075 菅野久美子「超孤独死社会」 [Sep 30, 2020]

最近、Youtubeで事故物件(不動産)の動画をよく見ている。この本はその関連から借りてきた本で、特殊清掃、つまり死後数日あるいは数ヶ月を経過して死体が発見された後の部屋を後始末する人達のことを中心に書かれている。

この歳になると、死ぬのは他人事ではなくなる。孤独死も、そうなったら仕方がないと正直思っていた。しかしこの本を読むと、それほど生易しいものではないということが分かる。

夏場で1日から1日半、冬場でも4、5日で腐敗が始まる。人間の死体はセミの死骸と違って水分を多量に含むから、生魚や生肉を冷蔵庫に入れず放置したのと同じことになる。

そのまま1週間も経過すれば、ハエが卵を産んでウジが湧く。体液は畳やカーペットにとどまらず床板をも通過する。壁にもたれたまま絶命すれば壁を浸透して隣の部屋へ、床で倒れれば階下の部屋にも死体から流れた体液が浸透するのである。

これを読んで、やっぱり孤独死してはいけないと痛感した。死ぬのは致し方ないとしても、後始末する人に申し訳ないし、長年雨風から守ってくれた家に多大なダメージを与える訳にはいかない。

警備保障各社の提供する見守りサービスでは、通報があれば来てもらえるし、24時間反応がなければ親族に連絡が行く。この程度のタイムラグであれば、家にも人にもそれほどご迷惑をかけずに済みそうである。料金は月数千円である。

とはいえ、こうしたサービスを利用できるのは恵まれた人達であり、警備会社と契約しなくてもそれほど悲惨なことにはならない可能性が大きい。孤独死した上に長期間気づかれない人達にはそれぞれ事情があり、それ以上に経済的余裕がないのである。

この本には何度か「セルフ・ネグレクト」という言葉が出てくる。自己虐待、自己放任などと訳されるが、どこかのWEBに載っていた「病的に生活が乱れた状態」という意訳が、たいへんわかりやすい。

長年生きていると、自暴自棄になることはもちろんあるし、もうどうなってもいいと思うこともある。ただ、自分自身を生理的精神的肉体的に痛めつけることができるのだろうか。

著者は実際にゴミの中に寝てみて、妙に安らぎを感じたという。私は虫がいたり、臭かったり、痛かったり痒かったりすることには耐えられないだろう。そこには、容易に越えられない一線があるように思う。

ちなみに、タイトルの「超孤独死社会」だが、孤独死社会をさらに超える何かがあるということではなく、「孤独死がすごく増えている社会」といったような、いわば強調の意味で使われているようである。

ちょっと古いがモーニング娘。の、「チョーチョーチョーチョーいい感じ」的な使い方である。著者は1982年生まれだから矢口(1983年早生まれ)とほぼ同じだが、還暦世代は、孤独死をアウフヘーベンするのかなと思ってしまうのでした。

[Sep 30, 2020]


最近関心を持っている事故物件の関連からたどり着きました。「超」が私にとって意味不明だが、いま風に強調の意味で使っているのでしょう。