035 年金生活雑感 下り坂をゆっくり下る [Feb 20, 2020]

先日、題名につられて平田オリザの「下り坂をそろそろと下る」を読んだのだが、想像していたのと全く違った内容で、書評を書こうという気になれなかった。

この本では、「下り坂」といいながら文化活動という別の山に登ることが書かれている。せっかく経済成長という山から下りてきたのに、また違う山に登ってどうするのかと思う。まあ、作家であり劇団主宰者であり、地方活性化にお座敷のかかる人だから仕方のないことかもしれない。

私が「下り坂」と聞いてイメージするのは、しばらく前に「ポツンと一軒家」に出てきたある老人である。この人は、子供を育てるのに山の中で牛とか家畜を飼っていたのだが、いまや奥さんと二人になり、わずかな農地を耕すだけである。ずいぶん前から家畜小屋は使っていないので、そのコンクリ造りの基礎を手作業で崩していくのが毎日の仕事なのである。

「今年一杯で、この牛小屋は始末できそうだ。そうしたら来年は使っていない別の小屋を片付ける」と老人は言う。ポツンと一軒家だから放っておいても草に覆われてしまうだけだが、自分が動けるうちに、もとの姿に戻しておきたいというのである。

かつて家畜小屋の基礎であったコンクリを一年かけて金槌で叩いて崩す。そのがれきを片づけて、もとの更地に戻す。そうやってかつてあった状態に戻すのが、自分のすべきことであるという。「下り坂を下る」というのは、まさにこういうことを言うのではないかと思う。

自分が苦労して形にしてきたものは、自分が死んだ後も残したいと思いがちである。しかしよく考えると、これからも使うならともかく、すでに使っていないものを残されたところで、後の人はその片付けをしなければならない。だったら、自分ですべて片付けるというのは、よく考えると当り前のことである。

私は山歩きが趣味のひとつだが、「下り坂を下る」つまり下山時に多くの遭難事例が発生していることはよく知られている。一日のうちで最も疲れているのが下山時であるという身体的な問題とともに、登りでは緊張していたのに下りでは油断してしまうというメンタルの問題もあるとされている。

下山時に求められるのは何よりも無事に麓に着くことである。登っている時は目標を掲げたり負荷をかけて自らを高めていくことも重要だが、下りはそうではない。水も非常食も最低限でいいし、負荷をなるべく下げる、荷物を軽くすることが大切になる。

そして、励みになるのは無事に麓に着いて自らの健闘をねぎらうことである。登りでは達成感とか充実感というご褒美があるけれども、下りではそういうものよりも安心感が第一である。そして、それを分かち合うことができるのは自分しかいない。

もしかすると、このことは下りだけでなく登りもそうなのではないかと思ったりもするのだが、それはともかく、ポツンと一軒家の老人の域にまで達しないとしても、「下り坂を下る」については、背負っている荷物を軽くして、できるだけ身軽になることを心しておかなければならないと思う。

昨今話題になっている運転免許の返上についてもそうである。年甲斐もなく、重い荷物を持ったり遠くへ行ったりしようと思うから車が必要になる。そうではなくて、できるだけ荷物は持たない、歩いて行けない場所には行かないようにすれば、結構な維持費用のかかる車にいつまでも頼る必要はない。

後に残すものがあるとすればソフトだけで、ハードに類するものは意識して整理していくというのが、これから下り坂に向かうわれわれが考えるべきことのように思う。そのソフトにしても、手の届く範囲に縮小していくのがベターかもしれない。

[Feb 20, 2020]