088 北岳 [Jun 25-26, 2019]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

次の山行はキャンプを予定していたのだけれど、梅雨に入ってしまい大気状態の不安定な日が続いた。去年のように梅雨の中休みがないものだろうかと待っていたのだけれど、なかなかそういうチャンスはない。天気が悪い日のテント泊は上高地で懲りたし、雨上がりで虫が多くなるのも嫌だ。

すると、天気予報では6月25日~26日の2日間だけいい天気という予報が出た。前日午前中まで雨で、翌日も雨というまさにピンポイントである。テン泊は無理でも、小屋泊まりなら大丈夫そうだ。(実際に、翌日には台風3号が接近した)

たまたま少し前のBS・新日本風土記の再放送で、農取小屋のじいさんが出ていた。農取小屋まで2日では難しいが(そもそも小屋の難易度が高すぎる)、せめて北岳くらいは何とかならないか。前の週からバスが走っていて、まだそれほど混まない時期でしかも平日である。

午前中のバスで広河原まで入って、白根御池小屋に1泊。翌朝は早出して北岳を往復、そのまま広河原に下りて16時40分のバスに乗ればいい天気のうちに戻って来られる。万一バスの時刻まで下山できない場合には、広河原山荘に後泊ということになる。そうならないよう、2日目はできるだけ早く行動しなければならない。

6月25日、始発電車で都心に向かう。7時のあずさに乗れればいいと思っていたが、6時過ぎに新宿。駅で50分待っているのも何なので、そのまま各駅停車に乗っていた。車内放送で、国分寺から特快に乗ると立川で大月行に接続するという。せっかくのご案内なので、そうすることにした。

甲府までこのまま各駅というつもりではなかったが、できるだけ先で特急に乗り換えれば特急料金が安く済むと思ったからである。しかし、この春からあずさが全席指定になったことまでは知らなかった。大月で駅の掲示を見てそれを知り、いったん外に出て甲府までの特急券を買う。750円と安く済んだが、車内で買うと少し高くなるらしい。

甲府駅には8時半着。バス停には見たところ20人ほどの登山客が並んでいたが、これなら座れるだろうとコンビニで飲み物を買っていた時間が余計だった。バスは普通の路線バスで、座席よりも立った客を乗せる仕様である。私の2、3人前ですべての座席が埋まり、立ってバスに乗ることになってしまった。

広河原まで2時間立ちを覚悟したのだけれど、幸いに立っているのは10人ほどでスペースには余裕があった。そして、夜叉神峠で10人ほど下りたので、甲府から乗った人は全員、最後の30分座ることができた。

贅沢は言えない。というのは、見た目80代のシニア添乗員2名が最初から最後まで立ったままなのである。この添乗員は案内とか切符の回収など昔の車掌さんの仕事の他に、林道に入ってからの対向車との無線連絡の仕事もしている。大型車がすれ違いできない狭い道である上に、カーブの連続で運転手が無線をやりながら運転というのは危険なためであろう。

11時少し前に広河原到着。広河原は南アルプスの玄関口という印象があるけれども、ビジターセンターとバス乗り場の他には何もない。ビジターセンターに入ると、トイレは水洗なのだが手洗いはアルコールである。往きはいいけれども汗だくで下りてきて顔も洗えないのは厳しいなと早くも帰りのことが心配になった。

通行止めゲートを越え、TVによく出る吊り橋を渡ると広河原山荘である。川に面した場所にベンチがあったので、登りに入る前にお昼にする。COMOの長期熟成パン、パインヨーグルト味である。食べている後ろを、プロパンガスのボンベを運ぶ業者さんが通り過ぎた。ここまでは車で運べるが、この先はヘリでしか運べない場所になる。

この日のリュックは11kg。いつもよりは重いが、キャンプ用品がないのでまだ大丈夫のはずである。歩き始めは意識してゆっくり歩く。後ろから来る人達にはパスしてもらう。見た目ゆっくりな人も、追い抜かずそれ以上にゆっくり歩く。数年前、いい気になって飛ばした大山で大変な目にあっている。

大きな水音を聞きながら、沢に沿ってしばらく歩く。合流する小さな沢を越えると、直進する大樺沢ルートと離れて右に折れるのが白根御池小屋へのルートである。ここから標高差およそ600mの急坂であるが、なぜか登りではそれほどの急傾斜とは思わなかった。早起きして7時間の移動後ではあったのだが、まだ体力に余裕があったのかもしれない。

