640 六十四番前神寺 [Oct 12, 2018]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

7時40分石槌神社会館発。帰りは神門までは下り坂なのであっという間である。国道まで戻らず、神門のところを右に折れる。前の晩に、湯之谷温泉まで送っていただいたのが前神寺までの道だ。車一台が通れるくらいの幅で、くねくねと緩いカーブで右へ左へと揺れる。

確かに、お風呂に入って歩いて帰るにはちょっと寂しい道かもしれない。右手奥に広い墓地もある。その向こうが前神寺であった。神仏分離以前は混淆で石槌神社と一体だったが、お墓があるということは檀家もあるのだろうか。あるいは石槌修験の関係者なのか。

お墓の前が駐車場で、その一角に山門がある。「石鉄(金偏に夫)山」と古い字で山号が掲げられており、車で入れないようにバリカーで通せんぼしている。人はもちろん、その下を通って境内へと進む。境内はかなり広い。

石鉄山前神寺(いしづちさん・まえがみじ)、石槌を山号とする札所は、横峰寺と前神寺の二寺である。何となく、横峰は石槌山の「横」、前神は「前」という意味かと思ってしまうが、厳密には違うようで、いまの前神寺は江戸時代には「里前神寺」といった。

「里」があるということはそうでない前神寺もあるということで、「奥前神寺」という。石槌神社成就社の近くにあり、神仏分離以前は成就社と一体であった。成就社とは、石槌で修業した役行者(えんのぎょうじゃ)が「わが願い成就せり」と言った場所であるとされるが、五来重氏は「常住」、つまり年間通して神職が滞在したことが命名の理由ではないかと推測している。

いずれにしても、八十八札所のひとつは、霊場石槌山であった。だから本来、お遍路は石槌山にお参りするべきなのであるが、前神寺が札所となったのは、遠いとか雪が降るということではなくて、石槌山は特別の時以外は入山できなかったからである。

「道指南」には六十四番里前神寺について、「石槌山の前札所なり。本札所は石槌山前神寺。この札所は六月朔日おなじく三日ならで参詣する事なし。このゆへに里前神寺に札をおさむるなり」。つまり、石槌山が山開きとなるのは六月はじめの三日間だけであるため、里前神寺が札所となったと記されている。

本堂は境内の一番奥、森の中に鎮座している。正面にご本尊がいらっしゃり、本堂の両脇から袖のように回廊が伸びている。この回廊は霊場会HPなど昔の写真にはないので、ごく最近に建て増されたらしい。札所ではあまり見たことのない伽藍配置である。参道は石畳の周囲を芝生で囲ってあり、参道中央に護摩を焚く空間が開いている。

朝一番で般若心経を読経する。前日までと違って、雨具の心配なしに経本だけ持てばいいのはたいへんありがたい。予報では善通寺に近づくあたりで空模様が怪しいけれど、ここ3~4日は好天が見込まれている。

大師堂は本堂から山門寄りに下って、納経所近くにある。ご朱印をいただいて、横にあるベンチでゆっくりする。朝早いので参拝客はまばらである。そして、これから先しばらく札所はない。

この日はこれ以降長距離の歩きである。夕方までに別格札所の延命寺まで着ければいいが、そのあたりのスケジュールはフレキシブルに考えていた。まだ区切り打ち3日目。とりあえず、お遍路歩きのペースを取り戻すことが大切だ。8時40分に出発、まず国道11号線を目指す。

この日の経過
石槌神社会館 7:40 →[0.9km]
7:55 前神寺 8:40 →

[Jul 13, 2019]


広い墓地の前に山門があり、バリカーで車が通らないようにしてある。この先本堂エリアまでは結構歩く。


本堂の脇から袖のように回廊が伸びている。札所ではあまり見ない伽藍配置だ。


本堂エリアから下り、納経所近くに大師堂がある。