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海外紀行・カシノ

116 06年マカオ夏の陣 [Jul 21, 2006]

2006年7月16日朝10時、マカオは金龍娯楽場に5人の男たちが集まった。ちくわさん、BJさん、tagamanさん、まるさんと私TAIPAである。前夜に韓国料理「東大門」で盛り上がったメンバーから、そのまま朝まで三途の川で過ごしたあけみんとルーさんご夫妻がまだお休み中であるが、このメンバーは休養十分での「朝ドラ」(朝のゴールデンドラゴン)登場である。

ゲームは富貴三公、親が持ち回りの三公バカラである。三公バカラ自体マカオ以外で見ることがほとんどないゲームであるが、ましてやその発展形(原形かも?)である富貴三公を試すことができるのは、マカオでも限られた娯楽場のみである。

ゲーム自体は三公と同じだから、3枚配られたカードの下1桁で勝負する。数が同じ場合は公(ピクチャー)の枚数で強弱が決まる。そして公・公・9(最強の9)より強いのが三公である。なぜか普通のバカラではたびたび見かける三公が、このゲームではほとんど来ないのが不思議である。また、富貴三公のみのルールとして、数字、公の枚数で決まらない場合にはハイカードで決めるし、全くのセイムハンドの場合は親の勝ちと、タイが起こらないようにしている。(このあたり、この日やりながら覚えました)

しばらくは親がハウスでやっていたのだが、最後に現れたtagaman、ぼそっと「親やってみようかな」とひと言。まあ親を引くとは言っても、残りの4人とあとは地元民2組で、それもあまりビッグベットする人たちではない。だから、ポットで1500前後と非常にほのぼのとした、真剣勝負のバカラよりもかなり小さい勝負であったが、それでも親は親。

tagamanも心なしか緊張して賽を振る。まあポット1500と言ってもスクープなどめったに起こらないから、何人かに勝って何人かに負けて、まあ数百ずつのプラスマイナス、そこからコミッション5%が引かれるので、若干tagaman沈みという場面である。

まだ若いチャイニーズで、手には1000ドルチップの束。そして我々の卓を覗き込むと、やおらちくわさんとまるさんの間に入って、チップの束を枠に置いた。まわりはみんな100ドルチップ1枚とかせいぜい3枚なのに、ひとりグレーチップを5枚。5000点である。tagamanは親で10000点置いていたからそれよりは小さいのだが、他とのバランスが全く取れていない。どうする?とみんなでtagamanをみると、なんでもなさそうに「受けるよ」

さあ、いきなりマジの勝負になった。ちくわさんが「俺とまるさんで挟んでつぶすからここだけには勝とう」と盛り上げる。tagaman賽を振る。各自に3枚ずつのカードが配られる。親のカードは最後に開くのでまず子から。みんな自分のカードもそこそこにチャイニーズの手を覗き込む。

三公の場合、普通は3枚のカードを揃えて手に取り、ゆっくりとずらしながら下のカードを開いていく。彼のカードは、ちくわさんによると最初の2枚が8と9だったそうである。そして、最後の1枚をゆっくりと開いていく。そして「チッ」という舌打ちが聞こえたそうである。最後のカードは3。公なしの0だから、まず勝ち目のない組み合わせであった。

もちろんtagamanは公入りの8か何かを起こして完勝である。その後ベット額を落として勝ち負けあった後に、もう一度4000だかのベット。これもtagaman難なく押さえて、チャイニーズの彼は席を立った。わずか10分足らずの間に、tagaman大幅プラスである。

その後しばらくして、親はちくわさん・まるさん連合軍、BJさんとそれぞれ回り持ちしたのだが、私だけは親を引かなかった。なぜかというと、仲間内なのでミニマムの100ずつしか置いていないにもかかわらず、1500点沈んでいたのである。とにかく、0とか1とかせいぜい3までしか出ない。たまに8を引くと親が9である。子でミニマムだからこれくらいの沈みで済んだけれども、親なんか引いた日には再起不能なまでにやられていたに違いない。

澳門漁人碼頭(マカオ・フィッシャーマンズ・ワーフ)。長らく工事が続いていたが、ようやく完成。この大唐城の中はショッピングセンターになるらしい。

今回の旅行はANAのマイレージ特典で行ったのだが、3連休ということもあってキャンセル待ちが結局取れず、行きは香港までビジネス、帰りは広州からエコノミーという行程となった。広州国際空港を使うのは初めてである。

