072 なぜブログを書くのか改めて考える [Aug 22, 2019]

この間、現在の情勢で香港に家族連れでレジャーに行く人について書いていて、なぜブログを続けているか改めて説明した方がいいと思ったので忘れないうちに。

理由の第一は、私が思うこと考えることを記事にすることにより、一人でも多くの人に共感してほしいと思うからである。愛読する内田樹先生がよく言われることだが、それは著作権だの何だのよりずっと大切なことで、私と同じように思う人が増えればより住みやすい世界になると考えるからである。

私がずっと感じていることは、他人を押しのけたり陥れたりしなくてもこの世界で楽しく暮らしていくことは可能だということで、そう考える人が一人でも多ければいいと思う。ただ、現実にはそうでない人がたいへん多い。「世の中食うか食われるかだ」と思っている人がむしろ多数派かしれない。

例えば橘玲などは「人間の脳は旧石器時代と変わらないのだから、そういう能天気なことを言っていたのでは食べ物も女も手に入らず絶滅しただろう」という意見のようだが、果たしてそうかと思っている。人口密度が高ければそうなるかもしれないが、低ければお互いを尊重した方が生き残る確率は高まるのではないだろうか。

二つ目の理由は、私自身ネット上で多くの知見に触れて、役立つことがたいへん多かったことへの恩返しである。

私が海外のカシノに盛んに行った2000年頃、その手の情報をネット以外で得るのはたいへん難しかった。カシノで行われているゲームのルールやマナー、コンプについての情報のほとんどを私はネット経由で学んだ。そして、ネットを通じて知り合った同好の士と最高に楽しい時間を過ごすことができた。

その後、ブログの記事はカシノ中心から山歩きやお遍路、年金生活に変わってきているが、誰かに参考にしてほしいという気持ちは変わらない。だから、年金生活の収支などの数字も、可能な限り現実のものをお示ししている。別に、自分はこんなにおカネを使っているんだと自慢したいからではない(実際そんなに持ってないし)。

かつて保険会社から送られてきたメールに、「老後の生活は月30万円必要」などと書いてあったし、つい先頃の金融庁の報告「老後資金2000万円」も同様の趣旨である。それらは、老後の不安を掻き立てて商売しようという人達が言っていることで、「他人を押しのけたり陥れたりしなければ食べていけない」と考えている人達である。

これまでしてきたいろいろな経験を踏まえて言えば、いまの時代に日本のパスポートを持っているだけで世界の10%以内の幸運の持ち主だと思うし、昭和30年代のハエや虫だらけの生活空間や駅のきたないトイレ、吸い殻が山のように積み重なった線路を思い出すと、私が生きている間に昔よりずっと住みやすい環境になったと感じる。

そうして手に入ったものの多くは、ネット成金セレブのトリクルダウンでもなければ、GAFAがプレゼントしてくれたものでもない。われわれの先輩が努力し、われわれ自身もいくらかは貢献していまの姿になったのである。

そうした過去の時代から積み上げた資産を生かし、足らない分は工夫したり我慢したりすれば、他人を押しのけたり陥れたりしなくても十分に恵まれた生活を送ることができるはずだし、そう考える人が一人でも多ければそれだけ暮らしやすい世の中になるというのが、大げさに言うと私の主張なのである。

そして、できるだけ他人に迷惑をかけずまじめに暮らし、誰かが言っていることに付和雷同せず自分の頭で考えること。もしかしたらすぐ身近に迫っているかもしれない致命的なリスクを避ける方法は、それしかないと思っている。

ブログを書く理由のもうひとつは、記録しておかないと自分が何をして何を考えていたのか忘れてしまうということである。これまで人生六十数年のうちのある時期、具体的には大学へ進んでから就職して何年かの間、日記も書かなかったし何も記録を残さなかった時代があった。その時期のことをいまではほとんど思い出すことができない。

現代であれば、デジタル写真を撮れば日時やデータがもれなく保存されるし、それをもとにあの時どうしたんだろうと記憶をたどることができる。しかし当時そんなものはなかった。残っている数少ないネガはアナログだし、プリントしなければどこで何を撮ったのか分からない。写真以上にないのが当時の行動記録で、どこで何をしたのか記憶をたどる足掛かりがない。

その時代はいつも何かに追いまくられていて、自分を省みる余裕がなかった。週休1日で毎日12時間以上働いて、仕事が終わると真夜中まで飲んで、休みはゴルフなどという生活は2度としたくない。そうやって他人と合わせようとしたところで、どこにも行けないということが分からなかった。若気の至りである。

当り籤を引くまであと何年残っているのか知る術はないが、誰かの後ろを付いていくのではなく、自分の頭で考えて進むべき道を選んでいきたいと思っている。そのためには、何を考えどう思って日々を過ごしたのか、何かの形で残しておくことは必要と考えるのである。

[Aug 22, 2019]