050 掛売り [Sep 2, 2020]

以前、米店のことを書いたのだが、それと関連して。

私が育った家はけっして金持ちではなかったし、4人家族なのでそれほど大口の需要がある訳でもないのに、歩いて15分くらいかかる米店や酒屋からわざわざお店の人が来ていた。俗に「ご用聞き」と言っていた。

いまの人からは想像もできないだろうが、当時はほとんどの家庭に自家用車はなかった。だから、米とか酒とか重い品物を買う時には、店の車で届けてもらう以外に手段はないのである。

注文するにしても電話がないので、店まで歩いて行って「二級酒の一升瓶、2本お願いね」とか注文するのだが、店の方でも前にいつどのくらい注文したか分かるので、その頃になるとお店の人が「何か足りないものありませんか」と聞きにくるのである。

だから、今の訪問販売とは全く業態が異なる。通信手段や輸送手段がお客の側にはないので、店がお客に代わってそれらの機能を提供するのである。もちろん、実店舗があるので、お客の側が何かのついでに行くこともある。

こうした場合、商品を配達するごとに代金を支払うのがいまでは普通だが、当時は月末締めでひと月分をまとめて支払うのが普通であった。専門用語で「掛売り」と言うが、会社同士なら当たり前なように個人客でも広く行われていたのである。

いまの若い人達だと、こういう商習慣が半世紀前まであったと聞くと驚くかもしれないが、現金掛け値なしは江戸時代に三井呉服店が始めてすぐ広まったのではない。掛売りは、ついこの間まで現役だったのである。

私の経験で一番最後まで残っていた月末締めの掛売りは、クリーニング店であった。当時、3日に1回くらい店主が家まで取りに来て(サラリーマンなのでワイシャツとかスーツである)、前回集荷した品物を持ってくる。月末締めで大体3千円とか5千円だから、小口もいいとこである。

思うに、こうした各家庭への直接販売が少なくなったのは、専業主婦が急速に少なくなって昼間に訪問しても留守の家庭が多くなったことが一つ。もう一つは、電話や車があるのは当り前になって、お客の側がより安価な店を選好するようになったからだと思われる。

サザエさんの時代設定は半世紀前よりさらに古いので、サザエさんは専業主婦であるのみならず実家にそのまま住んでいる。三河屋のサブちゃんがお酒の注文を取りにくるのは、かつては当り前の風景だったのである。

ちなみに、昔は酒屋ごとに扱う銘柄はほぼ決まっていたので、「一級酒」とか「二級酒」とか注文したように記憶している。銘柄で注文することは一般家庭ではあまりなかったが、思うにどこのメーカーの酒もたいして味に差がなかったのではないだろうか。

[Sep 2, 2020]


御用聞きはサザエさんの中だけの存在になってしまいました。ちなみに、ご用聞きが普通であった時代に一般家庭にガス給湯器はありません。