ここの登りでは目標にしやすいベンチが2つある。第一ベンチには12時35分に着いた。近くの案内表示に「広河原から登りで1時間20分」と書いてあったので、あんなにゆっくり登ったのにコースタイムより早いとびっくりした。次の第二ベンチまで20分と書いてあるのを消して40分とある。きっと登りが40分下りが20分なんだろうと思った。

表示どおり、40分で第二ベンチ。ここからしばらく登ると、ほどなくトラバースとなる。こんなに早くトラバース道に出られるとは思わなかったので、すごくうれしい。しばらくすると、「白根御池小屋まで20分」という看板が出てくる。あと20分ならすぐのはずなのだが、もちろんそんなに楽ではなかったのである。


甲府からのバスは満員で立たなくてはならなかった。初めての広河原は南アルプスの玄関口だが、北アルプスの上高地とは大分違う。


白根御池小屋へは標高差600mの登り。第一・第二ベンチが目標となる。ここは第二ベンチ。


第二ベンチから標高差150mほどで稜線だが、アップダウンがありそれほど楽ではない。「御池小屋まで20分」のこの看板から、往きは30分、帰りは35分かかった。

 

「白根御池小屋まで20分」の表示を見てうれしくなってしまったのだが、これは早合点であった。標高差のほとんどないトラバース道なのだがいくつも沢を越えるのでアップダウンがあり、距離もかなり長い。往きではここから30分かかった(帰りはもっとかかったのだが)。

それでも、それほど消耗せずに小屋が見えてきた時にはうれしかった。建物は見た目にも新しく、テントもいくつか見える。到着したのは14時35分。広河原から3時間15分だから、ほぼコースタイムである。帰りは2時間で下れると思ってしまい、翌日大変な目に遭うのだが、それはまだ後の話である。

受付をしてびっくりしたのは、建物が新しいだけでなくスタッフもみんな若くて、小ざっぱりしていたことである。男の子も女の子も20代そこそこで、みんなきびきびと働いている。農取親父の新日本風土記を見たばかりなので、あまりのギャップに驚いてしまった。

指定された布団は「シナノキンバイ青の4」、この部屋は8人部屋で、青というのは1人布団1枚の番号だった。赤の番号は2人で布団1枚である。赤にならなくてよかった。2階の隅にカーテンで仕切られた更衣室があり、トイレは1、2階とも水洗。廊下とトイレは常夜灯があるので、夜もヘッデンなしで大丈夫。ただし、部屋が一杯だと人を踏んづける危険はある。

夕食まで2時間以上あるので、着替えてゆっくりする。備え付けのサンダルで外に出てみた。白根御池は思ったより小さかったが、すぐ横の斜面はかなり上まで雪渓なので、夏になるとこれが溶けてもう少し池が大きくなるのだろう。

この池は日照りの時でも枯れることがないため、昔は雨乞いの儀式が行われたという。説明看板には牛の骨と書いてあったが、愛読する筒井功氏によると、雨乞いは古くは牛の生首がいけにえであったらしい。わざと穢れたものを投げ込むことにより、水神を怒らせて雨を降らせるのだという。

その後は小屋に戻り、大広間でビールを飲みながらまったり過ごす。大広間はフローリングで、ストーブが焚いてある。壁に寄りかかってビールをいただきながら、置いてあるガイドブックやコミックスを見る。コミックスの種類は「マスターキートン」や「のだめカンタービレ」などがあり、新旧ランダムであった。

夕方5時になり夕食。この日は天気がよく予約なしのお客さんもいたようで、5時と5時半の2回。私は到着も早かったので、5時の1番テーブルを指定された。すでにご飯とお吸い物がセットされていて、お代わりもスタッフがよそってくれる。

おかずはお重にセットされていて、酢豚(鶏かも)、タケノコとシーチキン、切干大根、ポテトサラダと刻みキャベツ、お新香、デザートに餡団子もある。食材の調達もヘリか歩荷なので、それを考えるとたいへんに手が込んでいる。もちろん、おいしくいただいた。