事前にさまさんことさまよい人さんに丁寧に教えていただいていたので行き方は分かっていたのだが、なんといっても中国本土、英語が通じることは考えにくい。また公用語は北京語だから発音だって広東語と微妙に違う。困った時は筆談しかないと思って、朝7時半にホテルを出て拱北(ゴンベイ)関門へ。ひとりで中澳国境を渡るのは初めてである。

普通に出国ゲートを出て、普通に入国管理を通過して珠海へあっけなく到着。時刻はまだ8時すぎである。これから広州空港への直行バスが出る関(もんがまえなし)口信禾站とやらを探さなくてはならない。バス乗り場は地下にもあるのだが、さまさんから空港行き直行は地上でバスがいっぱい止まっているところという情報をいただいている。右手にそれらしきバス群は見えるのだが、どうやって行ったらいいのか分からない。結局広場を突っ切ってしまった。

交通整理をしていた公安(警察)のひとが携帯を見たり暇そうにしていたので筆談で場所を聞くと、やはりあのバス群の方向を指差している。どうもいったんイミグレ方向に戻って行くらしい。せっかく来たけれど元に戻って、今度はイミグレの建物沿いに進むと、あったあった。「信禾站」と大きな表示が見えてきた。「関(もんがまえなし)口」の関は「関門」の関、つまりイミグレの出入り口ということだから、まさにそのとおりの場所にあったわけである。

ちょうど8時半だったがそれらしいバスは見当たらない。次のバスは時刻表によれば9時半のはずである。窓口が空くまで待って、売り場の小姐に「白云机場(場は略字)」と書いた紙を出すと、さほど不審な顔もせずに何かしゃべったからたぶん金額を言ったのだろうと思って毛沢東の百元札を出すと、15元のおつりと、コンピュータで印刷した切符をくれた。中国といってあなどることはできない。すでにバスの料金すらコンピュータ管理なのであった。

小姐に指差された方向に行くと待合スペースがあった。ひっきりなしに物売りが来てわずらわしい。しかも暑い。バス乗車時間は9:00と書いてある。あと20分ほどある。しかし5分ほど待つと、おばさんが私を見てバスが来たから乗れ、と身振りで教えてくれる。確かにバスを見ると確かに「白云机場(場は略字)」と書いてある。まだ早いのにと思ったがみんなどんどん乗り込んでいく。おばさんに促されて私もバスに乗り込むと、そのおばさんも付いてくる。

空いている席を指差して、ここに座れという。切符には座席番号12と書いてあるのだが、そんなの関係ないらしい、というか座席番号が付いていなかった。やけに親切なおばさんだなと思ったら、手元に何冊か持った本を出してきて、どれか買えという。

たいした本はなかったが、値段が10元だというので、チップのつもりでさっきのおつりを渡し適当な本を買った。まったく親切な振りをして物売りかい、と思ったのだが、実はこのおばさんがいなければちょっと危ないことになったかもしれない。

信禾バスターミナル。真ん中のバスが広州国際空港(白云机場)行き。外見はデラックスだが、中は大したことはない。

というのは、バス乗車時間の9:00になるとバスは走り出し、あれれと思っているうちにターミナルを出て市内を走り出してしまったからである。9:30出発だと思ってのんびりしていたら、乗り遅れてしまうところだった。

しかし、時刻表では8:30の次は9:30である。臨時増発だったのか(バスには30人くらいは乗っていたが)、8:30のバスが遅れていたのか、それともフリーダムエアのように客が集まったら出るのかはよく分からない。とにかく、おばさんの言うことを聞いていてよかったと思った。

バスは4、50分かかって珠海市内の香洲、唐家の二つのターミナルに寄ったあと、高速道路に入った。高速道路は片側3車線。表示看板とか料金所の作り方は日本の高速とよく似ているのだが、目的地までのキロ数表示とかが全く見当たらない。日本だと道路際に少なくとも1kmごとにあるキロポストもない。そして見過ごしていたのかどうか、サービスエリアらしき表示もない(ガソリンスタンドの表示はあった)。さすが中国である。

