087 奥多摩むかしみち [May 28, 2019]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

三頭山から下りてきた時には疲労困憊してこのまま帰ろうかと思ったくらいだったが、鉢の木で気持ちいいお風呂とビール大瓶2本と澤乃井で夕飯をいただいて泥のように眠ったら、翌朝の体調は悪くなかった。予定どおり「奥多摩むかしみち」を歩くことにした。

午前5時前からヘリの音がにぎやかだった。雲取方面で遭難でもあったかと思ったくらいだったが、この日は一日中ヘリが行ったり来たりしていたし、奥多摩駅前に警察の人もいたから、大規模な訓練かあるいはトランプ訪日による警備だったのかもしれない。

天気予報を見るとこの日は下り坂で、首都圏でも夕方には雨、早いところでは午前中から降り始めるとのこと。あまりゆっくりしてはいられない。当初の計画では駅から奥多摩湖へ歩く予定だったけれど、昼間はバスの間隔が長いので、朝7時38分発のバスで水根まで出てしまい、そこから駅へと引き返すことにした。

朝ご飯は7時からお願いしたので、食事前に支度を整えてしまう。この「鉢の木」は1泊2食8,000円の民宿なのだが、部屋は広いしトイレと洗面も部屋にあるので使いやすい。前日のハードな歩きが祟って階段の上り下りが厳しいが、それは自業自得というものだ。1泊して疲れが飛んでしまったのはありがたかった。

駅まで歩いて見慣れた西東京バスの乗り場へ。7時38分発の留浦行きバスは平日にもかかわらず半分以上埋まっていて、ほとんどが登山客であった。いくつものトンネルを抜けて奥多摩湖方面へ。この後は、山の中腹の道を戻ってくることになる。

水根バス停に8時前に到着。むかしみちの入口があるかどうか心配していたが、バス停のすぐそばに大きな地図看板が立てられていた。案内表示も分岐ごとに立てられているので、迷うことはない。

「むかしみち入口」の案内にしたがって、沢沿いの急坂を登って行く。舗装道路なのだが、結構な急傾斜である。三相三線の電線が走っているから上に人家があるのだろうけれど、バス通りからこれだけ登るのは大変だろうと思う。

途中でキャンプ場や六ツ石山登山道を分け、青目立不動尊のあたりで細い道に入る。青目立不動尊からはいい景色ということだが、この日は休業日で門扉が閉ざされている。その横にある細い坂道を登って行く。駅に向かうむかしみちは基本下り坂のはずだが、ずいぶん登るし、道自体が登山道である。

奥多摩むかしみちはかつての青梅街道である。そして、小河内ダムができるまでは、いま奥多摩湖のある場所にも人家があった。だからもともとの青梅街道はここまで山の上には上がらなかったと思われるが、おそらくダムの設備とかで通れなくなっているのだろう。いずれにせよ、生活道路であったことは確かと思われる。

さて、奥多摩むかしみちのWEB情報を探すと、古い記事の中に水根と奥多摩湖の間にトンネルがあると書いてある。ただし、このルートは現在では使われておらず、むかしみちの地図にも載っていないし案内表示にも書いていない。

案内通りに歩くと、こうやって水根の坂をずいぶん登ることになる。それでも、青目立不動尊のあたりがピークで、そこからは下り坂となる。そして、しばらくは崖に沿った細い道に、落石防止の網が張ってある。もちろん、車は通れない歩行者専用の細い道である。

そういう道をしばらく歩くと、左手に鳥居が見えた。浅間神社である。本当であればお社までお伺いすべきであるが、前日のハードワークとここまでの登りで足が痛い。申し訳ないが、むかしみちから二礼二柏手一礼でご挨拶する。浅間神社のすぐ先が中山集落であった。


水根バス停を下りるとすぐ、むかしみちの案内看板がある。わかりやすいので助かった。


むかしみちに入ると、いきなり急傾斜。舗装道路なのだが、結構疲れる。


青目不動尊あたりがピークになるようだ。中には展望台もあるらしいが、この日は休業日で迂回しなければならなかった。

 

