097 尾瀬ヶ原・燧裏林道 [Sep 16, 2020]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

9月16日、遠征2日目。前日午後7時から寝ていただけあって、朝5時前に目が覚めた。一人部屋なので誰に気を遣うこともなく、至仏山登山口を正面に見る窓のカーテンを開ける。

すると、なんとしたことか、20~30m先の登山口さえ見えないほどの濃霧である。この日の天気予報は曇りのち晴れ。朝の霧は暑くなる兆しともいわれるが、現時点で展望がないことは間違いない。

驚くべきことに、朝の5時前にもかかわらず、すでにリュックを背負った何人かが広場にいる。尾瀬戸倉からの始発バス(乗合タクシー)は4時40分だからその便だろうか、あるいは鳩待峠まで車で来たのだろうか。

朝食は午前6時からだが、少し前に放送が入った。私ともう一人。他に素泊まりの部屋があったようだけれど、それでも各グループとも個室を確保できたようだ。

朝食は塩じゃけ、ハム、卵焼き、お新香に、納豆、ごはんですよ、味付け海苔、瀬戸風味などご飯のおともが一杯だった。ご飯はおかわりしていただいた。

出発したのは午前6時45分。その頃には霧はほとんどなくなっていたけれども、さすがに山の上は見えなかった。尾瀬ヶ原に向かって、下り階段を下り始める。

さすがに尾瀬のメインルートだけあって、階段の幅は広く、しばらく歩くとすぐにベンチがある。鳩待峠・山ノ鼻間の徒歩1時間の距離に、6つ7つあったのではないだろうか。確かに、登りだと傾斜がきついので、私だってベンチがほしい(こんなにはいらないが)。

こちら側から尾瀬に入るのは初めてである。福島側の沼山峠からだと、いったん登ってから尾瀬沼に向かって下る道になるけれども、傾斜はこちらより緩やかである。鳩待峠からは下る一方だが、傾斜は福島側よりもきつい。

右側からは何本かの沢が流れていて、水量が結構ある。尾瀬ヶ原に近づくにつれて、いよいよ川幅が広くなる。いつも尾瀬沼の方ばかり行くので方向感覚が妙になるが、鳩待峠も源流に近く、こちら側からも川は下っているのだ。

小さな沢はいくつか合わさって、尾瀬ヶ原近くでは川上川となる。さらにいくつかの流れを合わせてヨッピ川となり、東電小屋のあたりで尾瀬沼から流れてきた沼尻川と合流して只見川となる。ちなみに、沼尻川・只見川が群馬・福島の県境である。

ということは、東電小屋あたりが尾瀬ヶ原では最も標高が低く、そこから尾瀬沼方向へも鳩待峠方向へも上って行く。だから「山ノ鼻」で、尾瀬ヶ原からみて山の先端だからその名が付けられたのであろう。

左手には至仏山が見えるはずであるが、朝方の霧がまだ深く残っていて山の中腹より上は見えない。だからという訳ではないが、特に休憩もせず一気に下る。

1時間で山ノ鼻に到着。ここにはビジターセンターや東電経営の至仏山荘、他にキャンプ場がある。この日は一張りテントが張られていた。私も毛布が必要だったくらいで、かなり寒かったはずである。

公衆トイレを使わせてもらう。ここからは、尾瀬ルール1回100円のチップ制である。それはともかく、「竜宮のトイレは使えません」「赤田代のトイレは使えません」など、心細い案内が貼られている。この日のルートは長い。少し心配になった。


2日目の朝は少し霧が出た。写真は鳩待山荘の部屋から撮影。


鳩待峠から尾瀬ヶ原まで、1時間ほど坂道を下る。こちら側から尾瀬に入るのは初めて。


尾瀬ヶ原の入り口、山ノ鼻に到着。ビジターセンター、キャンプ場、至仏山荘などがある。

 

今回、はじめて群馬側から尾瀬に入ったのだけれど、尾瀬ヶ原でも川上にあたるのが山ノ鼻と呼ばれる鳩待峠から下ってきたあたりで、至仏山付近からの沢が集まる川上川の水は、尾瀬ヶ原の方向に流れていく。

