319 森達也「悪役レスラーは笑う」 [Oct 30, 2019]

ブログの書評ですでに「1984年のアントニオ猪木」「1、2の三四郎(w)」「伝説のパッチギ王」「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」などのプロレスものをとりあげているが、図書館の岩波新書の棚でこの本を見つけた。岩波とプロレスとは、なかなか妙な組み合わせである。

テーマとなっているのは、第二次大戦直後に米国の人気レスラーとなり、日本のプロレス草創期に大きな足跡を残したグレート東郷。2019年の現在では東郷といえばデューク東郷だが、50年前はグレート東郷の名前の方がずっと通っていた。

しかし、私自身も力道山との関わりでグレート東郷の名前を記憶していたので、あまり威張れたものではない。グレート東郷がスターとなったのは力道山より前で、米国プロレス界に地位を築いたからこそ日本に多くのレスラーをあっせんすることができたのである。

東郷の全盛期は力道山より約10年早い。当時のVTRを視聴した著者は次のように書いている。

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リングに登場した東郷は、紋付姿の従者を引き連れている。小柄な東洋人らしき従者がまず、リングの中央で香をたく。その前にひざまずいた東郷は、手にした茶碗に従者がそそいだ酒らしきものを口に含み、それからやはり従者から受け取った塩を、ゆったりとした動作でリングの四方に撒く。(中略)

映像はモノクロだからはっきりしないが、おそらくは相当に金ぴかの衣装なのだろう。最後に高下駄を脱ぎ、四股を踏んでから、東郷のセレモニーはやっと終了する。
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このセレモニーは、「1984年のアントニオ猪木」に書かれているゴージャス・ジョージのセレモニーとそっくりである。おそらく、ゴージャス・ジョージが始めたショー的要素を前面に押し出したパフォーマンスの二番煎じがグレート東郷であり、それが大戦直後の日本バッシングの空気とTV黎明期の需要に合致して人気を博したということであろう。

その人気たるや、ニューヨークMSGのメインイベントでアントニオ・ロッカと戦ったり、AWAの帝王バーン・ガニアとも対戦しているくらいだから、ヒールとして一流といっていい。その理由の一つとして、東郷はレスリングの基礎ができていたことがあげられる。ヒールだから反則だけしていればいいというものではなく、きちんとしたレスリング技術を知らなければ受け身もできない。

1940年代後半から50年代にかけてメインイベンターとしての実績を積んだから、東郷はプロモーターやレスラーに顔が利いたのである。後にジャイアント馬場が米国に武者修行に出された際、マネージャー兼プロモーターとなったのも東郷である。馬場によると東郷にはずいぶんピンハネされたということだが、当時の馬場と東郷の立場の違いからすれば仕方がない。

そういえば、「木村政彦は・・・」の本にも、やはり大戦直後に米国のリングに上がっていた木村政彦が、かなり高額のファイトマネーを受け取っていたと書いてある。毎晩豪遊して、日本の奥さんに高額な薬を送って、まだ余ったほどだという。現代の売れっ子芸人が吉本のピンハネなしで報酬を受け取っていたという感じだろうか。

当時、プロレスラーの国籍なんていい加減なもので、アフリカ出身・アラブ出身・インド出身などと称していても実際はアメリカ国籍、カナダ国籍がほとんどであった。「鉄の爪」フリッツ・フォン・エリックがナチスの末裔を称した悪役レスラーで、実際はユダヤ人だったなんてことは初めて知った。

さて、著者は関係者の多くが亡くなっている中、残された手掛りを追ってグレート東郷の正体に迫ろうとするが、豪邸も多岐にわたったはずのビジネスもどこに行ったのか全く分からない。調査が難しい原因の一つが、米国には戸籍がないことがある。そもそも世界で戸籍なんてものがあるのは日本と韓国くらいということも、この本を読んで初めて知った。

東郷はマフィアとも交流があったと書いてあるし、実際にショービジネスと暗黒街は隣り合わせだから、そうでない方がおかしいともいえる。東郷の死後、ビジネスが雲散霧消してしまったのも、そうした要因があるかもしれない。

第二次大戦中に強制収容所にいたらしいので日系人であることは間違いないし、関係者の証言から日本語に堪能だったことも確かなのだが、そのルーツは熊本、沖縄、朝鮮半島、中国など諸説あってどれが本当なのか分からない。本人も、いろいろな人に別々のことを言っていたようである。

著者はオウム関連の映画や著作もあって、麻原の人物像は警察とマスコミが作った虚像だという主張である。確かに、警察やマスコミが一般受けのしやすい単純な麻原像を提供し、国民全体がそれに乗ったということは言えそうである。麻原もオウムもそんなに単純なものであれば、あれだけ多くのカネや人材が集まったはずがない。

グレート東郷についても同様のことがいえて、「カネに汚い」「反則王」「日本人の面汚し」などというプロトタイプで東郷を理解したような気になっているが、世間もプロレスもそう一面的、単純なものではない。馬場や猪木にも多面性があるように、グレート東郷にも間違いなく多面性があり、それは世間一般の理解の外にあるのかもしれない。

[Oct 30, 2019]


お堅い岩波新書にしてはたいへん珍しいプロレス本。いまや、関係者の多くが死去している難しい取材ながら、みごとなドキュメンタリーに仕上がっている。