710 荒船山に登ったときの話 [May 30, 2007]

子供が小学生の頃の一時期、山登りに凝ったことがある。登山というほど本格的ではないが、ハイキングというほど手軽でもないその中間ぐらいのもので、高さ的には800から1500メートル位、もちろん山頂にみやげ屋などない(山小屋はある)そこそこまともな山々である。今日はその中で荒船山に登ったときの話である。

荒船山は位置的には軽井沢の南、JR軽井沢駅から72ゴルフの方向に10kmほど行ったところにある上州の有名な山である。なぜ有名かというと、山頂にあたる部分が約1kmほどにわたってほとんど平らになっており、下から戦艦とか空母のように見えるからである。上州のもう一つ有名な山である妙義山がまるでのこぎりのように鋭くぎざぎざな山並みが続くのとは対照的であり、当然のことながら荒船山は初級者・家族向け、妙義山は中・上級者向けということになっている。

昔の人も荒船山を船のようだと思ったらしく、1423メートルの頂上を船の舳先(へさき)とみて、そこから続く平らな部分が終わるところ(そこは当然切り立った崖になっている)を船尾にたとえて艫(とも)岩と呼んだ。そして登る側からすると山頂が平らというのは結構ありがたいもので、途中の山道が苦しいのさえがまんすれば、あとはかなり楽な行程となるのであった。

さて、その日は前日降っていた雨は止んだものの、雲が多くあまりいい天気ではなかった。上信越自動車道を下仁田で下り、こんにゃく街道(国道254号)をいったん長野県側へ抜け、引き返して荒船不動尊付近のダムの駐車場に車を止めた。10分ほど歩いて荒船不動尊、そこから谷沿いに星尾峠まで、そこから今度は尾根道を登る、荒船山の入門コースともいうべき最も安全で間違いのないコースである。

信心深いうちの家族は、山に登る前に当然お参りをしたのであるが、その時からその犬はいた。つながれてはいないけれど、吠えたり噛みつこうとしたりしないで、お利口そうな犬である。ここ(不動尊)の飼い犬なのだろうかと思っていたら、山に登るうちの家族についてくる。その時間うち以外に登っていたのは2、3組。小学生連れなので、うちが最後尾なのだが、その犬はわれわれの10メートルくらい前に進んで、じっとこちらを見ているのである。

前日の雨で道が川のようになっており登りにくいことは確かだったのだが、そんなに危ないというほどではない。それでもその犬は、ずっとうちの家族の前を先導するように歩いているのだった。さすがに犬だからどんどん登っていく。そして距離が開きすぎると、じっとこちらを見ながら待っている。そして距離が縮まると、また登り始めるのである。

きっと不動尊の犬だろうから、散歩コースまで登ってくるんだろうと最初は思っていたのだが、小一時間かかって星尾峠でひとやすみした後も同じようについてきて、結局山の上まで来てしまった。そしてここまで来れば安心と思ったのか、そこまでずっと近くにいたはずなのにすっとどこかに行ってしまったのである。

あれは単なる犬の散歩だったのだろうか、それとも危ない山道を心配してついてきたのだろうか、今考えても不思議である。ちなみにその日、山の上はかなり寒くて、持ってきた昼ご飯を休憩所でふるえながら食べたのを覚えている。それ以来、山に行くときには必ず山用のカセットコンロとインスタントラーメンを持つようにしたのであった。


荒船山に登ったときのスケッチ。犬の絵と「トモ岩はとっても寒くて」に注目。

[May 30, 2007]