760 七十六番金倉寺 [Oct 1, 2019]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

2019年10月1日の朝になった。この日から消費税が10%に上げられるが、正直言ってあまり気にならない。それよりずっと気になるのは台風情報である。予定変更して前日に神野寺をお参りしたとはいえ、これから後どうなるか分からない。

気候の安定した10月を選んでいるつもりなのだけれど、なかなかうまくいかない。9月は台風シーズンたけなわだし、11月だと標高の高い所で雪が降る。夏は暑いし冬は寒い。

朝の天気予報では、台風はまだ南シナ海、台湾付近にいる。10月なので普通はここから左にフックしていくはずなのだが、進路予想ではこれから朝鮮半島を経て日本海から日本列島に近づくという。それでも、今日のところはまだ影響はなさそうだ。

午前7時から朝食。バイキングのメニューは、和食と洋食両方用意してある。洋食を選択、食パン・フランスパン・クロワッサンのパン3種と、オムレツ、ウィンナ、肉団子とポテトサラダ、オレンジジュースと牛乳、ヨーグルトにフルーツを乗せた。とてもおいしく体調もいい。

午前8時出発。琴平から善通寺に戻る道は、昨年の金毘羅参りで歩いたコースの逆ルートである。JR善通寺駅まで約1時間、次の駅が金倉寺で、駅から少し歩くと七十六番札所である。さすが弘法大師のおひざ元で、七十一番弥谷寺から七十八番郷照寺まで善通寺から半径数km以内に固まっている。

国道なので㌔ポストがある。最初の4kmを15分・13分・13分・13分で通過。歩道橋の下で休んで16分・14分・14分。善通寺までの6kmはすでに過ぎ、片側2車線の太い道路の向こうから高速の高架道路が見えてきた。

この日のルートであるが、金倉寺から道隆寺に直行するなら、金倉寺をお参りしてからチサンインに荷物を置いていくのが近回りである。ただしこの日は別格霊場の海岸寺に回る予定にしていたので、先にチサンインに行ってから金倉寺にお参りする方が近い。そこで、国道319号線を直進してまずチサンインに向かったのである。

琴平からの約7kmは、暑くてちょっとつらかった。朝の体調はよかったし、ペースも早すぎず遅すぎずだったのに、汗の出方が激しい。よく考えると、10kgのリュックを背負っていたのだった。まだ午前10時なのに、チサンインに着いてさっそく自販機でスポーツドリンクを一気飲みしたくらいである。

荷物を預けて身軽になり、すぐ近くの金倉寺に向かう。ところが、国道を右折してしばらく進むと見えてくるはずの金倉寺が見当たらない。仕方がないのですぐそこの薬局に入って道を尋ねると、「あそこに見える鳥居のところを入るんですよ」と教えてくれた。

その鳥居は金倉寺とは別の新興宗教の神社のようだったが、その奥が金倉寺の駐車場だった。いったんぐるっと回り込んで、仁王門から入る。「鶏足山」の扁額がよく目立ち、その先に参道が伸びている。

鶏足山金倉寺(けいそくざん・こんぞうじ)、弘法大師の甥にあたる天台宗の智証大師円珍の創建とされる。円珍は比叡山の密教部門強化のため唐に渡り、当時最新の密教を修めて後に園城寺(三井寺)を開いた。のちに三井寺は延暦寺とともに天台宗の大きな拠点となる。

円珍は空海の姉の子であるといわれ、空海が佐伯氏であるのに対し和気氏である。いずれもこの地域では有力な豪族であり、経済力があった。佐伯氏が空海の父・善通の名前をとって善通寺を作ったのに対し、和気氏は一族の長者・道隆の名前をとって七十七番道隆寺を創建した。ここ金蔵寺は、円珍の父母の荘園があったと「霊場記」に書かれている。

唐から帰国して比叡山に戻るまでの間、円珍は金倉寺を拠点とした。やはり、一族のいるこの地が安心だったからと思われる。また、円珍の守り神が鬼子母神であったことから、札所というだけでなく安産祈願、子育ての寺として多くの参拝客を集めている。

