318 森博嗣「スカイ・クロラ」 [Jun 18, 2019]

この人の書いたものは、小保方STAP事件の時に「科学的とはどういうことか」を紹介しているが、本職は小説家である(学者かもしれない)。実は、彼の作品をかなりの数読んでいる。

「すべてがFになる」はじめ、推理小説風や怪奇小説風などいろいろあるが、おしなべて言えることは、この先生は読者に分かりやすく説明しようという気があまりないということで、読み終わってもう一度読み返したいという気分にはあまりならないのである。

もう一つ、この先生のコンセブトとして「物理的に不可能なことは起こらない。だからいくら奇抜でも、物理的に可能なことが実際に起こったことである」という考え方があり、結果的に説明の分かりにくいものにならざるを得ないのである。

にもかかわらず「スカイ・クロラ」を読み返したくなったのは、この間紹介した橘玲の本に、「記憶は作ることができる。だからトラウマ(心的外傷)なんてものは本当の経験が原因とは限らず、まともな医学者はトラウマを取り上げない」と書かれていたからである。

この物語は、永遠に生きる(戦闘による外傷でしか死なない)パイロットたちの記憶と情報処理がテーマとなっている。ただ、疑問は山ほど出てくるけれども、それに回答が示されるとは限らない。「スカイ・クロラ」だけではほとんど何を言っているか分からないし、シリーズ6作読んでも、疑問のまま終わることも多い。

ということは、世知辛い話になるが1万円出さなければ作品の全体像すら把握できず、自分で買うより図書館で借りる方が経済的である。私が何とかついていけたのは、最初に映画を見てそのイメージがあったからである。

加えて、全編にわたって戦闘機の操縦シーンが続き、その種の専門用語が分からないとちんぷんかんぷんである。作者は、エルロンとかラダーとかエレベータとか書いているとうれしくて仕方ないみたいだけど、飛行機の操縦に興味のない読者はその部分を読み飛ばすだけである。

ただ、物語の筋そのものはファンタジックであり、作者が現代の科学をどうとらえているか垣間見ることができて興味深い。

上に述べた「記憶の改変」は最新の知見であるが、おそらく理系の大学教授である作者には当り前のことであろう。また、人類がもし進化することがあるとすれば、外見上歳をとらないで長く生きるということは十分に考えられる。

とはいえ、いかに「病気では死なない」といっても、酒は飲み放題タバコは吸い放題で身体に影響が出ない訳がない。きっと、見た目は子供の容姿でも、肺ガンになったりアル中になったり、肥満体系になったりするのではないかと思う。

でも、そういう物語ではないので、登場人物達は戦闘で死ぬか、あるいは精神的におかしくなって自滅するしかない。戦争する両軍は卓越した兵器を持ってしまうと戦争が終わって仕事がなくなるので、あえて戦力を均衡させているというところは、よくできたメタファーである。

いずれにしても、この作品で示される多くの疑問には、シリーズ全作を読まないと回答は示されないし、その回答も読者に理解される表現とはなっていない。そういう意味では、たいへん読みづらく、また読後に手応えが残らない作品なのだが、おそらく作者はそれでいいと思っているのだろう。

あるいは、現実にいまこの本を開いている読者よりも、何十年後の読者に対して先見性を示したいと考えているのかもしれない。ただ、普通に考えると、いま現在の読者を満足させられずに、何十年後の読者を得られるのかという問題はあるかもしれない。

この作品はアニメ化もされていて、上に述べたように映画館に見に行った。この作品を奨めてくれたのは、当時有料メルマガでいろいろな記事を書いていた日垣隆氏だった。彼も同じような傾向(分かりやすく説明しようという気があまりない)があって、最近はあまり名前を見なくなった。

あと、このシリーズを読んで感じたのは、これは科学技術版の「ポーの一族」ではないかということである。作者は「トーマの心臓」のノベライズもしているから、きっと萩尾望都のファンなのだろう。

ちなみに作者の森博嗣は私と同い歳で、高校・大学時代に「ポー」や「トーマ」を読んでいるはずである。記憶の改変については、「百億の昼と千億の夜」や「銀の三角」にインスパイアされたのかもしれない。

[Jun 26, 2019]


題名を直訳すると「空をクロールする人」。作者は「ー」が嫌いなので、ジャンパ、オーバ、シャッタ等と表記する。コンピュータ業界で「サーバ」というように、理系にはそういう人が多い。