120 07年秋のマカオ [Sep 25, 2007]

話は1週間前にさかのぼる。ひょんなことから、テニアンへのエベレスト組あけみん様ご一行を成田空港までお送りすることになり、第1ターミナルをみたとたん何かが切れた。6月のラスベガス以来しばらくカシノ旅行に行っていなかったが、そろそろ「心」に我慢がきかなかったようである。

日程調整上、行けるとすれば16日の日曜日しかない。1週間前だから、エアは特典ということになる。調べてみると、行きの香港便は満席で広州行きもビジネスだけ、帰りの香港便は午前中のエコノミーだけ空席がある。さっそく押さえて、やはり今週マカオ入りを計画されていたさまよい人さんに連絡する。行きでの広州は初めてだが、まあなんとかなるだろう。

そして、あっという間に1週間が経ち出発。ただ、前日まで用事があって忙しかったのと、たまっていたNFLとか借りていたDVDとかを見ていたので完全に寝不足である。台風を避けるため上海上空から内陸部を通る珍しいコースで1時間弱のディレイとなったが、幸いにビジネスだったのでストレスはほとんど感じなかった。

入管、税関を真っ先に通過して7番ゲート前のバス券売り場へ。珠海拱北まで80元(約1200円)だから、香港からフェリーで行くより大分安い。でも、2:38分発券なのに指定されたのは2:40のバス。走ってなんとか間に合った。2時間以上かかるのでトイレくらい行っておきたかったのだが。

高速バスなので珠海までノンストップである。30分ほどで広州市内のインターに入り珠海方面への高速に乗り換え、あとは延々と走る。ここの往復はバス便が主流らしく、反対車線を見ていても高速バスが目立つ。そして結構すいているにもかかわらず、やたらとクラクションを鳴らして走るのがこちらの流儀である。

バスに乗っている間に、さまよい人さんから連絡が入る。いま香港だそうで、拱北で待ち合わせることになる。私の方が少し早く着くはずだったのだが、最近の珠海市内は経済成長のせいか車が多く、渋滞で結局終点まで3時間かかってしまい、ほとんど待たずに香港から船便でさまさんも到着した。

「こちらは混んでいるんで、抜け道を行きましょう」とさすがにマカオ通のさまさん。タクシーで横琴関門へ。この関門は渡し船のある湾仔口岸よりさらに南にあり、ちょうど最近オープンしたベネチアン(威尼斯人)ホテル&カシノのあるコタイ地区につながっているのである。

出入国で大混雑の拱北と打って変わってこちらの関門はほとんど無人。中国出国してバスで橋を渡り、ここで改めてマカオの入国手続きをする。関門を出ると真っ暗でタクシーも止まっていない寂しい関門であったが、かえって金都やベネチアンのネオンサインがきらびやかに見える。ここから路線バスに乗って市内へ向かった。

 


ほとんどひと気のない横琴関門。

 

夕食はいつものようにセナド広場にある「良辰」、日本人シェフの曽根原さんのフランス料理店である。お薦めのスズキのポアレでソーヴィニオン・ブランの白ワインをいただきながら、シェフから最新のマカオ情報をお伺いする。お店が忙しい中わざわざ席まで来ていただいたのはうれしかった。

そしてタクシーでお目当てのベネチアンマカオへ。しかし前日からの寝不足に、半日以上の飛行機とバスの疲れ、それにワインが効いてしまって、たたでさえ夜戦は得意ではないのに10時過ぎにもかかわらずすでに眠い。あまり長丁場は戦えそうにない。

タイパ島とコロアネ島を結ぶ幹線道路であるタイパ・コロアネ・コーズウェイは、昔は何もない埋立地を走る道路だった。それが今では、道の両側に工事中のカシノ&ホテルが続き、おそらく4、5年後にはLVのストリップのような景観になっているものと思われる。ただし、いま現在では工事中の金物の塀で視界が遮られてしまっている。おそらくその中では工事用車両が忙しく動いているのであろう。

初めて訪問したベネチアン・マカオは、この夏オープンしたばかりである。すでに外観はかなり前からでき上がっていて、LVのベネチアンホテルとそっくりである。そういえば飛行機で「オーシャンズ13」をやっていて、ご存知のようにラスベガスが舞台なのだが、「マカオに今度作るカシノの支配人にすると言ったら喜んで乗ってきた」なんて台詞もあった。まさにワールドワイドなカシノタウンに成長した訳である。

