641 番外霊場延命寺 [Oct 12, 2018]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

前神寺から湯之谷温泉の横を通って、午前9時国道11号線に出る。遍路地図には山寄りの道が書かれているのだが、調子が出るまでは国道で㌔ポストを頼りに歩く方がいい。

最初の1kmを15分、次の1kmを13分でクリア。加茂川を渡って伊予西条市街に入る。石槌山を過ぎると山並みは遠ざかると思っていたらそんなことはなくて、次々と峰が連なっている。これから国道を歩く途中でも、登山口への案内表示を何ヵ所も見た。

続く2kmを14分・14分、直線4kmを56分で歩いたところに、セブンイレブンがあった。セブン銀行は、個人的な指定金融機関である。見つけたら、早めに資金を補充することにしている。イートインコーナーがあったので、あわせてチョコデニッシュとコーラで小休止。今後の行程を再確認する。

次の三角寺まで前神寺から45kmあるので、1日ではとても着かない。一方、この日確保した宿は新居浜市のビジネスホテルMISORAで、前神寺から17kmである。お昼頃には着けそうだ。そこからどこまで歩けるか。

セブンイレブンを出て、再び国道11号を歩き始める。国道だから交通量が多いが、奥を通っている道が国道と並行しているように見える。できれば静かに歩きたいので、そちらに移動する。㌔ポストはないけれどもペースはつかめてきたしいいかと思ったのだが、これが躓きの元であった。

はじめは国道が見えていたのだけれど、気が付くと国道はどこにも見えない。「四国のみち」の標識どおりに歩いていたのだけれど、この道は最短距離でもなければ歩きやすくもないということを忘れていた。変電所が見えてきたので現在位置を確認、国道に戻ることにした。

ところが、一番太い片側二車線の道を5分ほど進んだところ、道がどんどん登り坂になる。国道からは遠ざかる一方である。あきらめて変電所まで戻る。方角的に合っているのは住宅街に伸びる細い道だ。しかしまっすぐ続かずに鍵形にクランクしながら続いている。

交差点を何度も曲がって、ようやく郵便局が見えた時にはほっとした。遍路地図にもこの郵便局は載っていて、まっすぐ進めば国道に復帰できるはずである。後から調べたところ、国道を進めば1kmちょっとの距離を40分かかっているので、かなり余計な距離を歩いたということになる。

国道に復帰してからは、時間をロスしてしまったことがくやまれて黙々と歩く。新居浜市街までの8kmをノンストップ、1㌔14分のペースで歩いた。休憩をとりたいとは思ったけれども、ファミレスやコンビニだけで休憩所もベンチも全くなかった。

12時45分、国領川沿いにこの日の宿であるビジネスホテルMISORAが見えた。国道から100mほど入る。45㍑のリュックを預け、デイパックだけにして荷物を軽くする。橋を越えたところにドラッグストアを見つけて、なくなりかけていたワセリンとビタミンC剤、エネルギーゼリーを買う。

その先に、はなまるうどんが見えた。3時間以上全く座っていなかったので、どうにも体力が続かなくなり転がり込むように店内に入る。ぶっかけうどんでお昼にする。脇道でタイムロスしたり体力が続かなかったり、今回のお遍路歩きはなかなかペースに乗れないようであった。


加茂川を渡って伊予西条市街に入る。雲に隠れているのは、笹ヶ峰から二百名山の赤石山に至る山稜。


国道ばかり歩いていてもと思って、側道に入ったのはいいけれど、変電所のあたりで方角が違うことに気付いた。


反省して国道に復帰。お昼を大分回ってからこの日の宿、ビジネスホテルMISORAに荷物を置くことができた。

 

香園寺のところで書いたように、この回のお遍路は横峰寺への登山道が通行止というアクシデントがあり、予定変更を余儀なくされたのだけれど、他にもいくつかうまくいかないことがあった。

