519 吾妻ひでお「失踪日記」 [Nov 25, 2020]

2019年に亡くなった吾妻ひでお。われわれ世代にはなつかしい漫画家である。私はその頃少女マンガを主に読んでいたのだけれど、少年誌や青年誌で特徴ある絵柄をよく見たことを思い出す。

当時人気のあった人達の中には、コミックスの世界から離れている人も多いけれど、吾妻ひでおは少し後のサブカル、おタク文化との親和性が強く、長く流行作家としての地位を維持していた。そのプレッシャーなのか、失踪、アルコール依存に走ることになる。

この「失踪日記」は2005年に発表された作品で、2006年の手塚治虫文化賞受賞作品である。2005年の同賞受賞作が浦沢直樹の「PLUTO」、2002年が井上雄彦「バガボンド」、2001年が岡野玲子「陰陽師」だから、世代が違う人達に伍して話題となったということである。

よく知られるように、1960年代から70年代の少年誌を席捲していたのは貸本時代からマンガを描いていた藤子不二雄、赤塚不二夫、石森章太郎、ちばてつや、水木しげる、さいとう・たかを(!)などの人達だった。あとは梶原一騎の根性ものになってしまうので、面白さという点ではどうしても少女マンガ系に一歩譲るのである。

作者は1950年生まれ。強力無比の前世代と新しい感覚の鳥山明、江口寿史、鴨川つばめらに挟まれた世代である。山上たつひこが「がきデカ」以外あまりぱっとしなかったように、この世代は少年誌のトップを飾るはなばなしい連載を連発することができなかった。

この作者も、SF専門誌や同人誌などサブカル系に活躍の場を移しつつあったが、その大きな理由は、発行部数の多い少年マンガ誌では人気を得るのが難しかったということがあげられる。

そうした事情もあって、この作品はほとんど書き下ろしである。コミックス作品の多くは週刊誌に連載されて話題となり、その後に単行本化される。書き下ろしがない訳ではないが、それほど数が多くはない。何より、週刊誌に載らなければファンに周知されないのである。

ところが、この作品は注目された。吾妻ひでお自身の過去の蓄積と、ホームレス、アルコール依存などの今日的問題がフィットしたためだろう。そして、作者が書いていたが、締め切りがなくて描きたいことを描けるというのが、この世界の人にとって一番望ましい状況なのである。

作品は3部構成で、第一部が1989年のホームレス体験、第二部が1992年のガス配管工体験である。当時、作者は40歳前後。第三部は1997年からのアルコール依存による入院体験である。

この本に書かれている3つの「失踪」体験のうち、ホームレスになる可能性は、私は幸いなことにほとんどなかったと思う。もちろん、人間誰しもすべてを放り出したくなることはあるし、たまたまそうならなかっただけかもしれない。少なくとも宝くじ以上の可能性はなかったと思う。

配管工体験に近い経験は、ポリテクでやっている。ポリテクでは塩ビ管、銅管、鉄管の切断と接続を勉強させられるので、なつかしく読ませていただいた。

最後のアル中、依存症に至る可能性は、冗談ではないくらい大きかった。少なくともエニーペア(約5%)はあったはずで、肝硬変に至る身体上の問題まで含めれば、2桁確率はあったはずである。


手塚治虫文化賞を受賞した古典的作品。私は昔の絵の方が好きだけど。

 

この本に書かれている3つの「失踪」体験のうち、ホームレスになる可能性は、私は幸いなことにほとんどなかったと思う。もちろん、人間誰しもすべてを放り出したくなることはあるし、たまたまそうならなかっただけかもしれない。

配管工体験に近い経験は、ポリテクでやっている。ポリテクでは塩ビ管、銅管、鉄管の切断と接続を実習させられるので、なつかしく読ませていただいた。

最後のアル中、依存症に至る可能性は、冗談ではないくらい大きかった。少なくともエニーペア(約5%)はあったはずで、肝硬変に至る身体上の問題まで含めれば、2桁確率まであったかもしれない。

注.エニーペアとは、ポーカーで配られた手札が同じ数(ペア)であること。ハイペアと呼ばれるAAとかKK、絵札のペアなら勝負手。

思い起こせば最初の転職に至る前、週に2、3回は飲みに行き、ニュートーキョーを経てカラオケスナック、締めはラーメン帰りはタクシーという生活を送っていた。

若気の至りといえば聞こえはいいけれど、飲み始めれば止まらない状態で、誰と一緒にとか楽しい楽しくないとかあまり関係なかったような気がする。

その後最初の転職に至る際、ほとんど決まって最後の健康診断という段階で、検査結果を見て採用担当者が顔色を変え、「△△さん、採用するしないの話じゃなくて、このままの生活を続けたら大変なことになりますよ」と言ったのである。おそらく、GOTとかGPT、γ-GTPがとてつもない数字だったからだと思うが、手元に数字は残っていない。もちろん不採用であった。

その時は3ヶ月ほど減量し酒も控えて、次の会社で何とか採用になった。ちょうどその頃から成人病検診の対象となり、肥満は分かっていたのだけれど、コレステロールや中性脂肪、血糖値や尿酸値でたびたび要注意・要観察となった。

2度目の会社もうまくいかなくて再び転職となった時、前の教訓から、健康診断で引っかかることだけは注意しようと心掛けた。数ヶ月前から減量して体重を20kg近く減らし、酒も控えて運動も心がけ、めでたくGOT16、GPT20、γ-GTP30と正常値にすることに成功したのである。

こうした減量、生活改善の経験がなく、最初の転職前の生活をずっと続けていたら、間違いなく肝臓は壊していただろうし、アルコール依存に至る道筋をたどっていたかもしれない。

思うに、アルコール依存に至る原因の第一は量を飲むことである。そして「酒でも飲まなきゃやってられねーよ」というストレス、はしご酒をする経済的余裕、それらが三暗刻のようにダマになっていたのが、最初に就職した会社であった。

自分自身についてだけれど、私のひい爺さんにあたる人が大酒飲みで、田畑を質に入れて飲みまくり、その借金を返すのに爺さんがかなり苦労したという話を聞いて育った。

酒乱だったのかアルコール依存なのか話だけでは分からないけれど、どちらにしても兄弟くらいの間柄である。私にももちろんその血は流れている訳で、酒を飲んで失敗したり痛い目に遭ったことは山ほどある。

その教訓もあって、ここ十年ほどそうした失敗はほとんどなくなってきた。特に、「外で飲まない」「他人と飲まない」ことに気をつけたのである。そうせざるを得ない場合には、一次会のみで帰る。できれば一次会も中座するようにした。

私は酒が好きだし、できれば時々は楽しみつつ歳とっていきたい。奥さんと、奥さんの手料理で、たまに贅沢するくらいで十分である。

[Nov 25, 2020]


「失踪日記」続編の「アル中病棟」。登場人物が「失踪日記」と一緒なので、連載漫画のように読めます。