エントランスを入ると、下の写真にあるようにきらびやかな内装のロビーである。ウィン(永利)ができたときもここはマカオじゃないみたいだと思ったのだが、おそらくそれ以上である。そしてさまよい人さんから聞いていたように、廊下を進んでいくとセキュリティチェックがなくそのままカシノになる。ラスベガスでは当たり前だが、マカオではここが初めてで、以前、新世紀で預け荷物をひっかき回されて、これは預かれないだの何だの言われたことを思い出すと、今昔の感がある。

さて、まるでラスベガスのようにカシノに入ったのだがここはマカオ、周りに並んでいるのは8割方がバカラである。ベネチアンというと敷居が高いように思っていたら、100HK$ミニマムからあって、もちろん絞れる。200HK$テーブルに座って、いよいよ勝負開始。すべての台にディスプレイが付いていて、罫線は中国罫線からチュチャイまですべて表示されるようになっている。この頃にはすでに眠くなっていて、自分で罫線は付けずにディスプレイ頼みである。

まだシューの序盤、「最近はあまりビッグベットしないんですよ」とおっしゃるさまさんであるが、例によって対子と和を幸先よくゲットしている。そして、最初の勝負どころとなった。「ここは落しましょう」と気合を入れたさまさんがいきなり庄(バンカー)の6ツラである。楽しい晩になりそうだ。

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きらびやかなベネチアンマカオのエントランス。

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その後一進一退の状況となるが、さまさんの起こしたツラで貯金がありプラス圏での行ったり来たりだからあまり苦にならない。しかしすでに時間は12時近く、正直なところかなり眠い。

中国罫線で小路(シュウロ、1回前の同じ側との対比でみる)の青ヅラが続いていた。みんなバンカーに張っているのだが、青ヅラならプレイヤーではなかろうか。で、チップを置こうとしたら「ノー・モア・ベット」の後で入れてもらえない。開いてみると全員一致のとおりバンカー、そしてディスプレイの小路は青。「青だとバンカーですよ」とさまさんにも言われてしまう。なんと、眠気と酔いで罫線が読めなくなっていたのである。

さすがにこれはまずい。せっかくのディスプレイが何の役にも立たないではないか、ということで、ここからはプラス維持のためミニマムを時々張るだけに方針転換。すると、なぜかよく当たるのである。基本はさまさんが絞り合いに敗れると次の手で仇討ちに行くのだが、ほとんど罫線など見ていないにもかかわらず私が絞るとなぜか6より上。しかも相手が1とか2で勝ってしまうのである。

結局この晩、絞った時はほとんど負けなしで1シューを終える。テーブルを変えてもう少し遊び、さまさんがプラマイゼロに戻したあたりで午前2時近くになり、「そろそろ宿に戻りますか」ということになった。実はこの時すでに限界で、タクシーでホテルに戻った10分後にはベッドで爆酔していた。もう少し意識レベルが高ければもっとプラスを積み重ねられていたはずなのに、2000HK$ちょっとのプラスにとどまってしまったのは今考えるとかなり悔しい。

翌朝一番で置き、さまさんを見送ってからカシノへ。噂のポーカーマシン(スターワールド)は行って30分もたたずに全員引き上げてしまいブラインドとコールの分だけマイナスしたが、ファラオパレスの三公とブラックジャックで2000HK$プラス、さらにサンズに転戦してブラックジャックで2000HK$プラスと、地道にプラスを積み重ねる。その後のカーサリアルではやや沈んだものの、結局ホテル代とお土産代は確保して帰ることができた。

案の定というか、一晩眠った後のバカラは全くダメで、プレイヤーに賭けると「リャンピン+サンピン」ばかり。バンカーに賭けるとディーラーが先に勝手にプレイヤーを起こして(ルール上はいいのだが・・・)ナチュラル9とかで気合も入れられない。だからブラックジャック中心にしたのだが、ダブルダウンをほとんど取るという離れ業で今回はなんとなく調子が良かったかもしれない。

春の厄払い以降、そんなにドツボに嵌っていないのは何よりである。カシノの中でも外でもさまさんのおかげで、秋のマカオを楽しむことができたのは何よりでありました。


ライトアップされたセナド広場。

[Sep 25, 2007]