その一つが雲辺寺からの下りで、スケジュール的には青空屋か民宿おおひらに泊まるのが楽だったのに、その両方とも満室で取れなかったのである。後から考えると、これはお遍路歩きというよりも10月13日から15日このあたりで集中していた秋祭りの影響と思われるのだけれど、とにかく宿が確保できなかった。

そのため、四国中央市の次の宿が観音寺市となり、かなりつらいことになってしまった。歩いて歩けないことはないだろうが、次の小松尾山に午後5時までに入るのが難しいし、翌日戻るにもバス便がない。

だから、この日と次の日は、宿があるところまで歩いて終わりではなく、先に進んでから戻って来るという方法をとった。もともとこの日は予備日的な位置づけで、早く着くようであれば別子銅山記念館でも行こうと思っていたのだけれど、そんな余裕はなくなってしまったのである。

別子銅山記念館はビジネスホテルMISORAから高速道方面に1kmほどだが、その方向には向かわず国道11号を川之江方面に進む。やがて市街地は倉庫や工場が並ぶ郊外となり、登り坂になる頃にはぽつぽつ民家が点在するくらいになってしまった。国道なのでそれほどの傾斜ではないけれども、それでも登り坂である。大きな荷物をホテルに置いてきてよかった。

新居浜・川之江間の国道11号には1時間に1本路線バスが走っており、これに乗って戻ることになるため時々バス停の時間を確認する。暗くなる前、午後4時台か5時台に乗れればありがたい。別格札所の延命寺まで何とかクリアできるかどうか。

再び㌔14分ペースでの国道歩き。午後3時前、峠に達しここからは下り坂となる。このあたりからまた「四国のみち」が始まっていて、行先表示は延命寺である。下り坂で気持ちがよく、荷物も軽いので足が自然とそちらに向いてしまった。

ところが、歩いていると横の道から女性のグループが現れた。何十mか先なので風体はよく分からないが、かなり離れているのに後に話し声が響くほど大声でしゃべりながらの歩きである。しかも、歩くのが遅くてだんだん近づいている。

こういう連中は、追い越した後もっとうるさい。口は前に付いているからである。参ったなと遍路地図を見る。このあたり国道と遍路道は並行していて、左に曲がって少し歩けば国道に戻れる。次の角でおばさん軍団が直進したのを確認して、左折する。人の声より車の音の方がましである。

(ちなみに、このグループは私よりかなり遅れて延命寺に着いたが、納経所には来なかった。南無大師遍照金剛の白衣を着て、菅笠を被っていたのだが、八十八ヶ所だけ回るのだろうか。)

国道に戻ってすぐに「旅館・五葉松荘」の横を通る。オールドファッションな宿だが、遍路地図にも載っているので現役のようである。このあたりから、進行方向に、海と海沿いに建つ工業地帯の煙突が見えるようになった。

「延命寺あと2km左へ」の大きな看板が現れたのは、午後4時近くなってからである。あと2kmプラスお参りの時間を勘案すると、4時台のバスはもう無理で、必然的に5時台ということになる。土居の市街地に入り、大きなショッピングセンターの横を通って、延命寺まではまだ先である。

工事中の歩道を抜けて左折し、用水路の脇の細い道を進むと、すぐ先は踏切という位置に延命寺はあった。通りをはさんで向かいに駐車場と公園、トイレもある。学校帰りだろうか、大勢の子供達が通りを行き来していた。


新居浜から四国中央市へは峠越えになる。くねくねと続く長い坂を登って行く。


四国中央市に入ると、今度は下り坂。国道から「四国のみち」に入るが、前方に騒がしいグループが現れ、再び国道に戻る。


午後4時を回って別格霊場の延命寺に到着。ここまで来れれば翌日の行程に目処が立つ。

 

摩尼山延命寺(まにさん・えんめいじ)、千枚通本坊とも称する。千枚通しとは穴を開ける尖った金属器ではなく、弘法大師が足の不自由な人に与えたという霊符のことである。この霊符を水に浮かべて南無大師遍照金剛と飲み干すと、歩けなかった人の足がにわかに直り、以来この寺では千枚通護符を継承して今日に至るという。