夕食後に、朝のお弁当が配られる。翌朝の朝食時間が5時からだったので、少しでも早く出たくて弁当に替えてもらったのだ。夕食が終わって部屋に戻る。この時は気付かなかったが、飛び込みのお客さんがさらに続き、談話室に使われていた大広間に泊まる人も出たのであった。

この日の朝が4時起きだったので、6時を過ぎたら布団で横になる。敷布団も掛布団も真新しかった。掛布団は羽毛布団が1人2枚。夜中にかなり冷えたので2枚とも使った。うとうとしている間に午後8時の消灯時間となった。部屋は8人満杯で、お向かいの人と足がぶつかるが、贅沢は言えない。かつての尊仏山荘のように大いびきの人がいないだけで十分である。

トイレに一度起きたら、頭痛がした。高山病の症状かもしれない。手探りでロキソニンを出して飲んだら次のトイレの時にはおさまっていた。熟睡できたのは3時間くらいだったが、時間を見ると午前3時になったので起きることにした。

荷物とお弁当を持って1階へ。大広間が使えると思っていたら寝ている人がいて使えなかったので、ロビーの椅子に座り常夜灯の下でお弁当の朝食。ポットにお茶が用意されていたのはありがたかった。暗くておかずが何だがよく分からなかったが、白いご飯に鮭の切り身、野菜炒め、梅干、ふりかけといったところだろうか。

食べている間に、何人か出発の用意をした人が下りてきた。やはり、早出の人はいるようだ。4時ちょうどに出発。東側・鳳凰三山の山際は少し明るくなっているが、これから登る北岳方向はまだ暗い。中空に、右側の欠けた下弦の月が光っている。

行先表示にしたがって登山道を目指すが、その方向は雪渓である。踏み跡があるのと、車の轍のような2本線が見えるのでここを登ればよさそうだが、先行者の姿は見当たらない。後から分かったのだが、この2本線はスキーであった。

雪が凍って滑るので、用意してきたチェーンアイゼンを装着する。こういう予定外の時間がかかるから、早く出るに越したことはないのだ。夏になると伸びた草をかき分けながらの急斜面で、まさに「草すべり」の名前のとおりになるらしいから、時間的にはかえって短く済んだのかもしれない。


白根御池小屋。標高2236m。建物はきれいで従業員さんも若い人が多い。お布団が柔らかくて気持ちいい。宿泊者は中トイレなので基本ヘッデンなしで大丈夫。


白根御池小屋夕食。この日のおかずは酢豚(鶏?)とポテトサラダ、タケノコとシーチキン、切干大根など。先日農取小屋のTVを見たばかりなので、その格差に驚いた。


翌朝は4時に出発する。白根御池湖畔からいきなりのアイスバーンで、チェーンアイゼンが役に立った。

 

さて、私がこれまで到達した最高地点は立山・一ノ越の2705m、泊まった最高地点は尾瀬沼ヒュッテの1670mである。北岳の頂上に到達すれば初めての3000m越えだし、白根御池小屋の2236mという高さで泊まったのも初めてである。

標高0mと比較すると2200mで酸素濃度が80%弱、3000mでは70%まで低下するといわれる。人により、あるいは体調によっては高山病の症状が出る危険がある。だからヒマラヤへの遠征では高地順応として薄い空気に体を慣れさせる必要があるが、日本で2番目の山に登るのだからそのくらいは注意しなければならない。

ということで、いくつか準備した対策があった。一つは、前に書いたように、意識してスローペースで歩くことである。後ろから来た人にはどんどん先に行ってもらい、コースタイムは気にしない。白根御池小屋から北岳まで4時間のコースタイムだが、仮に6時間かかっても大丈夫なように4時に出発したのである。

もう一つは、大きなリュックを小屋にデポして、サブザックで往復することである。持ったのはヘルメット、チェーンアイゼンと、ヘッデンやツェルトなどの緊急用品、あと水と行動食である。

出発時には5kg近くあったかもしれないが、歩いている間に飲む水の分が減って4kgほどになっているはずである。小屋を出る時、私同様早出のおじさんに「荷物小さくていいなあ。僕もそうすればよかった」と感心された。

草すべりの雪渓急斜面をチェーンアイゼンで登って行くと、ガレ場の登山道が地上に現れる。白根御池を見下ろすと、スキーのジャンプ台のようだ。後続グループの何人かが雪渓の下部に見える。

