124 先崎学「うつ病九段」 [Sep 18, 2019]

先日行われた王位戦第6局の立会人は、先崎学九段であった。先崎九段は一昨年(2017年度)途中から病欠休場したのだが、それはうつ病で入院したためであった。復帰してすぐの昨年度はなかなか勝てず順位戦も降級したが、今年は順位戦でも勝ち星をあげているし、こうして立会人を受けているから順調に回復しているようである。

先崎といえば、われわれの世代には将棋界最後の内弟子として有名である。米長永世棋聖が、将棋界の貴重な伝統を自分の時代になくしてしまうのはしのびないということで、先崎と林葉を内弟子にとったのである。

かつては将棋の勉強をする場所が限られていて、師匠の家に住み込みで将棋に接するしかなかった。とはいえ、大山・升田が同じ木見門下で内弟子時代を過ごしたのは第二次大戦前であり、住宅事情も情報の流れも今とは全く違う。

先崎も、大山・升田のように師匠の家で下働きをしたり後援者回りの手伝いをした訳ではなく、いわゆる下宿に近い形だったと思うけれど、とにかく「同じ釜の飯を食べた」内弟子は、私の知る限り先崎が最後である。

先崎自身もA級に上がることはできたが、残念ながらタイトルには手が届かなかった。ただ、これは本人の才能や努力というよりも、同世代に羽生永世七冠がいた影響がきわめて大きい。羽生が一人で99もタイトルを取っていて、他にも森内、佐藤康光がいるとなれば、他の同世代になかなかチャンスが回らないのも仕方がない。

うつ病の症状として、夜いつまでも眠れない、朝になってもベッドから起き上がれない、何をしても集中できない、などは予備知識として持ってはいた。とはいえこの本の中で、プロ棋士歴30年を誇る先崎が七手詰めをどうしても解くことができなくなるというのは衝撃だった。

自分に置き換えて考えると、キーボードのどこに何の字があるか分からないとか、アプリケーションがどうしても開けないとか、そういうことになるんだろう。となると、気分が落ち込んだとか、どうしてもやる気が起きないとか、そういう症状とはレベルが違うということである。

半世紀前の精神疾患の知識というのはたいへん遅れていて、クレッチマーの3類型とか、性格的な偏りが極端に出るのが精神疾患というような考え方であった。しかし、このような実際の症状の説明を受けると、体形とか性格の偏りとはおそらく関係ないと見当がつく。

うつ病の大きな原因は過大なストレスで、そのストレスが胃腸や循環器系に症状が出るか、情報処理(脳)に出るかの違いだけである。肥満型の人だけがうつを患うわけではないし、普通に考えると粘着質の人はうつになりやすい気がする。

この本の中にも、「うつ病はこころの病気ではなく脳の病気だ」ということが書いてある。かつては精神疾患と体の病気とはちょっと違ったとらえ方をされてきたが、脳も体の一部である以上、消化器系や循環器系の疾患と同様のアプローチが可能なはずである。

実際、fMRIやPETといった最先端医療機器により、脳のどの部分の異常がどういう症状に現れるかという研究は、近年急速に進んでいる。近い将来、うつ病のメカニズムもかなりの部分まで解明されることになるだろう。3類型とか気質とか性格とかいうアバウトな議論ではなく、脳の機能と症状が関連付けられることになると思う。

精神疾患の中には、脳の機能の問題もあれば、遺伝的な要因もあれば、ストレスや生活習慣によるものもある。当たり前だが、症状も治療法も予防法も違う。ということは、身体の疾患とほとんど同じということである。

[Sep 18, 2019]


われわれ世代には将棋界最後の内弟子として有名な先崎九段。2017年度にうつ病で休場した際の体験談。うつ病について新たな発見の多い本です。