125 須田桃子「捏造の科学者」 [Apr 23, 2020]

この事件については、当時、森博嗣氏の「科学的とはどういうことか」の書評で軽く触れただけだった。改めて書いてみたいと思っていたが、いつの間にか世間の話題にすら上がらなくなっていた。ずいぶん昔のことのように思うけれども、最初の記者会見が2014年1月だから、まだ6年しか経っていない。

昨今のコロナ騒ぎで、2ヵ月以上経つのにマスクや消毒用アルコールの品薄は解消されない。もし早川と土屋クンがいたら、あっという間に原材料を調達して製造してしまうだろうと奥さんとよく話すのだが、もう一組惜しかったのは理研の副センター長とこの研究リーダーである。

この事件で亡くなった副センター長は、日本で一番論文を書くのが上手で国際的な知名度も高かった学者である。研究リーダーだって、コピペとインチキ実験結果だけでのし上がったような印象があるけれども、能力があったことは間違いない。

何しろ、千葉県有数の進学校から早稲田の理工学部に入り、アメリカに留学して「彼女がいないと研究に差し支える」とまで見込まれた逸材である。もしかすると、野口英世レベルかもしれない。科学者としての倫理観は置くとして。

この本の著者は、事件以前から理研を取材してきた毎日新聞の科学担当記者。この本は、STAP事件を科学の側面から時系列で掘り下げたもので、副センター長と研究リーダーの不適切な関係など3面記事的なことは書かれていない。

通読してまず思うことは、この研究リーダーだけで話がとどまっていれば話は小さく済んだところが、世界有数の論文の上手な学者と実験のうまい学者がサポートしたことによって、世界中に影響を及ぼしてしまったということである。

主人公の研究リーダー、出始めた時は「才色兼備のリケジョ」などと言われたものだが、クラス上位3分の1くらいには入るがそれ以上のルックスではない。しかし、成績のよさではおそらくクラス1番か2番、それ以下には落ちない秀才であったことは間違いない。

しかしながら、理系に進学する女子生徒は少ない。上位3分の1とはいっても、クラスに女子が5人しかいなければクラス1、2の美女ということになる。成績はもともといいから、10代の頃から才色兼備とちやほやされただろうと推測される。

そして、成績のよしあし、ルックスのよしあしと倫理観はほとんど関係ない。私が大学にいた頃、試験で不正行為をする奴をみて、なぜこんなことをするんだろうと思ったものである。見つからない確率は高いが見つかったら大恥で、悪くすると一生言われ続けるかもしれない。それに、授業に出るか一夜漬けでも本を読めば、合格点は取れるのである。

その後経験を積んで思ったのは、あれは損得勘定とか苦し紛れではなく、手癖が悪いのと同じで本人にもコントロールできない問題なんだろうということである。普通に考えれば、勉強するか追試を受ければ済むところを、破滅に結びつきかねない大きなリスクを冒す必要はない。

話を戻すと、論文をコピペで作って博士号を取ったり、修正した画像をプレゼンに使うのはまだ分かる(コロナの有識者だって、同じようなデータ操作をしている)。しかし、世界中の研究者が見ている場に嘘を発表し、しかも元データをアクセス可能な場所に掲示するというのは正気の沙汰ではない。

理研の研究リーダーとなり、最先端の学者とコネを持ち、早稲田・スタンフォード・理研という経歴のドクターであれば、一生苦労しなかっただろう。それ以上の世界的発見など必要ではないし、自分にそこまでの能力がないことも分かっていたはずである。

彼女がやったことは、こういうデータを出せば仮説が裏付けられるという結果を出すことで、それが「コツ」とか「レシピ」の意味だろうと想像する(インチキだが)。研究ノートがあれほどずさんだったのも、研究者としての基本云々もあるが、本当のことを書くとバレるという理由が大きかったように思える。

だから彼女が、世界で何番目かに実験がうまい人と、世界で何番目かに論文の上手な人に出会わなければ、この事件は起こらなかった。禍福はあざなえる縄の如しで、何が幸運で何が不運かは、ずっと後にならないと分からない。

彼女も、「どういう実験結果を出せば仮説が裏付けられる」というところまでは到達するのだから、そこから地道に実験だけしていれば今頃どこかの大学で教えていただろうし、コロナ対策で成果を上げるくらいしていたかもしれない。それができなかったのは、あるいは山のように殺したであろうマウスの呪いだろうか。

[Apr 23, 2020]


日本一論文が上手な人と、日本一実験がうまい人。彼らに出会わなければ話はここまで大きくならず、彼女も今頃大学で教えていたかもしれない。