反対方向の尾瀬沼は尾瀬ヶ原より標高が高く、沼尻川となって尾瀬ヶ原に下りてくる。川上川はヨッピ川となり、沼尻川を合わせて只見川となり、北の三条の滝方向に流れていく。

急峻な谷川から標高差のほとんどない尾瀬ヶ原に下りてくるこのあたりが最も地塘のできやすい地形らしく、山ノ鼻周辺には大きな地塘がいくつもある。前日に原見台からこのあたりの地塘がよく見えた。

木道が伸び、地塘が点在し、正面に燧ヶ岳という、まさに「これが尾瀬」という風景の中を進む。気候は暑くもなく寒くもない。時節柄それほどの人出はないけれども、何十mかおきにひっきりなしに人が歩いて来る。

振り返ると、登るはずだった至仏山の雲が抜けて、頂上が見えてきた。山ノ鼻からの登山道は一気に登る急坂で、肩の部分で緩やかになり頂上へ続いている。その向こうには小至仏山、さらに遠くに、昨日登った原見台あたりのピークが確認できた。

山頂が見えたのは午前8時過ぎくらいで、その後もたびたび振り返って確認していたのだが再び雲に隠れてしまい、午前10時過ぎには見えなくなってしまった。山頂からの展望という意味でも、朝登った方がよさそうである。

尾瀬ヶ原はほぼ平らな高層湿原が続き、左右の林が迫ったり遠ざかったりする。地塘の水面に燧ヶ岳が映りこむ「逆さ燧」という場所もあった。

地塘のあたりの地面は泥炭層でできていて、地面の下にも水がたまっている。泥炭というのは、枯れた植物が分解されて土にならずそのまま炭化してしまったものである。土にならないのは、微生物やバクテリアがほとんどいないからである。

雪の多い寒冷地や、尾瀬のような標高の高い地域にできやすい。土でないので広葉樹や針葉樹が育つこともなく、生える植物はコケとかシダ、高山植物に限られる。以前、小淵沢田代の先でそういう場所を歩いたことがあるが、体重をかけると沈み込んで、何ともいえない妙な感触である。

人とすれ違う時にマスクをし、通り過ぎたら外しを繰り返していたら、なんだか面倒になってきた。尾瀬にしてはすいていることは間違いないのだが、できればもう少し静かに歩きたい。牛首の分岐点で休憩して地図を確認する。

このまま進めば竜宮から見晴という尾瀬のメインルートである。人通りは多くなっても少なくなることはない。それよりも北東に進路をとり、東電小屋を目指した方が人が少ないのではなかろうか。予定を変更し、ヨッピ橋から東電小屋をめざすことにした。

牛首から方向を変えると、風景が少し変わってくる。地塘が少なくなって、正面の林に向かって荒れ地のようになった中を進む。思った通り、向こうから歩いて来る人はほとんどいなくなった。

人の代わりに出てきたのは、小さなトカゲである。木道の上が温かくなっているので、日なたぼっこしているのだろうか。私の足音で急いで木道から下りてどこかに逃げてしまう。

トカゲが生きていけるようなエサがあるのだろうかと思う。小さな虫は飛んでいるからいない訳ではないのだろうが、大きな昆虫類はあまり見ない。だから小さなトカゲばかりなのだろうか。

いずれにしても10月半ばには気温が低くなるし、GWまでは雪が積もる。半年以上冬眠するとなると、短い夏の間にしっかり栄養補給しなければならない。トカゲも大変である。


山ノ鼻を過ぎると、いかにも尾瀬という風景が広がる。


振り返ると、前日登るはずだった至仏山が雲の切れ間から現われた。この後ほどなく、再び雲の中に入ってしまった。


尾瀬ヶ原のこのあたりは、大きな地塘が続く。水面に燧ヶ岳が映った「逆さ燧」。

 

木道の周囲に紫色のつぼみが見える。尾瀬に秋を告げる花、エゾリンドウである。

林がすぐ近くになってくると、ヨッピ橋が見えてくる。ヨッピ川は水量も多く、川幅も広い。羽根田氏の遭難本に、大雪の尾瀬を下りてきてヨッピ橋を渡るという記載があるが、なるほど橋のないところでは渡れないだろうと思った(冬なので足場の板は外されており、綱を渡ったらしい)。

