630 六十三番吉祥寺 [Oct 10, 2018]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

この日三つ目の札所となる吉祥寺(きちじょうじ)に向かう。「遍路地図」には「きっしょうじ」と表記されているが、霊場会HPの表記も山門前の振り仮名も「きちじょうじ」である。われわれ首都圏の人間からすると、三鷹の先の吉祥寺と同音の方がなじみ深いが、タクシーの運転手さんも「きっしょうじ」と言っていたから、何か由来があるのかもしれない。

香園寺、一ノ宮と同じく小松の市街地にある。次の六十四番前神寺も3kmほどしか離れていない。半径3km以内に札所が4つも集中するというのは、県庁所在地を除くと観音寺とここ小松くらい。小松の場合は、聖地石鎚山と関係が深いからであろう。

一ノ宮から吉祥寺まで国道11号線を歩く。片側一車線の両側に狭い歩道があり、古い商店街が続いている。いくつかの店は閉店しているようだ。壬生川駅近くは県道なのに片側2車線で歩道も広く、大きなロードサイド店が続いていたのとは対照的である。

小松は江戸時代に小松藩が置かれていたが、1万石の小藩だったため城はなく、陣屋で政務が行われていた。一方で川を隔てた壬生川は十五万石・松山藩で、港湾が発達し物資の集積・中継点として栄えた。そうした背景から、経済力の違いが今日まで影響しているのかもしれない。

暗かった空から、とうとう雨が降り出した。ぽつぽつという小雨だったので、折り畳み傘は温存しモンベルのフィールドアンブレロにビニルカバーを付けて傘の代わりにする。

このモンベル社の新兵器は今回新調した笠タイプの帽子で、折りたためてかさばらない上に天然素材で見た目は遍路笠のようでである。例によって「いっぽ一歩堂」で購入したのだが、少々の雨ならこれだけで足りるし、強い日差しを遮ることができる。なかなかの優れものである。

五来重氏の考察によると、横峰から前神に至る札所はいずれも石鎚山への経路にあたり、石鎚山をご神体と崇める修験者達の修業の場だったという。なるほど、いまであればロープウェイで成就社に登るか石鎚スカイラインで土小屋に行くのがスタンダードだが、足だけが頼りならこのあたりから登る以外に方法はない。

吉祥寺も、「昔は今の地より東南にあたり十五町許をさりて山中にあり」と霊場記に書かれているように、石鎚ロープウェイに至る途中にあった。多くの堂宇を有する大寺院だったとされるが、毛利と長宗我部の戦いで火を掛けられ全山焼亡した。江戸時代初めの霊場記挿絵では、本堂と大師堂しか描かれていない。今日でもほぼ同じである。

密教山吉祥寺(みっきょうさん・きちじょうじ)。吉祥寺という寺号ではあるが、吉祥天は脇侍であり、本尊は毘沙門天。弘法大師御製と伝えられるが、天部のご本尊というのはたいへん珍しく、八十八ヶ所ではここしかない。

毘沙門天を重視するのは修験道である。だから境内に毘沙門天をお祀りしているお寺は少なくないが、ご本尊となるとまた別格である。石鎚修験の色合いが色濃く残った霊場といえるだろう。

国道沿いの入口は通用口でトラロープが張ってあり、「正門からお入りください」と書いてある。細い路地を用水路沿いに20mほど入ると山門である。新しい表札には寺号とともに、「本尊 四国唯一体毘沙門天王」と書かれている。

変わっていたのは、石灯籠は分かるのだが、灯籠とともにそれほど古いものではないが左右一対の象が置かれていたことである。狛犬ならぬ狛象である。徳島の鶴林寺に狛鶴がいたけれども、狛象は初めて見た。寺に置かれているのはたいへん珍しい。

象といえば聖天である。調べたところ、聖天の守護神が毘沙門天ということである。この後、石鎚山前衛の山々を回る途中で、象とか歓喜天(聖天)の絵をいくつか見た。あるいは石鎚信仰と聖天には関係があるのかもしれない。

