800 八十番国分寺 [Oct 2, 2019]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

高照院から、来た道と反対側の坂を下ってゆく。坂出市街から来た道は細くて見通しが利かなかったが、下りは前方が開けて景色がいい。向こうに見える山は五色台だろう。山頂近くに見える建物がニューサンピアで白峯寺のすぐ近く。あの近くまで歩かなければならない。結構距離があるように感じた。

その前に国分寺にお参りしなければならない。国分寺へは、この山のへりをずっと進むことになるが、7㎞だから結構距離がある。いま午後2時だから、4時くらいにはなりそうだ。ホテルに着く頃には日が暮れる。もう少し朝早く出てもよかったかなと思う。

ずいぶん蒸すので、坂を下りたところにあった自販機でコーラを買って一息つく。高照院の周りには、八十場の水を除いて売店や食堂は見当たらなかった。

しばらく歩いた高架下で予讃線の線路とぶつかり、そこにあった案内図にしたがって細い道を進む。線路沿いに進む道で、もうすぐ駅というところで踏切があった。八十場の次のJR加茂川駅である。右折して、線路と並行して走っている太い道路を進む。

このあたり、何の疑問も持たずに県道を進んでいたのだが、最短距離の国道11号は五色台の方向に左折しなければならなかった。平坦で歩きやすいものだから2㎞3㎞と歩いて行って、そういえば国分寺の案内標識がないなと思って地図を確認して気がついた。

ただ、ここまで来てしまったら戻るよりそのまま進んで合流した方が距離ロスは少ない。最短距離ではないといっても予讃線に沿って歩いている訳だから違って1㎞か2㎞だろうし、アップダウンがあればそれだけ時間がかかることもありうる。そのまま進むことにした。

加茂川の次の讃岐府中駅あたりで、ぽつぽつと雨が落ち始めた。傘を差すほどではなく遍路笠風のフィールドアンブレラを被って雨を避けるが、この雨は止まない雨である。いよいよ台風が朝鮮半島から日本海に入ってきたのである。

遍路道ではないので、ベンチも休憩所もなく、黙々と歩く。なんとなくアップダウンが多くなってきたのは、いよいよ五色台のすそ野に近づいているからかもしれない。讃岐府中を越えたあたりで山に沿ってなだらかな左カーブとなる。次の駅が国分寺のある国分である。

国分寺は奈良時代に、聖武天皇の詔により全国に造営された。各国の中心地に作られたから当時の国府に近く、国分寺の近くに府中という地名があることが多い。

ここ讃岐もそうだし阿波もそう。土佐国分寺は高知ではなく南国市にあるが、土佐国府は南国市周辺にあった。伊予国分寺も松山ではなく今治市にあり、国府も今治周辺にあったと考えられている。

高照院から1時間と少し歩いて、ようやく最短距離である国道11号に合流した。ようやく国分寺の案内看板が現われて、あと2㎞である。雨はだんだん強くなって、傘を差さなくてはならなくなった。JR国分駅を過ぎ、さらに700~800m歩いてようやく国分寺に着いた。もう午後4時近かった。


高照院から県道に下り、そのままJRに沿って歩く。ただこの道はやや遠回りで、国道でショートカットする方法があった。


いったんJR国分駅を通り過ぎて、国分寺まで500mほど歩く。


境内は広く、山門から本堂まで石畳が続いている。

 

白牛山国分寺(はくぎゅうさんこくぶんじ)、いうまでもなく、聖武天皇が全国に建てた国分寺の一つである。ご本尊は十一面千手観音。院号を千手院というから、塔頭寺院のうち再建されたのが千手院だけだった可能性が大きい。

阿波・讃岐の他の寺院と同様、戦国時代の天正年間に焼失して荒廃、江戸時代に再建された。札所の4つの国分寺を比べると、土佐の国分寺がもっとも古い形で残っていて、他の3つは江戸時代以降に再建された。

天正年間の焼失は、土佐を拠点とした長曾我部氏が四国の他の戦国大名や織田方の軍と戦ったので戦場となってしまったためで、それほど激戦のなかった土佐では古い建築物が残ったのであろう。

讃岐国分寺は阿波や伊予に比べると寺観は整っているけれども、それでも創建当時と比べるとかなり縮小されている。境内のほぼ真ん中には金堂と七重塔の礎石がほぼ当時のままで残されていて、相当の規模であったことがうかがわれる。

雨がだんだん強くなってきて、荷物もあるのでゆっくりしていられないのが残念である。本堂は参道正面にあるが、大師堂は右奥にあって納経所と同じ建物である。内部は残念ながら撮影禁止であった。山門の横に白峯寺への経路が書かれていたのを確認してから、JR国分駅へ。高松まで260円。

サラリーマン時代はたびたび来ていたのだが、しばらく来なかったせいか高松市内の土地勘がなくなってしまっていて、歩いている人に三越の場所を聞き、三越の受付でホテルの場所を聞いてようやんホテルWAKABAにたどり着いた。

コインランドリーは階段の最上部に1台だけしかなかった。何度も部屋と階段室を往復して疲れてしまった。夕飯は三越のデパ地下で半額になったお弁当を買い、三越では用が足らずセブンイレブンまで歩いて翌日の朝食と行動食を用意した。

古いビジネスホテルなのでちょっと狭く、特にユニットバスは手足を伸ばすことができなかった。そのせいか何だか疲れて、雨も降っているので温かいものを食べに外に出ようという気になれなかった。後から考えると、このあたりから体調がおかしかったようだ。

この日の歩数は44,256歩、GPS測定による移動距離は20.7kmでした。

この日の経過
高照院 14:10 → [7.5km]
15:55 国分寺 16:20 → [0.8km]
16:30 JR国分駅 (→高松(泊))

[Jul 4, 2020]


讃岐国分寺本堂。明治時代には国宝であったが、現在は重要文化財であると説明書きがある。


国分寺大師堂は納経所の建物内にあり撮影禁止。そういえば、弥谷寺も大師堂内に納経所があった。


お参りを終えてJR国分駅に戻り、電車で高松へ。日が暮れてきただけでなく、雨が降り出したせいで暗い。