浅間神社のすぐ先が中山集落である。むかしみちのとおりに進むと急に車が何台か停まっている車道に出て、そこから逆V字型に引き返して再び細い山道になる。

歩道仕様のため車は通れないので、逆方向に車道が通じているのだろう。しかし、このあたりの国道は集落から標高差100mほど下のトンネルを通っている。国道に出るまで、かなりの急傾斜を下って行くものと思われた。

むかしみちとなっている山道も、いくらなんでも昔の青梅街道ということはないだろうという道だ。かなりの急傾斜を足元に気を使いながら下って行く。この時間でも、引き続きヘリが盛んに谷間を飛んでいる。小さな荷物のようなものを下げていたのはなんだろう。

急傾斜の斜面の先には、小河内ダムが見える。もう1時間以上歩いているのに、まだダムからほとんど歩いていないとは、駅までいったいどれくらいかかるだろうと考えてしまった。

ダムの水面の向こう側には、いくつかの峰々が見える。3つの峰がひときわ高く見える。おそらく左から鋸山、御前山、月夜見山だと思われた。前日登った三頭山は、月夜見山からさらに右方向の奥にあるはずだ。

山側の斜面には引き続き落石防止の金属網が張られている。その網を通り抜けて、小さな石がいくつか道の真ん中に転がっている。むかしみちという名前は穏やかだが、急坂あり落石ありでかなり厳しい。

中山集落からずいぶん下って、車道に突き当たった。右がむかしみちと案内がある。その方向に進むと、水道局の施設らしき門扉で行き止まりとなり、そこからヘアピンカーブで下に続いている。

このあたりから先は車も通れる幅の道路が続き、ここまでのような登山道という雰囲気ではなくなる。傾斜もずいぶんとゆるやかになり、想像していた「むかしみち」のイメージどおりの道となった。

ここでようやく、むかしみち唯一といっていい休憩所を見つけた。西久保休憩所である。簡易バイオトイレが1つだけあり、テーブル付のベンチが2脚ある。その傍らにはなぜか石灯籠が置かれていた。

前日の都民の森以来ひさびさに、腰を下ろしてゆっくりする。時刻は9時15分過ぎ、歩き始めて1時間半経っている。奥多摩湖から歩いた場合のコースタイムは3時間半なのだが、あと2時間で着くのだろうか。

そんなことを心配していたら、ぽつぽつと小雨が降ってきてあっという間に舗装道路の路面が濡れてしまった。空を見上げると日も差していて天気雨だが、午後には本降りになるという予報である。あまりゆっくりしてはいられない。

西久保休憩所の少し先が道所の集落で、登山家の山野井さんがこのあたりに住んでいるらしい。どの家なのかはよく分からなかった。広場には「消防訓練用」という高い建物があり、奥にも何軒か家があるらしかった。

このあたりは昔の青梅街道だけあって、かつて人や荷物が往来していた名残りが残っている。馬の水呑場という水場がある周辺は、かつて茶店も何軒かあったそうだ。いまはそういう店はないけれども、廃屋の扉に古いオロナミンCの看板が残っていた。

他にも、牛頭観音や耳の神様、縁むすび地蔵尊など、かつて信仰を集めた旧跡がみられるが、その中には落石防止ネットの中に囲われてしまったものもある。昔は耳が痛くなっても医者にかかることもできず、耳の神様に願をかけて直していただくしかなかった。ハードな時代である。


青目不動尊から西久保休憩所あたりまで、道幅が狭い落石注意の道が続く。


浅間神社は中山集落の間近にある。申し訳ないけれど、むかしみちから二礼二柏手一礼でお参りする。


やがて舗装道路に出ると、間もなく西久保休憩所となる。簡易トイレとベンチがあり、2日間歩いて初めてここでゆっくり休むことができた。

 

国道の白髭トンネルのすぐ脇を通る。ということは、トンネルが掘られる前はいま歩いているむかしみちが青梅街道だったということである。白髭トンネルと並行して走っている間は砂利道で、その間に弁慶の腕抜き岩と白髭神社がある。