当初計画では、5時半に宿を出発して、9時に肩の小屋、10時に北岳頂上と考えていた。実際には4時にスタートしたので、1時間半余計にかかっても大丈夫である。小屋の朝食を食べたグループが出発するのは早くて5時半だろうから、計画同様1時間半のアドバンテージがある。できれば、北岳まで追いつかれずに歩ければ最高である。

それでも、意識してゆっくり登るというのは高地では忘れてはいけない。スイッチバックの急傾斜が続く中で、さきほど雪渓取り付きにいたグループに抜かれたけれども、まだ時刻は5時すぎたばかり。朝食後スタートの組はまだ宿を出ていないはずだ。

気がつくと、谷を挟んだ反対側、鳳凰三山の方向から、太陽が登ってきた。朝日に照らされて、北岳から池山吊尾根にかけての残雪が光っている。2日限りの好天、まさに束の間の太陽である。

ここ草すべりの斜面は休めるところが少なく、時折現れる緩斜面で平らな石を見つけて座るくらいである。登り始めて約2時間、小広くなったスペースに資材や道具箱が置かれている場所が現われた。「植生保護柵」の説明看板があり、シカの食害から保護するため柵を設けたと書いてある。そろそろ標高2800m、こんな高いところにもシカがいるんだ。

その柵のすぐ上が、沢ルートへの分岐であった。ここで抜かれた単独行の女性から「富士山はどちらでしょうか」と聞かれた。「もう少し高い場所なら見えるんじゃないでしょうか」と返事したのだが、実際に、ここと小太郎尾根分岐の間で、池山吊尾根の向こうから富士山が現われたのだった。

下山時の話になるが、このあたりでカメラや録音機材、無線を持った10人ほどのグループがロケをしていた。前日に白根御池小屋に泊まったおばさんの話では、ロケをしているのは工藤夕貴らしい。「ほら、井沢八郎の娘の」と話していたのだが、若い連中は井沢八郎なんて知らないだろうと傍から聞いていて思ったのだった。

私の若い頃、カラオケで「ああ上野駅」を唄うオヤジはまだ何人かいたものである。それにしても、ここまで登って来るのに広河原から5時間はかかる。いくら自然派とはいえ、なかなか大変である。しかも好天はこの2日だけで、次の撮影は1週間2週間先になる。そうするとまた、5時間登って下りてを繰り返さないといけない。

植生保護柵分岐からは比較的傾斜が緩やかになり、やがて上の方に雪をかぶった稜線が見えてきた。小太郎尾根分岐である。先が見えてきたのでうれしくなる。そして、スイッチバックを登って雪の稜線に出た。向こう側からは、これまで見えなかった南アルプスの峰々が姿を現わす。

雪を被っていたのは小太郎尾根分岐に至る北側の斜面で、アイゼンなしで50mほど登るとすぐ雪のない登山道に出た。6時40分、小太郎尾根分岐に到着。すでに標高は2872m、過去最高地点を更新した。今回もっともハードと想定していた草すべりからの急斜面を登り切ったが、まだ余裕があるし、時間も十分にある。あとは頂上まで行くだけである。


草すべりの最上部からさらに急傾斜が続く。鹿害防止の保護柵の先が沢を登るコースとの分岐で、このあたりから比較的楽になる。


小太郎尾根分岐が近づくと池山吊尾根の向こうから富士山が顔を出す。下山時にこのあたりでロケをしていた。同宿のおばさん情報によると工藤夕貴らしい。


ようやく稜線の下まで来た。雪を被っている上が小太郎尾根分岐。

 

小太郎尾根分岐からしばらく、なだらかな稜線歩きである。後方に甲斐駒ヶ岳、左に鳳凰三山、右に仙丈ヶ岳を望み、天気は絶好。少し風が冷たいが、それで空気が澄んでいると思えば何でもない。来てよかったと思った。

小太郎尾根分岐から肩の小屋まて約30分。途中1ヵ所に岩稜帯が現われたので用意したヘルメットを装着する。このあたりはすでに森林限界を越え、ハイマツと小さな草花が生えているだけ。岩の上にペンキで丸印や矢印、×点が描かれているのは、いよいよ3000mという気分である。

