170 橘玲「読まなくてもいい本の読書案内」 [Mar 27, 2019]

橘玲(たちばな・あきら)は私と同年代で、元宝島の編集者。この人の本はかなり読んでいるので、ブログの書評にも書いたと思っていたら、いままで採り上げたことがなかった。

タイトルはたいへん過激で何を言うのかと思っていたら、内容はごくまともな読書案内。この人の本にはこういう過激なタイトルが多いが、編集者としての経験から、とにかく手に取ってもらえなければ始まらないという考えであろう。

主旨としては、「時間は有限であり、巷にあふれている本をすべて読む時間はない。ここ数年でパラダイムシフトの起こった分野は多いのだから、古いパラダイムで書かれた本は読まなくてもいいのではないですか」ということで、ご説ごもっともである。

先だって文部省が、「大学教育で人文系を教える必要はない。もっと実用的な、社会に出て役立つ教育をするよう努力せよ」みたいな通達を出して、企業からも大学からも反発を食らったことがあった。その時、私の持った感想は世上で言われていることとはかなり違っていた。

というのは、「40年前だってアカデミズムなんてなかったし、実用的な教育ばっかりしてたじゃないか」と思ったからである。例えば法学は、いま現在の法律を学説・判例でどう運用しているかがほとんどすべてで、言ってみれば司法試験の予備校である(いまもそうだろう)。本来、アカデミックな法学ってそういうものじゃないと思っていたのである。

私が勉強した経済学も同様で、講義の半分を占めていたマルクス経済学がいまや片隅に追いやられてしまったのは当然として、ケインズ経済学や経営理論にしたところで、日経ビジネスに載っていたような内容である。つまり、企業に就職してビジネス会話(w)ができるように教育していたのが実際のところである。

もっとも、現在と同様、昔もほとんどの学生が勉強などしていなかった。私がゼミでとっていたのはベイズ統計学で、橘玲のこの本で勉強するに値する分野ということになっているのは光栄だが、当時は何を言っているのかちんぷんかんぷんだった。逆に、これからはコンピュータの知識が必須というのでフォートランを勉強したけれど、結局使うことはなかったのである。

人文系でもそんな分野ばかりでなく、例えば心理学の講義では、ネズミを迷路に入れるとどうなるとか、サルに何の絵を見せるとこわがるかなんてことをやっていた。フロイトやユングを教えてくれるのだろうと思っていた私には肩すかしだったが、半世紀たってみるとこちらが本筋なのである。

氏の考察によると、従来、人文系と言われていた分野は、21世紀に入ってから急速に進んだ脳科学、ゲーム理論、複雑系などの新たな知見と、コンピュータの高速化・AIの進展によって、近い将来いまあるものとは全く違った学問にならざるを得ないということである。

私なりに解釈すると、例えば現在の法学部の講義内容は、司法試験予備校的「社会に出て役に立つ勉強」ではあっても「アカデミズムの名に値する学問」ではない。これからの法学は、例えばゲーム理論を取り入れて「最も有効かつ低コストで違法行為を抑制する法とはいかなるものか」といったような方向に進むのではないだろうか。

同様に、新たな知見によるパラダイムシフトによって、例えばフロイトとか、デカルトとか、かつては古典と言われていた多くの著作が「読まなくてもいい本」に分類されている。

最近、読みたい本がどんどん少なくなって何度も同じ本を読むような状況なので、この本でいろいろ新たな分野を教えてもらったのは、たいへんありがたいことである。

[Mar 27, 2019]


タイトルは過激だが、内容はいたってまともな読書案内。センセーショナルになることも時には必要かもしれない。