617 五島プラネタリウム [Jul 17, 2013]

とにかく暑い。奥さんは家にひとりでいるとエアコンが無駄なので、昼間はショッピングセンターに行くそうだ。そんな話をしていたら、不意に、五島プラネタリウムのことを思い出した。五島プラネタリウムは、渋谷駅の東急文化会館の最上階にあった老舗のプラネタリウムである。

いまと違ってコンピュータ制御ではなく、すべて機械仕掛けのプラネタリウムであった。以前から名前は知っていたのだが、学校の帰り道になければわざわざ行くこともなかったかもしれない。昭和51年だから1976年。もう37年も前のことになる。

1日に、5、6回、それぞれ1時間のプログラムであった。早い時間のプログラムはどちらかというと説明が多く、小中学生向けの教育的な番組。そして夕方からの最後の回は、説明は最初の30分だけで残りは音楽を流しながらただ星空を映していた。

いま思うと、デートスポットとして映画代わりに使ってもらおうという意図があったようでもあるが、そういう客層はあまり見かけなかった。どちらかというと、(当時はそんな言葉はなかったが)天文オタク的な人が多かったように記憶している。特にこの音楽だけの回を楽しみに来ている人が多く、開場前に並ぶこともあった。

実際の星空に線が引かれている訳ではないのだけれど、例の星座の名前のもとになっているギリシア神話の神々の絵が映されるのをみると、なるほど大熊だ、白鳥だ、さそりだと納得できて楽しかった。また、実際には見ることのできない南半球の星座を映してくれるのも興味深かった。流星群の時期にはわざわざ流れ星を映したりもしていた。

そして何といっても、ここには冷房が入っているのである。現在では想像することが難しいが、当時は国鉄(!)も私鉄も地下鉄も、冷房が入っている電車の方が少なかったのである。もちろん学校も同様である。冷房が効いている場所で過ごすというのは大変うれしくぜいたくなことであったし、プラネタリウムは映画館の半分くらいの値段だった。

2年ほど定期的に通った後しばらく間が空いて、再びここに足を運んだのは就職してすぐの頃である。新入社員は2、3ヵ月残業なしという決まりであったので、会社の中で新人だけが早く帰らされた。その職場で男の新入社員は私ひとりだったので特に予定もなく、ふと思い立って再びプラネタリウムに行ってみたのである。

同じように夕方のプログラムは、半分は音楽と星空だった。サラリーマン生活は決して楽しいものではなかったので、星を見ていると心が軽くなるような気がした。プログラムが終わると、丸くなっている外周通路に掲示されたカニ星雲だのアンドロメダ銀河だのの写真を見ながら、自分が最後の客になるまで過ごしたのであった。

3ヵ月経って残業フリーパスになると、とてもじゃないがプラネタリウムに行っている時間はなくなってしまった。その後しばらくして、渋谷再開発があって大きなビルに建て直されることになり、五島プラネタリウムもなくなってしまった。

もともとこのプラネタリウムは、「強盗」慶太の異名で知られる東急創業者の五島慶太氏が、東急のターミナル駅である渋谷に集客力のある施設をということで作られたらしい。その意図はともかくとして、実際に運営していた人達は本当に天文学や宇宙、星が大好きだったのだろう。何度も行っていて、それだけは間違いなかったと思う。

[Jul 17, 2013]