600 六十番横峰寺 [Oct 11, 2018]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

注.2018年の台風被害により、横峰寺への遍路道が通行止となりました。そのため、六十一番から六十三番をお参りした後、平野林道経由で六十番横峰寺をお参りしています。

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2018年10月11日、夜中から雨粒が屋根に当たる音がしていたので、雨の歩きになることは覚悟していた。午前6時半からの朝食は鯛茶漬、鯛のお刺身をご飯に乗せて熱い出汁をかける。この食事に温泉がついて、1泊2食6800円はたいへんコストパフォーマンスのいい宿であった。

7時38分小松支所行のバスに合わせて宿を出発する。上下レインウェア、リュックカバー装備の完全雨仕様である。バス停は宿のすぐ前にあり、雨宿りできる場所がなかったので向かいの自販機コーナーでバスを待つ。自販機をみると、リポビタンDがある。前回のお遍路から、見つけたら飲むようにしているリポビタンDだ。ひと息で飲んで英気を養う。

バスは少し遅れて来た。「いつものバスが故障で整理券が出せません」ということだが、乗客は2人だけなので特に問題はない。前日は吉祥寺まで進出したが、バスは途中の小松総合支所までしかなく、2kmほどダブることになるが仕方がない。10分ほど走って終点となった。290円払って下りる。

バスターミナルは前日歩いていて分からなかったが、総合支所の向かい、コンビニの駐車場と見えたあたりにあった。雨は本降りで、午後から降水確率が低くなる予報だけれど、空を見るとやみそうにない。モンベル笠にプラスして、折り畳み傘を差して午前8時ちょうどに出発する。

国道沿いは車がしぶきを上げて嫌なので、1本入って側道を進む。細い道が左から右から合流してきて方向がよく分からないが、「小松ハイウェイオアシス」に向かう車道が交差しているようだ。前日「しこくや」さんで聞いたところによると、ハイウェイオアシスの脇を通る道もあるのだが、土砂くずれしている上にこの雨ではさらに危険である。

側道を進んでいたらT字路に突き当たってしまったので、安全策をとって国道方向に戻る。方角としては反対方向なのだが、道が細いので抜けられるかどうか分からない。油断していると方向違いになってしまう。

直角に交差する太い道路に出た。この道を右に進めば、横峰寺に向かうはずだ。しばらくすると、郵便局の前に出た。道は合っている。大分濡れたので、郵便局の前で身支度を整える。中から郵便局の人が「9時からなんですけど」と出てきたので、「軒先をお借りしています」とご挨拶する。

道はだんだんと傾斜を増していくが、人家はぽつぽつ続いている。ずいぶん歩いた後でようやく高速道路だったので、まだこれだけしか来ていないのかと弱気になる。平野林道への入口は、高速道路とダム湖を越えてずいぶん先だ。

石灯籠やいろんなものが置いてある石材店を過ぎてスイッチバックを登ると、ようやくダム湖のあたりに来た。太い道を左に行くと前神寺への近道とあるが、横峰寺の分岐はまだまだ先である。

さらに登り坂をいくつかこなして、ようやく黒瀬ダムの見える高さに達した。雲の向こうから、ひときわ高い稜線が見える。方角的にいって、瓶ヶ森から伊予富士、石槌山から続く稜線である。この道は現在、石鎚ロープウェイへの経路として利用されているが、かつて田舎道だった頃には、かの宮本常一が土佐へ抜けた道であった。

宮本氏はここから、山中の道なき道をたどって土佐に抜けたのだが、途中ハンセン病の老婆と出会って「業病なので人の通らないこういう道を歩いて阿波から伊予に向かっている」と言われたと、「忘れられた日本人」の中で回想している。

さらに登って行くと、これまで山道が続いていたのに突然民家が現われ、巨大な鳥居が出現した。鳥居の上には、「石槌神社」と書かれている。

民家は電線こそ通じているものの、人の住んでいる気配はない。かつて住んでいたとしても、10年前20年前という世界だろう。鳥居の先が木のトンネルのようになって、そこを抜けるとT字路となった。左が高松方面、右が石鎚登山口と標識が出ている。