しかし周囲の風景はというと、建物が見えなくなるということはほとんどない。工場なのか倉庫なのか低くて大きい建物がずっと続き、ときどきバナナか何かのような低木の果樹園風の地域、さらにゴルフ場らしきところもある。

予想していた北海道のような風景ではなく、東関東道か東北道のようなあまり違和感のない車窓風景が延々と続いた。少しうとうとするのだが、バスの運転手がやたらとクラクションを鳴らすのでおちおち寝てもいられなかった。

広州まで1時間強。かなり飛ばしたから100km以上はあると思う。広州市内は30階建て以上のマンションが立ち並び、まるで香港のような景観である。市内を抜けて山の中をしばらく進むと、前方にこれも香港国際空港とそっくりな建物が見えてくる。広州国際空港である。出発してから到着まで2時間20分。バスにはトイレなど付いていないし、休憩時間もないのでその点ちょっと不安であったが、ともかく広州までたどり着いた。

中国本土の空港ということで治安はどうなのかちょっと気になっていたのだが、空港ビルに入ってみて安心した。外からみると香港そっくりだが、中は香港よりきれいである。エスカレーターを下りてショッピングセンターに行くと、あまり食指を動かすものが置いてなかったのと、結構クローズドの店があったのは今ひとつ。それでも、冷房の効いた広々としたビルの中で、時間までゆっくり過ごすことができたのは何よりであった。

広州国際空港、別名白雲空港の出発ロビー。広々として天井も高い。

さて、肝心かなめのカシノの結果であるが、こんな具合である。

14日 カーサリアル 3000点バイイン →マイナス
    ファラオパレス 6000点バイイン →バスト
15日 カーサリアル 3000点バイイン →マイナス
    リスボア 2000点バイイン →マイナス
    サンズ 3000点バイイン →マイナス
16日 ゴールデンドラゴン 1000点バイイン →マイナス
    リオ 5000点バイイン →バスト
    カーサリアル 2000点バイイン →マイナス
    サンズ 2000点バイイン →マイナス

9戦9敗 合計20000点マイナス

初日のファラオパレスでの三公バカラで、ほぼ300ずつフラットベットで6000点のマイナスとなった時点で、気が付くべきだった。「ここまで逆に来るのだから、そろそろ大丈夫のはず」とずぶずぶと傷を広げてしまったのは見極めが悪かった。tagamanさんやBJさんと飲みに行くべきだったと深く反省しているところである。

この間、ちくわさんの破竹の連勝を2度、間近でみることができた。1回は16日朝の金龍、はじめに述べた富貴三公の終盤で、手元に100点チップさえなくなったちくわさんが50点2枚(ミニマムが100なので)から反撃を開始。6連勝して4000点に増やしたのである。その中には「3・3・3」という三公以外ではあまりみられない決まり手での勝ちもあり、とにかく開ければ8か9というすごい状態だった。

さらにその夜のサンズのBJ卓。そろそろご飯に行こうよという局面で、ちくわさん1500点か2000点×2ボックスを失う。一緒に打っていたtagamanさんは勝っていたのでここで終了を宣言、みんなでちくわさんに「ご飯にしようよ~」というのだがちくわさんあきらめきれずに「あと1回だけ!!」と1ボックスに減らして黒い100点チップを何枚か置く。

ここから、奇跡の大反撃が始まった。普通こういう場面で勝つことはあまり考えられないのだが、そこから負けなしの7連勝。最後はなぜか1300点ずつ賭けて、結局5分間かからずに7000点近いプラスである。この他にも、あけみんさんが10いくつかのツラを取ったということだし、みなさんそれぞれいいところがあって、全体として勝利、個人的には大敗という結果に終った。自分が負けてしまっては結局どうにもならないが。

今回の宿は初めてのカーサリアル(皇家金堡)。中は金龍とよく似ていて、セーフティボックスや冷蔵庫、無料のミネラルウォーターが置かれていて、しかも金龍より広い。だからかなり居心地はいいのだが、残念ながら地上に近い(今回の部屋は5階。全体でも10階ほど)ので、車の音がかなり響く。あの場所は市街地からフェリーターミナルに行く車の通り道なのと、通勤バイクが多いのとで、朝から晩まで車通りが多くて、その点は金龍の高層階の方が静かであることは確かである。

[Jul 21, 2006]