752 番外霊場神野寺 [Sep 30, 2019]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

善通寺、金刀比羅宮を歩いてから1年。10回目となる四国遍路区切り打ちの時期となった。

「涅槃の道場」と呼ばれる讃岐・香川県に入ると、距離的にはこれまでのような長い歩きはない。だから八十八番まで歩くだけならあと5~6日あれば済むのだけれど、せっかくだから一番まで戻って四国一周を完結するとともに、高野山奥ノ院をお参りして結願とする計画を立てた。

いろいろ調べると、一周して一番に戻るという慣習はもともとなかったようである。とはいえ、八十八番と一番の間、三本松には四国総奥ノ院と呼ばれ、本州から四国入りする際の拠点となった與田寺がある。

また、行き倒れそうになったお遍路が助けてもらったお礼に贈ったサトウキビによって名高い和三盆が製造されるようになり、これを記念して祀られた向良神社もある。こちらも行かずに済ますのは惜しい。

その結果、今回の日程は9泊10日の長丁場となった。現地へのエアは残っていたマイルを使う。これで、マイル残高は0になる。すでにグローバルクラブは解約したけれど、これでJALとのお付き合いも一区切りである。そういえば、前回のお遍路から1年飛行機に乗っていない。乗らなければ乗らないで済むものである。

天気が悪いかもしれないし朝早いのもしんどいので前日入りする計画としたのだが、実際に台風18号の接近で微妙な空模様となった。

2019年の秋は週末になると台風が来て、台風15号では房総半島が大停電した。幸いエアをとった9月30日は問題なさそうで、荒天予想は10月1日から3日である。かつては10月に台風は来なかったものだが、前々回の区切り打ちでも10月半ばに台風が来て計画変更を余儀なくされたことを思い出す。

2019年9月30日、羽田空港は大混雑だった。早く家を出たからよかったようなものの、すでにグローバルクラブの会員ではないため荷物預けに40分並ばされた上に、結局時間ぎりぎりで別窓口に誘導される。すぐ後ろにオールブラックスの何人かが並んでいた。私より30cm背が高かったので、フォワードの控え選手だろうか。

高松空港到着は20分ほど遅れた。でも琴平行きのバスは到着を待っていてくれていて、急いで乗る。バスはレオマワールドを経由する。この施設はその昔、私が銀行で業界調査をしていたバブル最盛期、鳴り物入りでオープンした四国唯一の総合レジャー施設だった。

その後、バブル投資の他の例と同様、破綻して休園、再開園を繰り返して今日に至る。この名前を聞くたびに「レジャーは・大西に・任せろ」を思い出して(大西氏は当時の社長。レオマはこの頭文字をとったもの)、今でも苦々しい気分になる。なんでいつまでもこの名前を使うんだろう。

前回到達した琴電琴平駅前にある大宮前バス停で下車、JR線路の反対側にある琴平パークホテルまで歩く。風情のある古い商店が続く通りを、少し歩いて国道319号に出る。線路の金毘羅様側は観光客ご用達の街だが、こちら側は住民向けの街である。

飛行機が遅れたのでちょうど午後3時になり、チェックインし荷物を軽くして神野寺へ。ネット予約特典ということでスーパードライをいただき、冷蔵庫に入れておく。別格十七番の神野寺(かんのじ)は満濃池の畔にある。

空海が満濃池を工事したことは史書等に残されており、弘法大師が杖を突いたら水が出たという数ある伝説とは確実性が違う。善通寺からは琴平の先になり、七十六番金蔵寺とは反対側になるけれども、訪れるべき旧跡である。

当初の計画では、この日はゆっくり休んで翌朝からスタートしようと考えていたのだが、台風が近づいており翌日以降どうなるか不安である。雨も降っていなかったので、午後5時ぎりぎりの到着になるが神野寺に行っておくことにした。


ホテルに荷物を置き、満濃池にある神野寺へ向かう。


約1時間半で満濃池の下まで着いた。アースダムの堰堤が見える。


アースダムのすぐ脇に神野寺の山門がある。

 