小町温泉しこくやの朝食は鯛茶漬、鯛のお刺身をご飯に乗せて熱い出汁をかける。


ダム湖である黒瀬湖のあたりで横峰寺分岐となるが、そこまでの道のりは結構遠い。点在する民家を抜け、高速道路を過ぎてもなかなかダム湖は見えてこない。


ようやく黒瀬湖が見えてきた。向こうの稜線は、瓶ヶ森から伊予富士に至る山々だろうか。かつてこの道を民俗学の大家・宮本常一も通ったことがある。

 

ダム湖に沿った道路には土産物屋らしき建物が見えるが、開いていないようだ。吉祥寺にも象がいたが、この店のシャッターにも歓喜天の絵がペイントされている。石槌信仰と何か関係があるのだろうか。

そのすぐ先で、右へ道が分かれている。どうやら、ここが平野林道への分岐のようだ。こちらの道も舗装道路だが、傾斜が急で道幅も狭い。急坂を登ったところが横峰寺への送迎バスの待合所になっていて、奥には旅館兼売店がある。自販機コーナーとトイレもあるので、この日はじめて腰を下ろすことができた。

時刻は午前9時半。かなり歩いたように思ったのだが、郵便局から1時間も歩いていないのは意外だった。雨は依然として激しく、車で上がってくる人もいない。それでも、ここから先で何度もバスが通り過ぎたので、車でここまで来てバスに乗る人は少なくないようである。

横峰寺に登る道はさらに狭い。「横峰寺まで8km、2km先からは有料道路になります」「右にあるのは一ノ王子です」といった案内がある。一ノ王子があるということは、ここから横峰寺や石鎚山まで、いくつもある王子社をお参りしながら修験道の行者が修行した場所ということである。

驚いたのは、このバス待合所の少し先に民家があり、こちらの方はサイディングも新しく車も何台か止まっていて、現在人が住んでいる家だったということである。でも、よく考えると麓から1時間歩けば来れるわけだから、4~5kmしか離れていないのであった。

とはいえ、バス待合所前の鳥居のあったあたりと同様、その一軒を除いては人が住んでいないように見えた。足場材が組んである建設中の家のような場所があり、ラジオが鳴っているのだが、付近には苔だらけのキャンピングカーしか止まっていないという謎の場所もあった。

平野林道入口までの2kmはいったん登ってから下る道で、往きよりも帰りの方がきつかった。奥にカフェがあるという案内板があり、納屋らしき最後の建物を過ぎると、黒い水道管パイプと簡易水道のような構造物だけが人の手によるものである。やがて谷川に沿ったT字路にぶつかると、そこから先が平野林道となる。

川に沿って急坂を登って行く。ひとしきり登るとログハウスの屋根が見えたので、休憩所かと思って期待したら料金所だった。ご挨拶すると、「歩きは料金いらないよ。あと1時間半。気をつけてね。」と言われる。距離はともかく標高差があるので1時間半は難しいだろう。

その少し先に作業中のおじさんがいて、挨拶してしばらく登ってから、路肩にリュックを下ろして休憩する。歩き遍路はあまり通らない経路だけあって、バス待合所からこちら東屋もなければベンチもない。とはいえ傘を差しながら急坂を登り続けるのは体力的に厳しい。用意してあったヴィダーインゼリーで栄養補給する。

この林道は車で通ることを想定しているせいか、あと何kmの表示がほとんどない。ただ、料金所の標高がおよそ260m、横峰寺が800mくらいだから、標高差は500m以上ある。距離よりも標高差が問題で、この後の登り途中、路肩でもう一回休憩をとらなくてはならなかった。その間、中年の外人さんに追い抜かれた。

ここからのスイッチバックは標高差が示す通りきつかった。雨も相変わらず強く、ため息をつきながら登った。料金所から1時間半歩いて、「南無大師遍照金剛」の幟りが数本立っていたのは香園寺に直接下りる遍路道であった。ここまで来ればもうすぐである。やがて、駐車場への車道との分岐となった。ここから0.8km、砂利道を登ってようやく横峰寺に着いた。