肩の小屋には7時20分到着。予定した時間より1時間半以上早く、うれしくなる。白根御池小屋から3時間20分は、ほぼコースタイムである。せっかくここまで早く来たのだから頂上までさっさと行ってしまおうと、小休止してすぐに出発した。

肩の小屋から北岳頂上までは40分と肩の小屋のHPに書いてあるし、ガイドブックのコースタイムもそう書いてあるのだが、実際には40分では着かない。ほとんど岩の上を進むのでそんなに飛ばせないし、下る人とのすれ違いもあるので待ち時間もある。私の場合、登りに55分、下りに50分かかった。

頂上かと思って岩を登って行くと、そこが頂上ではなく一度下ってまた登るを2、3回繰り返す。いくつめかのカーブを過ぎると、前方に横長の頂上と、その上に立つ人達が間近に見える。ついに日本第二の高峰、北岳頂上である。

山頂到着は8時半。肩の小屋から1時間近くかかったけれども、それでも予定よりかなり早いし、白根御池小屋からの登りを4時間半でこなしたのは自分でも上出来である。山頂直前で、昨日も抜かれたおじさんに追いつかれた。「あれー、どこで抜かれたかなあ?」と言うので、「早くに出発しましたから」と答えた。なんだかうれしい。

早く着くことができたので、山頂ではゆっくりして景色を楽しむ。北岳の山名標と三角点は登ってきてすぐの場所にあるが、最高点は少し間ノ岳方向に進んだ場所にある。三角点は3192.5m、最高点は3193mである。

最高点まで進んで、間ノ岳方面を望む。眼下の鞍部には、北岳山荘が見える。稜線は間ノ岳、さらに農取岳へと続く。農取小屋は間ノ岳から下った鞍部にあり、ここからだと4時間くらい。11時に山頂を出れば午後3時には着く。白根御池小屋泊ならば、農取親父に「Too late」と言われることはなさそうだ。4時過ぎて着く人は、おそらく逆方向から登ったんだろう。

ちなみに、羽根田氏の遭難本に今回のルートとよく似た事例が載っている。ただ、その事例は広河原に14時着で白根御池小屋までコースタイム以上かけて歩くという時点で計画がおかしいし、翌朝7時半出発で肩の小屋に12時着というペースならもっと早出しろということである。

この事例はおそらく高山病の可能性が大きいと思うが、単独行するならもっとちゃんと計画すべきで、山小屋には少なくとも15時到着が原則。こういう人こそ単独で山に登ってはいけない。遭難して当り前である。(この事例では北岳山荘17時着で翌日道迷い遭難)

山頂の東側にはまだ雪が残っているが、登山道は南北に通っているので雪の上を通ることはない。山名標は仙丈ヶ岳をバックに掲げられていて、このポイントで写真を撮る人が多かった。先ほどまで強かった風も山頂では弱くなり、景色を楽しむのにこれ以上ない好条件となった。

午前9時が近づくと、山頂には次々と後続グループが登ってきた。聞き覚えのある声が多かったので、おそらく白根御池小屋で朝食後スタートした組が3時間~3時間半かけて登ってきたものと思われた。私もそろそろ下山するとしよう。


難所・草すべりを完登、小太郎尾根分岐で稜線に出る。北岳までもうすぐだ。


小太郎尾根分岐から30分で肩の小屋。ここから見える北岳は三角点より前の峰なので、肩の小屋のコースタイム40分ではちょっと厳しい。


北岳頂上に向けての岩稜帯。このあたりではヘルメット装着。岩にペンキで矢印が描かれているので、それを追って歩く。

 

計画では10時の下山予定が9時になったので、来た道を戻らずに間ノ岳分岐から八本歯のコルを経由して帰ろうかと一瞬思った。しかし、1/25000図を見ると相当に距離があるし、登る途中で見えた八本歯のギザギザがかなり凶悪に見えたので、予定どおり来た道を戻ることにした。この判断はたいへんよかった。

肩の小屋に戻ったのは9時45分。休憩して何か飲もうとも思ったのだが、まだ標高差1000m以上あるのにビールという訳にはいかないし、ドリンク類はそれほど冷えていそうでない。水も白根御池小屋までもちそうだったので、何も買わずに引き上げたのは申し訳なかった。せっかくこんな高地で営業しているので、何か協力したかったのだが。