ヨッピ橋は近年架け替えられた新しいもので、昔来た時はこのあたりは通行止となっていた。そのためか木道の板も最近新しくされていて、2018年とか2019年、2020年、つまりごく最近に入れ替えられたものである。

周辺は湿原というよりも雑種地のようになっていて、丈の高い木こそ生えていないものの、いわゆる雑草が多いように思えた。そういえば、「…田代」といいつつ全然湿原でない場所も、尾瀬にはいくつかある(田代とは湿原という意味)。

ヨッピ橋からしばらく歩くと、正面のやや高くなった場所に東電小屋が見えてきた。この方向から歩くと、玄関の反対側から小屋に向かうことになる。つまり、泊まる部屋から見える景色が、いま歩いている場所ということになる。

東電小屋で休憩できるかと少し当てにしていたのだけれど、「今シーズンは小屋の中での休憩はできません」と貼り紙がある。売店もやっている雰囲気ではなかったので、別館前のベンチで一休みするだけにした。

東電小屋の由来について説明書きがある。もともと東電の前身のひとつである電力会社が、気象観測と只見川の河川管理のために建てた管理用の小屋で、その後に登山客を泊めるようになったという。

尾瀬の山小屋の中では老舗で、すでに亡くなった私の父親も昔ここに泊まったことがある。当時は尾瀬ブームだったので、静かに歩くどころではなかったような気がするが。

そしてもし、当初の予定通り尾瀬がダムになっていたとしたら、東電小屋は山小屋ではなく、ダムの管理棟となっていたのかもしれない。

東電も昔は景気が良かったので、尾瀬全域の木道管理はいまでも東電が中心になってやっている。採算に乗る仕事ではないし、原発事故で余裕はないはずだが、今後も長く続けてほしいものである。

東電小屋から暗い森の坂道を一つ登ると、再び明るい湿原に出る。見晴と赤田代の中間点である。ここまでほとんど人に会わなかったが、また何人かとすれ違ったり抜かれたりするようになった。

ここからは以前歩いたコースを逆コースで歩くことになる。15分ほどで温泉小屋が見えてきた。赤田代と呼ばれる場所である。

赤田代の「赤」は鉄泉の赤で、小屋ができる以前からここで温泉が湧出していた。ただし湧出温度は低く、沸かさないと温かくはない。コロナの影響で東電系列の元湯山荘は今年はお休み、温泉小屋もこの時期秋のシーズンオフで休みだった。

前に来た時にお昼休みをとった、尾瀬原休憩所の前のベンチでひと休みする。休憩所は板が打ち付けられていて、少なくとも今年になってからは開けていない。トイレも使えないと山ノ鼻に貼り紙があった。

時刻は午前11時、予定していたより1時間早い。売店も休憩所もやっていないので、予定外に時間がかかることもない。前回ここから先4時間で踏破したから、逆コースとはいえ4時のバスには楽に間に合うだろう。


牛首から北東に向かい、東電小屋を目指す。人通りが少なくなり、木道は小さなトカゲの天下となる。


東電小屋が見えてきた。東電の前身である電力会社が気象観測と河川管理のために建てた小屋だったが、その後登山客を泊めるようになったと説明書きがある。


今年は閉めたままの尾瀬原休憩所。元湯山荘も今年は休業、温泉小屋は9月上旬休業で見たのは私以外に2、3組。

 

残すは燧裏林道である。前回(2012年)歩いた時は御池から赤田代まで4時間かかった。その時は奥さんが一緒だったので、今回はもう少し早く歩けるだろうと思っていた。赤田代(温泉小屋)に11時だったから、14時50分のバスに間に合うかと思った。

ところが、結果からいうと、前回同様4時間かかってしまった。前の時も書いたのだが、ここは名前こそ林道だが実際は登山道なので、7kmあまりのほとんどがアップダウンの繰り返しなのである。