平野林道をしばらく登ると、ログハウス風の建物が見えてくる。休憩所かと思って期待したのだが、料金所であった。


雨の降る中、標高差500mを登って行く。休む場所がないので路肩で休みながら、ようやく車道と遍路道の分岐まで来た。


残り0.8kmを歩いて、やっと横峰寺。平野林道からだと、境内の奥から着くことになる。

 

石槌山横峰寺(いしづちさん・よこみねじ)、「つち」は金偏に夫と書くのが古い字体だが、それだと「おの」としか読まないというのが「霊場記」の指摘である。横峰寺でも山門には「石槌山」と書かれているし、IMEで出てこないということもあるので、ここではそちらで勘弁していただきたい。

お寺に着いたのは午後0時半。小松総合支所から4時間半、バス待合所から3時間、平野林道料金所から2時間かかった。おかげさまで道路状況には問題なかったものの、標高差500mの登りは半端ではなく、ずっと傘を差しながらの歩きはたいへんつらかった。

境内を裏から入った形になるので、まず位置関係を確認する。目の前に見えている新しい屋根は庫裏のようで、庫裏を回り込んで向こう側に見えるのが本堂、こちら側が大師堂だろうか。まず本堂、次いで大師堂にお参りする。あいにくの天気で、この時間お参りしていたのは私ひとりだった。

本堂から石段を下りて、納経所へ向かう。こちらは、遍路道を登ってくると着くルートだ。山門と石柱があり、山門の墨書では「石槌山」と書かれているのに対し、石柱には古い字体が彫られている。

「歩きですか。どちらから登られました?」納経所に行くと、さっそく尋ねられた。

「電話で遍路道が崩れていると伺いましたので、車道を登ってきました」とお答えする。

「そうですね。遍路道の写真を撮ってきたのですが、こういう感じです。しばらく車道でないと危ないと思います。」

わざわざ遍路道を下りて確認してきたのだろう。A4に拡大したプリントアウトを見せていただく。主だった宿など関係先にも送ってあるそうだ。ハードな登りだったけれども、平野林道を歩いたのは正解だったようである。

さて、吉祥寺から疑問であった石槌山と歓喜天の関係であるが、帰ってから調べたところ、大師堂の左に見えるお堂が聖天堂らしい。大師堂のすぐそばにお祀りされているということは、それだけ重要な位置付けということだが、どういう経緯かはよく分からない。

すでにお昼の時間だけれども、納経所横と大師堂近くに自販機があった他は、売店など食べるものを調達できるところはない。ミネラルウォーターを補充し、カルピスソーダでのどを潤す。伊藤園の自販機で、収益の一部を四国遍路の保全活動に使うと書いてある。

午前中にヴィダーインゼリーしかとっていないが、そんなにお腹はすかない。雨のせいだろうか。それにしても、おそらく前後5~6時間食堂や売店がないものと思われ、四国遍路でも指折りの食糧調達不能区域ということになるだろう。

残念だったのは、星ヶ森に行けなかったことである。横峰寺を開いたとされる役行者が谷越しに石槌山を仰ぎ見たとされる場所で、本堂から標高差100mほど登ったところにあるが、雨も降っているし時間も押しているので本堂より上まで行くのはあきらめた。

時刻は午後1時を過ぎた。登りと同じ時間かかったとしても午後5時には麓に着けるはずだし、そこから歩いて石槌神社会館まで1時間かからないだろう。とはいえ、ずっと雨なので暗くなるのも早そうだから、急ぐに越したことはない。リスクの高いことはやめて、登ってきた道を再び下って行く。


しこくやから横浪への遍路道を辿ると、こちらから着く形になる。左が納経所。石柱には古い字体で彫られているが、この先の山門には「石槌山」と書いてある。


納経所から石段を登ると、横峰寺本堂。ご本尊は大日如来。


本堂に正対して大師堂。左に続く道が平野林道につながる。左に見えるお堂が、あるいは聖天堂か。

 

帰り道は下りなので、休み休みでない分だけ時間は短縮できる。とはいえ、雨は止まないし傾斜はたいへん急なので、滑りそうでなかなかスピードは出せない。

登りでは気づかなかったが、木々の間から麓を望むことができる。雲が厚くて霞んでいるけれど、見えているのは小松の街のはずである。晴れていれば、瀬戸内海まで見えたに違いない。

