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814 民宿の話(大間) [Sep 17, 2011]

今週末は旭川に来ている。3連休だというのに仕事である。

久しぶりの旭川はずいぶんと景色が変わっている。一番変わったのは、JRが高架になって駅も昔の線路沿いも再開発されていたことである。最初は新幹線が通ったのかと思ったが、それはまだかなり先のことである。広い北海道で鉄道を高架にする意味は新幹線以外には考えづらいが、まあいろいろと事情があるのだろう。

こちらへ来て思い出したのだが、旭川でもずいぶんな民宿に泊まった覚えがある。あるのだが、どうひどかったかの記憶がないのである。帰ってから写真とかいろいろ探せば思い出すだろうが、現時点ではどうしようもない。だから今回書くのは、別の民宿の話である。

今から20年くらい前のことになる。東京から車で、下北半島の恐山を経由して北海道に渡る計画だった。ところが恐山へのルートが、行きはむつから北上し、帰りは大間へ抜けるという行き帰り違うルートをとったためか、道に迷ってしまったのである。

正確に言うと、山から下りるのだから迷いようがないのだが、明らかに正規のルートではない細い道で、すれ違うことも引き返すことも困難な道幅なものだから、その道を下まで突っ切るしかない状況となってしまったのであった。霊場・恐山に観光気分で来た祟りだったのかもしれない。

正規の道でないものだから途中から舗装もなくなり、カーブも多いため時間がかかる。大間近くまで下りてくると、乗るはずだったフェリーがすでに出航し、津軽海峡を進んでいくのが見えた。

この時予定していたフェリーは大間から室蘭に向かう便で、現在では廃止されている。1日2往復で、午後2時のこの時間を逃すと、次は12時間後の午前2時となる。この日宿泊を予定していた室蘭はキャンセルせざるを得ないが、次の宿泊地まで行くためには、この夜中便を使うしかないのであった。

その後大間はまぐろ漁で有名になったが、当時はフェリーがある他は何もない町であった。下北半島の先端で北海道までフェリーで2時間弱とはいえ、逆に言えば青森県中心部からはきわめて遠い。12時間どうやって過ごすかを考えたが、子供も小さく待合室で長時間過ごすのは難しいので、フェリーの時間まで民宿に泊まることにしたのである。

駅の広告にあった民宿に電話すると、いいですよとの回答。行ってみると、予想通り普通の民家だった。これまた8畳くらいの普通の座敷に通され、何はともあれひと息ついた。民宿の水準というべきか、廊下も食堂も風呂・トイレもこちらの家族と共用で、することといえばテレビを見るくらいしかない。

そしてこの時の夕飯が絶妙だった。基本的に、食材すべてがイカだったのである。イカの刺身(イカソーメンではない)や塩辛、イカフライ、イカゲソの煮物などなど、まあ津軽海峡らしいといえばらしいし、急にお願いしたので仕方がないのだが、余ったイカで作られてしまったかなと思ったものだった。

午前1時起きなので8時頃には布団を敷いて寝たが、さすがにほとんど眠れなかった。夜便にはきちんと間に合い、室蘭まで約5時間ほど。そのまま高速に乗って旭川まで飛ばし、駅前のターミナルホテルでバイキングの朝食を取った。(ここで旭川につながるのである)

その当時はずいぶんときれいなホテルだったと記憶しているのだが、今回来て見るとちょっと古ぼけてしまっていて、隣接しているショッピングセンターも百均が入っていたりテナント募集中だったりしたのはやはり二十年の時の流れと言うべきだろうか。

[Sep 17, 2011]

旭川東横インの窓から。中央やや左が現在の旭川駅とJRの高架。高架下の雑草の見えるところが昔の線路だったあたり。