一息ついて、下りに向かう。小太郎尾根分岐までの道は、気持ちいい稜線歩きだ。今度は正面に甲斐駒ヶ岳、その後ろに八ヶ岳、左に仙丈ヶ岳、右に鳳凰三山である。朝方は逆光で見にくかった鳳凰三山がよく見える。地蔵岳のオベリスクが天に向かってそびえていた。

先週書いたように、小太郎尾根分岐かの下りではロケ隊に会った。狭い登山道なので、登山者が来るたびによけるのが大変そうだった。下りは登りと違って息が切れないので、このあたりは快調。11時半には白根御池が見えてきた。

最後の雪渓ではツボ足で行こうとして滑って転んだので、登り同様にチェーンアイゼンを着けて下りる。着脱の時間がかかったので、白根御池が見えてから小屋に着くまでずいぶん長かったが、12時20分に到着。

考えていたよりかなり早かったので、小屋でカレーライスと桃のソフトクリームでお昼にする。カレーができるまでの間、荷物を整理する。桃ソフトはソフトクリームというよりシャーベットだったが、標高2200mで冷たい物が食べられれば文句ない。時間がなければカロリーメイトの予定だったので、カレーライスはご褒美である。

ゆっくり休んで、午後1時前に出発。登りは3時間ちょっとだったので、下りはコースタイムの2時間は無理としても、2時間半くらいだろう。3時半には広河原に着けるから、ビールでも飲もうかなどと気楽なことを考えていた。ところがここからの下りが、今回遠征で最高にきつかったのである。

白根御池小屋からのトラバース道は長いのが分かっていたので、「あと20分表示」まで30分以上かかったけれど特にどうとも思わなかった。小屋までは軽いサブザック、小屋でデポしたリュックに詰め替えて10kgと重くなったので、まあ多少は時間がかかっても仕方がないと思っていた。

ところがスイッチパックの下りに入ってから、まったくスピードが上がらないのである。登る時は急傾斜でも休み休み行けばそれほどにも感じなかったのだけれど、下りでは転げ落ちそうなくらいの傾斜に見えて、しかも段差は半端なかった。そのたびに一度止まって、手掛りを確保して、ようやく足を下ろすという連続である。

第二ベンチまで休みなしに下ったのに、白根御池小屋から1時間10分。登りで1時間ちょうどだったから、登りより下りの方が時間がかかっている。これは予想外であった。

第二ベンチから第一ベンチも遠かった。このあたりになるとヒザに力が入らなくなって、段差を下りるたびに息を整えなければならない状況である。これは参った。朝4時に出発したからよかったようなものの、予定どおり5時半スタートだったら確実に間に合わなかっただろう。

後ろから来るグループにパスしてもらうのだが、追い抜かれるとあっという間に見えなくなってしまうほどのスピード差である。自らを叱咤しながら急傾斜を下る。自分が情けないが、そんなことを思っていても仕方がない。まだバスの時刻には間に合いそうだ。

第一ベンチに午後3時前到着。10分休んで3時ちょうどに出発。ここから登りで1時間20分。バスが16時40分だから何とかなりそうだけれど、こんなに苦戦するとは思わなかった。よく考えれば北岳頂上からすでに標高差1000m下っているのだから、体が動かないのも無理はないのだが。

沢コースの分岐で時間を見ると15時55分。何とか間に合いそうだ。しかし、ここから先の緩やかな下りでも、足がなかなか前に進まない。後続グループに、どんどん追い抜かれる。広河原山荘でビールなんてとんでもない話で、何とか体をひきずってバスターミナルに急ぐ。広河原バスターミナル着は16時15分。白根御池小屋から3時間20分かかった。


ついに北岳頂上が見えた。平らな頂上の左に三角点があり、右が3193mの最高点。言うまでもなく、富士山の次に高い。


北岳最高点から三角点方向。東斜面に残雪が見える。左後方に甲斐駒ケ岳、その後ろに八ヶ岳。


こちらは間ノ岳方向。三角点から下った鞍部に、北岳頂上小屋の屋根が見える。

 