中間点である裏燧橋まで、木の板が渡してあって落ちたらケガをするくらいの大きな沢が5つ、ガレ場を渡る程度の小さな沢はその倍くらいある。そのたびに、谷を下りてまた登り返すので、全体の標高差がほとんどないのに累積標高差は相当なのである。

まず、コースタイムで40分の最初のチェックポイント、三条の滝分岐まで50分かかった。このあたりに休めるところがないのは分かっているのでそのまま通過、しかし、次の裏燧橋がなかなか出てこない。

あまりに着かないので、立ったまま水分補給をしなければならなかった。ガレた大きな沢まで来たのでそろそろだろうと思っていたら、そこからまだ20分ほど先だった。見上げると裏燧橋が出てきた時にはほっとした。

ここまですでに2時間。天気は安定せず、暗い雲におおわれたり一転して強い日差しがのぞいたりする。裏燧橋のベンチで休んだ時には、日差しがあって暑いくらいだった。

今回は行動食をあまり持ってきていないので(売店とかあると思った)、ここではカロリーメイトしか残っていなかった。でも、固形物はちょっといいやと思うほどバテてしまった。いつものように、エネルギーゼリーとかフルーツを多めに用意しておけばよかった。

裏燧橋から後は田代(湿原)が続くだけだろうと思っていたら、そこまで出るのがまた大変だった。すでに通行止となっている渋沢小屋への登山道を通り過ぎ、再び沢を渡る。

御池方面から2人組が歩いてきたが、どこかの山小屋関係者のようだった。次に出会ったのは、林道補修中の人達。木道の上に、滑り止めの足場の板を釘で打っていた。木道全部を換えるほどの人通りはないので、ひとまずということだろう。木と釘なので、それほど長持ちは期待できなさそうだ。

湿原地帯まで出た時には裏燧橋から1時間が経過していた。ベンチがなかったので、誰も通らないのをいいことに木道に座り込んで休憩。まだ2時半前。14時50分のバスは無理だが、4時には楽勝だろう。

そこから後は、記憶していたようになだらかな起伏の木道である。20分ほど歩くと、広々とした田代の中に作り付けのベンチがある休憩所に出た。先客のご夫婦が出るところだったので、ベンチに落ち着いてリュックを下ろす。

お行儀は悪いけれど、仰向けになって足を伸ばした。途中、裏燧橋の前後でぽつぽつと雨が落ちてきたのだが、雨具を出すまでもなくここまできた。空はまだ雲が多いが、雨は完全に上がって青い空も少し見えている。

広い空を見上げながら、いい場所だと思う。風はほとんどなく、虫もいない。人も通らない。空気は澄んで、時間には余裕がある。もしかしたら、いまこの時しか経験できないかもしれない。

結局ここで20分ほど空を見上げていた。御池まであと20分くらいだと思っていたら30分以上かかってしまったのは計算違いだったが、それでもバス時刻の15分前には着くことができた。

御池ロッジが休みなので心配していたのだが、売店・トイレ・自動販売機は動いていた。コーラを買って、朝用意した水以外の飲み物を初めて口にした。この日の宿は七入山荘。御池からバスで15分ほどである。

この日の経過
鳩待峠(1591) 6:50
8:00 山ノ鼻(1420) 8:10
8:45 牛首(1404) 8:50
10:00 東電小屋(1411) 10:10
10:55 温泉小屋前(1426) 11:05
11:55 三条の滝分岐(1463) 11:55
12:55 裏燧橋(1496) 13:15
14:15 横田代(1587) 14:25
14:45 上田代(1613) 15:10
15:45 御池(1512)
[GPS測定距離 18.3km]

[Nov 16, 2020]

この後宿泊した七入山荘の記事はこちら


燧裏林道に入ると、こういう沢が何度も現われ、そのたびに登ったり下ったりしなくてはならない。前回同様、突破には4時間かかった。


かつては多くの登山客が行き来した林道も、今日では訪れる人は少ない。それでも、木道の補修作業をしている人達と出会った。


広大な上田代の湿原。先客のご夫婦が出発したので、ベンチにあおむけになり20分ほど横になる。虫も来ないし、広い空だけが見えて最高の気分でした。