カーブごとに番号が振ってあって、確認したところ18くらいまであったので、数字が減るのを楽しみに下って行く。10くらいのところに「水場」と看板が掲げられている場所があって、パイプから水が出ていた。

この日は雨降りで汗もあまりかかなかったし、水も十分持っていたので素通りしたけれども、歩きで使う時にはたいへんありがたい。ここまでかなり登らないと着かないので、顔を洗うだけでもさっぱりすることだろう。下りではここで5分ほど小休止した。

水場を過ぎるとカーブ番号が一桁になり、ようやく終わりが近づいたと思うと元気が出てきた。谷川に沿って最後の下りというところで、登りの時も作業していた森林組合のおじさんとまた会った。

「外人さんに抜かれたろう」

「早かったですよ。登りの途中であっさり抜かれました」

足を止めると、この頃1日に何人かはこの道で横峰寺まで歩く人がいるという話になった。直接登る遍路道が土砂崩れしている影響に違いない。そして、

「昨日のことだけど、この先でキノコ採りに来ていた人が足を滑らしたらしく亡くなったんだよ」

「えっ、そんなことがあったんですか」

「見つけたのはお遍路歩きの人だよ。もしかすると、この先で会うかもしれないよ。」

ということだった。遍路道を歩いていたら、そういうリスクと隣り合わせだったということである。改めて、道路を維持管理していただいた作業中のおじさんと料金所の方にお礼を申し上げた。

帰ってから国会図書館で調べたところ、以下の新聞記事を見つけた。

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◆西条市の山中で男性遺体
10日午前7時20分ごろ、西条市大保木の林道から4㍍下の沢で、住所・職業不詳△△△△さん(70)が倒れているのを通行人の男性(54)が見つけた。西条署によると、現場は四国霊場60番札所横峰寺へ続く林道沿いの沢で。付近にガードレールは設置されていない。署が死因などを調べている。
(2018/10/11 愛媛新聞朝刊)
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お遍路歩きでも通行人には違いない。発見した時刻(午前7時20分)からすると、野宿でなければバス待合所のところにあった旅館から出発したものだろうか。せっかく早出しても警察を呼んで足止めされただろうから、この日はそれほど進めなかっただろう。

まさに私が歩いた前日のことである。1日違えば、私が発見者になっていたかもしれない。そして、林道沿いでさえこういう事故が起こるのだから、遍路道を強行突破しようとすれば、たいへんリスクが高かったということである。

バス待合所に着いたのは午後3時半。横峰寺からは2時間半だから、登りより30分短縮したことになる。デカビタCを飲もうと思って1000円札を出すと、財布の中が水浸しで濡れたお札は自販機を通らない。やむなくリュックの中から予備の1000円札を出してことなきを得たが、こういう事態は高知のネストウェストガーデン以来であった。

ここから先も結構長かった。そろそろ人里なのに、なかなか民家が見えてこない。30分かかってダム湖を望む高台、1時間近くかかってようやく石材店の前を過ぎた。午後の降水確率は低かったのに、結局降ったり止んだりで傘をしまうことはできなかった。

午後4時20分、ようやく郵便局の前に出た。郵便局には大きな看板があるのだが、山の方からは見えにくかったのである。もっとも、山の方から郵便局に来る人も多くはないだろうから、当り前といえば当り前である。あとは国道に出て石槌神社会館まで、右足と左足を交互に出していれば着くはずである。

この日の経過
小町温泉しこくや →[バス]小松総合支所 8:00 →[2.6km]
8:35 氷見郵便局前 8:40 →[3.4km]
9:35 バス待合所 9:45 →[3.2km]
10:30 林道料金所 10:30 →[4.7km]
12:30 横峰寺 13:05 →[7.9km]
15:30 バス待合所 15:35 →[3.2km]
16:20 氷見郵便局前 16:20 →

[Jun 22, 2019]


厚い雲の間から、小松方向を望むことができた。晴れていれば瀬戸内海まで見えたに違いない。


平野林道の中間あたりにある水場。この日は雨だったが、汗をかいていたらありがたい休憩地であっただろう。


午後1時から下り始めて、4時前にようやくダム湖まで下りてきた。こういう景色だったのかと改めて見る。