また、弘法大師お手植えと伝えられる松は昭和半ばに枯れてしまったが、いまも公園の一画に幹が残っており、南無大師遍照金剛と唱えながらさすって自分の痛む場所に当てると痛みがなくなるということである。

「四国というところは、そういうことがあるんだよね」

納経の時、お坊さんとそういう話になった。

「慈眼寺に行かれたことは?・・・ない?・・・あそこには行場の洞窟があって、中は狭くて曲がりくねっている。あんたならなんとか大丈夫だが、私だとあちこちつかえて大変だ」

慈眼寺の穴禅定のことは知っている。鶴林寺に登る前、ふれあいの里さかもとから1時間ほど行ったところにある別格札所で、狭い鍾乳洞の中を奥まで入って修行する。確か、案内の先達がいるだけで灯りもなく、真っ暗な中を手探りで進まなければならないということである。

「うちに来る観光バスの運転手さんに聞いた話だが、生まれてから一度も声を出したことのない女性が慈眼寺の洞窟に入って、暗い中身動きも取れなくなって『あっ』と声を出したらしい。誰の声?ということになって、しゃべれないはずの人が声を出したので、みんなびっくりした」

「そうしたら、その声が出せなかった人が、それから後は普通に話せるようになったんだと。生まれてから今まで話せなかったはずの人が、すっと話すもんだから、これまたみんなびっくりしたということだ」

そういうこともあるんだろう。脳のどこかで鍵がかかっていたものが、いよいよ進退きわまって助けを求めた。人の声は聞こえるし考えるのも日本語で考えていたのだから、すらすら話せても不思議はない。

「ここのいざり松もそういうものだ。最近そういう言葉はおおっぴらに使えなくなってしまったが、足の利かない人がいて、お大師様が念じるとすたすた歩けるようになったという。松は枯れてしまったが、信仰上のものだからいまも残している。南無大師遍照金剛とさすると、痛みが取れるというからやってみるといい」

通りを隔てた公園の一角に、屋根をかけられた「いざり松」がある。お坊さんに教わったとおり、幹を撫で、その手で足をさする。枯れ木というとささくれ立って棘があったりするが、この松はみんながさするせいか、おびんずる様のようにすべすべしている。

ちょうど午後5時のチャイムが鳴る頃、延命寺を出てバス通りに戻る。バスの時刻まで10分ほどあったので、ひとつ先のバス停まで歩く。すぐ近くにセブンイレブンがあり、翌朝ここからスタートするのがよさそうだ。

バス停からは「松屋旅館」の大きな看板が見えた。すぐ先の交差点の近くのようだ。WEB等を読むと、ビジネス旅館小松から松屋旅館に泊まるというスケジュールが多いので、泊まる場所こそ違うもののほぼ人並みに歩けたようである。

バスで国領大橋まで戻り、すぐそばにあるすき屋でゆずぽんおろし定食とビールで夕飯にした。1200円だった。ホテルのコインランドリーで乾燥機まで終わったのが午後8時、翌日の支度をして床に就いたのは午後10時になってしまった。

この日の歩数は56,903歩、GPSで測定した移動距離は31.6kmでした。

この日の経過
前神寺 8:40 →[18.1km]
12:45 新居浜市内(荷物預け・買い物・昼食) 13:45 →[11.5km]
16:20 延命寺 16:55 →[1.1km]
17:10 コープ前バス停 →[バス]ビジネスホテルMISORA(泊)

[Aug 3, 2019]


延命寺大師堂。納経所もこの中にある。


延命寺いざり松。お大師様の功徳により、足が不自由な人が歩けるようになった故事に基づく。枯れてしまった今日でも、「南無大師遍照金剛」と幹をさすると、痛みが鎮まるという。


バスの時間まで歩いて、伊予土居駅付近のコープ前バス停に到着。向こうに「松屋旅館」の看板が見える。