鶏足山の山号の由来は不明だが、茨城県に鶏足山という山がある。弘法大師が深山で修行していたところ鶏の鳴き声が聞こえたので、こんな山奥で不思議なことと思ったところ、生きた鶏ではなく山中にトサカの形をした巨岩があったという。金倉寺のある場所は古くから開けたところだが、あるいはこの伝説と関係があるのかもしれない。


区切り打ち2日目の朝、台風接近にもかかわらず天気はいい。まずは善通寺まで国道を6km戻る。


チサンイン丸亀善通寺。荷物を預け、すぐ近くの金蔵寺へ。


ところが、金倉寺までちょっと手間取ってしまう。ぐるっと回り込んで仁王門から入る。

 

当地の豪族が造っただけあって、金倉寺の境内は広く、本堂は立派である。寺のホームページによると、昭和58年の落慶ということで、まだ新しい。ご本尊薬師如来は正月三ヶ日だけのご開帳だそうで、脇侍仏が阿弥陀如来と不動明王という変わったコンビの三尊像となっている(普通、薬師三尊の脇侍は日光菩薩・月光菩薩)。

まず本堂にお参りする。八十八札所としては1年ぶりのお参りである。ちらほらと参拝客の姿はあるけれども、遍路姿は私だけである。歩き遍路もツアー遍路も前日は善通寺泊が多いだろうから、昼前のこの時間にお遍路が来ることは少ないのかもしれない。

続いて大師堂にお参りする。参道から左手に大師堂への石畳が伸びている。大師堂は本堂に比べるとこじんまりしているが、それでも他の札所の本堂と同じくらいの大きさである。納経所は本堂の並びで、こちらも先客はいなかった。

来た時は仁王門から入ったのだが、海岸寺に向かうには駐車場の側から出る方が近回りである。大通りに出る途中に、大きなうどん屋さんがある。11時を過ぎてお昼の時刻なので、入ってみる。

店の中はほぼ満席で、食券を買って窓際のカウンター席に座る。冷やしうどんの大盛り350円、本場だけあって安い。冷房が入っていないので、汗を拭きながら待つ。

うどんは茹で上げたものが丼に入ってきて、店内にいくつかある冷水機のような機械からセルフでつゆを入れる。席に戻って食べたのだけれど、うどんもつゆもそれほど冷えてないし、味も薄くてあまりおいしくない。

そういえば、区切り打ちの初めの頃、室戸岬から安芸に向けて歩いている時に入ったうどん屋でも、同じように味がないと感じたことを思い出した。あの時は体調が悪くて味覚障害を起こしたと思っていたのだが、こうして歩き始めでも同じように感じるということは、やはり、味がなかったのである。

そもそも味が薄いのか、歩いて汗をかいたのでそう思うのかは分からない。関西風のめんつゆは薄口しょうゆで作られるが、薄口しょうゆは色こそ薄いけれども塩味はかえってきつい。ともかくそういう具合なので、これ以降うどんを食べることはなかった。

店を出ると、目の前に自販機があったので、コーラの小さなペットボトルを買ってベンチに腰掛け飲む。こちらの方がかなりおいしく感じた。

さて、今回は海岸寺を経由して道隆寺に向かう予定である。道隆寺まで直行すれば3km、1時間もかからない距離だが、海岸寺に寄るのでもう少し時間がかかるだろう。

遍路地図によれば、海岸寺から道隆寺まで2.9km。ということは、3つの寺は道隆寺を頂点とした直角二等辺三角形になるはずである。すると、金倉寺から海岸寺までの距離は1.4倍の4.2kmくらい。もちろん道は直線ではないからもう少しあるとしても5kmくらいだろうと見当をつけた。

歩くのに2時間お参りに30分かかるとして、道隆寺には午後2時過ぎに着けるだろう。ちょっと忙しくなるけれども、次の郷照寺まで歩けそうだと思っていた。これがとんでもない間違いであることは、金倉寺を出る時点では思いもしなかったのである。

この日の経過
琴平パークホテル 7:50→[9.3km]
10:00 チサンイン丸亀善通寺 10:15→[1.5km]
10:40 金倉寺(昼食休憩) 11:25 →

[Apr 18, 2020]


地方豪族の和気氏が造ったといわれるだけあって、境内は広い。


荘厳な本堂。間口六間の本式の建築である。


金倉寺大師堂。本堂よりこじんまりしているが、それでも他のお寺の本堂くらいの大きさがある。