濃川上から村営バスに乗ってさらに30分である。とても日帰り圏とはいえない。

ところが、JR最高地点の野辺山駅で折れて県道に入るあたり、ちょうど電車の時間にあたるらしく大勢の高校生が駅に向かっている。川上村に入ると、今度はランドセルを背負った小学生の集団と何度もすれ違う。予想していたような、過疎の村ではないようなのだ。

これだけ若い人達がいるということは、何か産業があるのだろうかと思っていたら、その疑問は走っているうちに解消されることとなった。道の両側に、広大な野菜畑が広がっているのである。ところどころに「高原野菜の川上村」という巨大な看板も建てられている。そう、ここ川上村は高原野菜の栽培が非常に盛んなのである。

壮大な野菜畑は、甲武信ヶ岳の登山口である毛木平(もうきだいら)駐車場の直前まで続く。トラクターなどの農業機械も、道端に数多く駐められている。そして、子供が多いことにも驚かされたが、新築の家が目立つのである。もちろん、戦前から残っているような古びた建物もあるのだが、それ以上にここ数年で建てられたと思しき新築家屋が目立つ。

新築家屋と小さな子供が多いということは、この村には若い夫婦が多いということである。最寄りの高速ICから1時間、JR駅から30分奥、近くにはセブンイレブンもローソンもファミマもミニストップもなく、自動販売機すらローカルブランドが数台しか見当たらないにもかかわらず、若い人達が生活の場としているというのは、すばらしいことである。

川上村の中でも奥まった所、登山口に近い集落である梓山にある白木屋旅館も、 その意味ではちょっとびっくりした宿である。明治時代創業で、百名山の深田久弥も泊まった宿であり、昭和時代の山行記にもよく出てくる旅館なので、年代物の黒く磨きこまれた廊下があったりするのかなあと想像していたのだが、全くそういうことはなかった。

建物自体、ここ数年で建て替えたらしく非常に新しい。食堂、浴室、洗面・トイレが共同というあたりは旅館というよりも民宿という雰囲気だが、すべての施設が新しくてきれいである。昭和時代から使われているものといえば、おそらく食堂にかかっていた暖簾くらいしかないのではないだろうか。

客室は階段を上がって2階にある。私が泊まったのは上がってすぐの「白樺」で、6畳間。畳が新しいので、山から下りてきた姿で入るのにちょっと戸惑ってしまう。窓からは千曲川をはさんで反対側にお椀を伏せたような山が見える。奥秩父を越えて信州に来たという感じである。

浴室は5、6人は入れそうな広さでタイル張り、やはり新しい。側面から小さな泡のようなものが出ているのは、なんとか石とかいう人工温泉だろう。もちろん、ボディソープとシャンプーは備え付けである。洗面所は1人ずつの個別で、トイレにはウォシュレットが付いている。山の中に来ているという気がしない。布団も改築に合わせて新調したらしく、新しい。かけ布団は羽毛だった。

そして、受付をしてくれたご主人、早朝から朝ごはんを作ってくれた大女将の老夫婦と若夫婦が家族経営で営む宿なのである。奥からは、遊具で遊んでいるらしく小さな孫の声も聞こえる。川上村全体と同様に、これから若い人達が生活の基盤とするべく、新たな設備投資をしたということなのである。

わが家の近くの、かつて稲作や畑作で生活してきた農家をみると、新築している家の多くは行政や不動産会社に土地を売って、莫大な金額を手にした家が多い。だから家は新築しても、その代わりに畑が区画整理されて住宅地になったり、かつて森や林であった場所の木々が切り倒され、ブルドーザーが入っていたりする。つまり、農地としてはもう利用できないのである。

ところが川上村の姿をみると、いままでの生活を保ちながら新たな世代に引き継がれていて、すばらしいことだと思った。本当は、家とか家族はこうやって引き継がれていくべきで、みんながみんな都会に出てカネ儲けしなくてもいいのだと思う。明治創業の古い歴史を持つ白木屋旅館も、次世代に向けて面目を一新した。何よりのことである。

[Jul 8, 2013]


建て替えたばかりの白木屋旅館エントランス。古旅館という感じは全くなく、イメージと違って新しい。


食堂、浴室、洗面所は共用だが、どれもみんな新しい。明治時代創業、深田久弥の泊まった宿というイメージでいると、かなりのギャップがある。