121 連休中に歯が欠けて困った [May 24, 2019] ~せいうち日記121

十連休の前半は「日本橋から千葉ニューまで歩く」イベントがあって(自分だけのイベントだが)、後半はブログでもまとめながら過ごそうと思っていたら、思わぬアクシデントに見舞われることになった。

何かの拍子に歯がガリッと言った。堅い物でも噛んだかと思って見てみると小さい石みたいだった。何かの骨だろうと思って捨てたけれど、まさか自分の骨だとは思わなかった。しばらくして口の中がざらざらするのに気づいた。触ってみたら、上の奥歯が折れてギザギザになっていたのである。

ほっぺたの内側がちょうどギザギザに当たり、そこから血が出て痛い。歯医者さんに連絡しようにも、十連休が終わるまでやっていない。こうなると、大型連休がうらめしい。別に連休にしなくたって私は毎日休みなのだ。

口の中が痛いと、ものを食べるのにも難儀なので、味がよく分からないし食欲もなくなる。酒を入れるのに不自由はないから、麻酔を兼ねてアルコールを体内に入れることになる。健康にはあまりよろしくない。

ようやく連休が明けて、歯医者さんの予約が取れた。診てもらうと、「ああ、バキッといっちゃってますね」。

「7割かぶせてある歯の残り3割のところが欠けて、金属はそのままだから尖ったところが口の中にささっていたんです。奥歯には体重分の力が入りますから、こういうこともあります」とのことであった。またしばらく、歯医者通いが必要になる。

たったこれだけのことで、連休後半は何も手に付かなくなってしまった。30年前に胆石で入院・手術した時、どこも痛くなくて何も具合が悪くないことがどんなに大切か身にしみたはずなのだが、いつのまにか忘れてしまう。忘れた頃になって、こうやって再び思い知ることになるのだ。

おカネがないとか、やりたいことができないとか、いろいろ余計なことを考えるけれども、そんなことは枝葉末節もいいところである。昔、中国の人が、「健康で、住むところがあって、今日明日食べる物があれば、それ以上何を望むことがあろうか」と言ったというが、まさにそのとおりである。

歯は一度欠けたらもう復活することはない(補修はできるとしても)。この先、体の中のいろいろな所が不可逆的に欠けていくことになる。遠からずいつか、急に、そこから先のことを心配する必要がない事態になることは間違いない。

それが十年先か二十年先か、もしかしたら目前に迫っているのかもしれない。先のことを心配するよりも、いま現在の状況を一日一日先延ばししていくしか方法はないのである。

でも、思うのだが、「普段の生活がありがたい」というと、節約とか、執着とか、いまあるものを手放したくないという発想に結びつくような気がする。ありがたいことは間違いないのだけれど、いずれすべて手放すことになるのだ。

それよりも、いま身近にあるものごとを祝福する、という方がありうべき考え方なのかなと思ったりする。”Merry Christmas”や”Happy New Year”と同じ考え方である。(最近は”Happy Holidays”と言わなければならないらしいが)

健康にせよ、住む場所にせよ、食べる物にせよ、もちろん家族もそうだが、偶然に恵まれて身近にある。本当に、信じられない確率の偶然、お経で言うところの「百千万劫難遭遇」なのだろうと思う。

[May 24, 2019]

c)歯科素材屋さん
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