なんとか16時45分の最終バスに間に合った。広河原ビジターセンターに水がないことは分かっていたので、汗を拭いてバスを待つ。

さて、こういうときのために「ふくだけシャワー」というタオル大のウェットティッシュがある。今回の山行では用意していなかったもののホームセンターに行けばいろいろな種類のものを売っている。山小屋は風呂がないところが大部分なので、泊りがけの時には用意しておくべきであろう。(さっそく買った)

ということで、汗臭いままで甲府までのバスに乗る。来る時と違って席は半分くらいしか埋まっていない。乗車券売り場のおじさんのいうことには、1つ前の便がたいへん混んでいたようであった。

夜叉神・芦安から乗ってくる人もほとんどおらず、席に余裕があるまま市内に入る。しかし、ここからが難儀だった。平日の夕方6時であるから、帰宅ラッシュに巻き込まれてバスが進まないのである。20分ほど遅れて甲府駅に着いた。

さて、ここからの予定であるが、できればひと風呂浴びて帰りたい。すでに甲府なので、特急に乗れば1時間余りで新宿まで戻れる。甲府駅の周囲にはサウナも温泉も見当たらないので、各駅に乗って10分ほどの石和温泉に行ってみた。

事前にWEBで調べたところでは、入浴施設が遅くまでやっていて、駅まで送迎バスも出ているらしい。中には、そのまま仮眠室で翌朝まで休めるところもあるようだ。手元にタブレットがないので確証はないものの、おそらく駅まで行けば何か案内があるだろう。

と思ったのだが、石和温泉駅の周囲はきれいに区画整理されているものの、日帰り温泉の送迎バス乗り場などどこにもない。案内板も何も見当たらず、どうやら電車利用の一見客は想定外のようだ。温泉街まで結構距離があって歩くにはつらいし、タクシーを使ってまで行きたくない。

ということで、結局次の電車で甲府駅に戻り、高速バスで帰ることにした。幸い、席には余裕があって隣が空席だったので、風呂に入っていないのを気にしなくてもよかったのはありがたかった。

ただ計算外だったのは、コンビニに寄る時間がなくパーキングで休憩時間もなかったことから、自販機で買った飲み物と非常食のカロリーメイトで夕飯にするしかなかったことである。昼食を白根御池小屋でとったので非常食が残っていたからよかったものの、これがなかったら厳しいところだった。

新宿に着いたのは午後10時過ぎ。ここからは一杯飲んで帰る人達と一緒の電車で、酒やらギョウザやらケンタッキーのにおいが車内に充満していて、自分のことはあまり気にならなかった。

家に着いたのは11時半近くなった。朝3時起きで日本第二の山に登り、一気に下りてきてその日のうちに家に戻ってこれたのは大したものである。下りる時たいへん痛んだ足も、それほどひどいことにはならず、2019年春の山が無事終わったのは何よりのことであった。

[Oct 14, 2019]

この日の経過
広河原(1529) 11:20
11:45 大樺沢分岐(1649) 11:45
12:35 第一ベンチ(1909) 12:45
13:25 第二ベンチ(2079) 13:35
14:05 あと20分表示(2212) 14:05
14:35 白根御池小屋(2236) 4:00
5:15 草すべり上部(2527) 5:20
6:05 植生保護分岐(2737) 6:10
6:40 小太郎尾根分岐(2872) 6:50
7:20 肩の小屋(3015) 7:35
8:30 北岳(3193) 8:55
9:45 肩の小屋(3015) 9:55
10:20 小太郎尾根分岐(2872) 10:25
10:50 植生保護分岐(2737) 11:00
12:20 白根御池小屋(昼食)12:55
13:30 あと20分表示(2212) 13:30
14:05 第二ベンチ(2079) 14:10
14:50 第一ベンチ(1909) 15:00
15:55 大樺沢分岐(1649) 15:55
16:15 広河原(1529)
[GPS測定距離 初日 3.2km,2日目 9.0km 合計 12.2km]


この日は好天で、登山道から仙丈ヶ岳が雄大な姿を見せた。後方には中央アルプスの峰々、右奥には遥かに雪をかぶった北アルプスを望む。


帰りの肩の小屋から小太郎尾根分岐までの道。この日ほとんど唯一、私好みのゆるやかな稜線でした。朝方は逆光で写せなかった鳳凰三山がちらっと見える。


小屋に戻ってデポしたリュックを回収し、カレーとソフトクリームで昼食。この後、広河原まで下るのがきつかった。