弁慶の腕抜き岩は高さ3mほどの奇岩で、弁慶が腕を差して抜いたとされる大穴が開いている。奥多摩だから弁慶よりも将門の腕抜き岩の方がそれらしいが、まあ伝説なのでどうこう言うことではない。各地でヤマトタケルや弁慶が力任せで穴を開けているし、四国に行くとお大師様が網を投げてかついだ岩もある。

白髭神社は白髭の大岩という巨石をご神体とする神社で、古くは多くの信仰を集めたという。むかしみちの途中にあった耳神様と同様、こうした山の中では神頼みするしかない場面も多くあったということだろう。

白髭神社を過ぎてしばらくすると、境の集落である。ここも国道からはかなり高い場所にあると思うのだが、これまでの集落より家の軒数が多い。ここから谷の奥へ切れ込んでいく道となり、奥にきれいな建物がある。小中沢休憩所のトイレである。

ずいぶん奥多摩駅に近づいたせいだろうか、西久保休憩所のように簡易バイオトイレではなくちゃんとした水洗である。ただ残念なことに、座る場所が全くない。300mほど先に、1脚だけベンチがあった。

小中沢のトイレを過ぎると、むかしみちは再び国道方向に向きを変える。そして、行く手に車通りの多い道が見えて来ると、その前にずいぶん高くまで登る階段がある。きっとむかしみちは階段だろうと思ったら、案の定そうだった。

ずいぶん歩いてきてまたもや登りというはきびしいが、道がそう続いているのだから仕方がない。なんとか登り切る。コンクリの狭い道を案内にしたがって進むと、新興住宅街といった趣きの新築の街並みに出た。

これまでのむかしみち沿いの古い住宅地と全く違う。おそらく築年数も四五十年違うだろう。私同様にリタイアしたおじさんが、庭のテーブルにグラスとおつまみを置いて一杯始める準備をしていた。うらやましいことである。会釈をして通り過ぎる。

下り坂がずっと続くと思っていたら、前方に警察の派出所が見えた。派出所は私の記憶では国道沿いにしかない。せっかく階段を登ったのに、再び国道に戻ってきてしまった。道案内も見当たらず、どうやらどこかで間違えてしまったようだ。

ただしこの先は、羽黒三田神社などこれまで通ったことのある道が大部分だし、空模様も気になるので、このまま国道を駅まで歩くことにした。心配したようにこの時間バスはなく、逆方向に計画変更しただけのことはあった。

鋸山登山口を過ぎ病院を越えると、間もなく消防署、郵便局、駅まで続く商店街となる。さすがに国道は平坦で、羽黒三田神社からの道と違って登り下りがないのは楽だ。

駅に着いたのは11時30分。水根バス停から3時間40分で、最後までむかしみちを通ったら4時間はかかっただろう。時刻表を見ると10分後に電車だったので、更衣室(新設?)でそそくさと着替えてホームに急ぐ。この電車に乗れたことで、ラッシュ前に家に帰ることができた。

さすがに2日連闘はハードで、帰って2~3日はふくらはぎがひどく痛み、そのあと全身に疲れが出て、最後に腰に痛みが出た。それでも、山から下りてきて飲んだビールは、最高においしいものでした。

この日の経過
水根バス停(490) 7:55
8:25 青目立不動尊(587) 8:25
9:15 西久保休憩所(429) 9:30
10:30 小中沢休憩所(390) 10:35
11:00 琴浦橋(320) 11:00
11:30 奥多摩駅(302)
[GPS測定距離 9.6km]

[Sep 2, 2019]


西久保休憩所を過ぎると舗装道路が続く。牛頭観音、馬の水呑み場、弁慶の腕抜き岩などを見ながら下り坂を歩く。


時折、国道と並行して通っている場所がある。もともと「むかし道」が青梅街道で、国道は明治以降に整備された。


橋詰バス停前で国道に合流せず階段を登る。この後、交番前から琴浦橋バス停に出てしまった。雨もぱらついたので、そこから国道を奥多摩駅に向かった。