本堂は間口が広く、たいへん立派である。戸が閉ざされていて、ご本尊の毘沙門天像を見ることはできなかった。大師堂は本堂のはす向かい、やや小ぶりで、国道沿いの通用門近くにある。


吉祥寺は八十八ヶ所で唯一毘沙門天をご本尊とする。門前には象がお出迎え。


吉祥寺本堂。境内はそれほど広くないが、間口が広くたいへん立派な本堂である。


本堂よりやや小ぶりな大師堂。右に見える屋根は本堂で、回廊でつながっている。この左に通用門があり、背後は国道11号線。

 

お参りを終えて納経印をいただくと午後3時過ぎであった。この日の宿である小町温泉しこくやへ行くには2km先の小松総合支所からバスだが、この時間だと間に合わずその次は2時間先である。

仕方なく、遍路地図に書いてあったタクシー会社に電話すると、5分も経たないで通用門のところに車が来た。トラロープをまたいで境内から出て、乗せていただく。

「ちょうどお遍路さんを石鎚山の駅まで乗せたところだったんで、すぐに来れました」

石鎚山駅は吉祥寺のある伊予氷見のひとつ先の駅で、国道11号を3kmほどである。すごいタイミングだ。

話を聞くと、前のお客さんは高知県の女性で、私と同様に区切り打ちで歩き遍路をしていて、前神寺までお参りしたらしい。四国だから首都圏の私より近いとはいえ、高知まで帰るとなるとけっこう時間がかかりますね、などと話をした。

国道11号線を小松に戻って、宿まではさらに先。料金は2,000円ちょっとかかった。小松周辺は宿泊施設の少ない地域である。かつて私が出張で来た時は壬生川のホテルを利用したが、それでも駅から7~8分歩かなければならなかった。

それも、全国規模ではなく地元資本の小さなビジネスホテルである。何かイベントがあるとすぐ満室になるし、他の選択肢も少ない。食事をとれる場所も遠いし、コンビニも近くにない。何かと不便だったのである。

そういえば、田川さんと蛭子の路線バスの旅でも、この周辺で泊まった時に、使っていない空き家のような所に案内されて、ビジネスホテル好きの蛭子が目を白黒させていた。

そんな具合で、ホテルをみつけるのはなかなか厳しい地域なのだが、今回は横峰寺登山道に近い「小町温泉しこくや」を選んだ。予約した時点では、翌日ここから横峰を目指すはずだったのである。

敷地内には食堂・土産物店と温泉施設、宿泊施設がコングロマリットになっていて、部屋は昔のビジネスホテルのようだ。フロントの奥が浴室で、銭湯風である。泉質は食塩泉・重曹泉で、低温で湧出した鉱泉を沸かしている。湯船は広く、内湯・露天・サウナ・水風呂とひととおり揃っている。

まだ初日だが、翌日以降のこともあるので洗濯はきちんとしなければならない。洗濯機が300円と高かったが、乾燥機は業務用なので100円で十分乾いた。この日家から着てきた登山用のシャツとスラックスを洗ってリュックにしまう。翌日からは速乾白衣の登場である。

食事は棟続きの売店・レストランでとる。夕飯にはお刺身と松茸のホイル焼き、朝食には鯛のお刺身をごはんに乗せて熱い出汁を注ぐ鯛茶漬が出た。これで1泊2食6,800円は、かなりのお値打ちである。

売店には多くのお土産品があったが、極早生のみかんが袋一杯入って300円、無地の今治タオルがやはり1枚300円だったのが目についたので、それぞれ1つずつ600円。この日は朝早かったので、みかんをいくつかつまんで午後7時半には明かりを消した。

この日の歩数は20,769歩、GPSで測定した移動距離は9.9kmでした。

この日の経過
三嶋神社 13:45 →[3.3km]
14:45 吉祥寺 15:05 → [タクシー]
小町温泉しこくや(泊)

[May 25, 2019]


小町温泉しこくや。計画では、ここから横峰寺登山道を歩くつもりだったが、登山道が土砂崩れにより予定変更を余儀なくされた。


この日の夕飯には、松茸のホイル焼きやさざえのお刺身が付いた。これで1泊2食6800円はお値打ち。