この日は9月30日だが、まるで夏のように蒸し暑く、歩くそばから汗が噴き出してくる。満濃池はアースダムなので、平地ではなく山沿いにあるはずだ。先に見えている稜線のあたりだろうか。別格霊場のため道案内がないので、遍路地図と方角が頼りである。

1年ぶりとなるお遍路歩きだが、それほど間隔が開いたような気がしない。雲辺寺をめざして県境の峠道をまだ暗いうちから歩き始めたことも、死後の世界と呼ばれる弥谷寺からJRの駅まで歩いたことも、ついこの前のことのように思える。

もっと言えば、それ以前の区切り打ちである松山から今治までのロードも、足摺岬に向けて大雨の中歩いたことも、何年も前のこととは思えない。それほど早く月日が流れるということは、毎日の生活が充実しているということなので、ありがたいことである。

琴平の市街地から消防署の前を歩いていくと、あっという間に田園風景となった。川沿いに点々と農家らしき建物があり、背後には山並みが見える。あのあたりが満濃池だろうか。ずいぶん距離があるような気がする。

日は陰っているが蒸し暑い。太い道に出て、山に向かって行く。農協や消防団の表示をみると、このあたりの地名を「神野」というようだ。水田や畑の間を道が続いている。ずいぶん山が近づいてきて、アースダムの堰堤が見えた。

日が暮れてきたこの時間でも車は行き来するのだが、歩いているのは私ひとりである。蜘蛛の巣の多い坂を登って行くと、堰堤の脇に出た。遍路地図では神野寺は山道を入っていくように見えるが、堰堤のすぐそばがお寺であった。

五穀山神野寺(ごこくさん・かんのじ)、空海が建設した満濃池の畔に建つ。五穀山の山号は、この池が灌漑用に作られ、農業生産に貢献したことにより名付けられたものと思われる。

天正の兵火により焼失し長らく廃寺となっていたが、昭和九年、弘法大師千百年遠忌の年に再建された。別格二十霊場の一つである。参道の奥に本堂があり、本堂の前に石段がある。それを登って行くと弘法大師の銅像があり、満濃池を見守っていた。

本堂に戻り、今回はじめての読経。般若心経を唱えていると奥からご住職が納経所に出てこられた。また若いご住職で、遅い時間にもかかわらずおだやかに応対していただき、たいへん感じがよかった。

もう4時半を回っているので早々に失礼する。蜘蛛の巣の坂を下りると、来た時に農作業をしていたおばあさんがちょうど道まで上がってきたところだったので、ご挨拶する。神野寺にお参りしてきたんですね、と話になる。

「どちらから来られたんですか」

「千葉からです。成田空港の近くです」

「それはまた遠くからご苦労様です。今日はどちらにお泊り?」

「琴平パークホテルです」

「ああ、マルナカの前ね。気をつけていらっしゃい」

1時間以上歩いたからずいぶん遠いような気がするが、考えてみれば6kmだからお買い物圏である。そして、歩いてくる間に商店街などなかったから、おばあさんも琴平まで買い物に出るのだろう。マルナカとは四国に多くあるスーパーである。

暗くなったので、街灯のある太い道を通ってホテルに帰った。夕飯はホテル前の「うどんむさし」でカレーうどんとライス。カレールーをごはんにかけてカレーうどん&ライスカレーにするという名物メニューである。

ホテルでは、大浴場に一人だけでのんびり入った。コインランドリーがドラム式で、1回500円と高かったが乾燥まで一気にやってくれるので部屋との往復が少なくて済む。特典でいただいたスーパードライを飲んで、遠征初日を終えたのでした。

この日の歩数は22,668歩、GPS測定の移動距離は12.5kmでした。

この日の経過
(高松空港→リムジンバス)琴電琴平 14:45→[1.3km]
15:05 琴平パークホテル 15:15→[5.2km]
16:20 神野寺 16:35 →[6.0km]
18:00 琴平パークホテル(泊)
[GPS測定距離 12.5km]

[Apr 4, 2020]


神野寺は近年になって再興されたお寺で、境内はこじんまりしている。


お寺のすぐ前が満濃池。空海も携わったことが史書に記されている古い灌漑用ダムである。


琴平パークホテルに戻る。これは翌朝の撮影。