814 七入山荘と渋沢温泉 [Sep 17, 2020]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

尾瀬ヶ原から燧裏林道を踏破して御池に下山した後は、バスに乗って七入山荘に宿泊した。

七入は桧枝岐村の中心から5kmほど御池側にあり、かつて尾瀬に多くの人が来た際、御池駐車場が一杯の場合は七入に車を止めて御池までピストン輸送する計画であった。

そのため、広大な駐車場と立派な管理棟が整備されているが、現在は観光客がここに止めることはない。除雪工事や土木工事のための車が数台あるだけで、ピストン輸送ももちろん行われていない。

七入山荘という名前は昔から聞いていて、キャンプ場があるのでその付属施設かと思っていた。ところが行ってみると、キャンプ場から右手の坂を登った高台に瀟洒な建物が建てられている。

内装はまだ新しく、受付には昨秋(2019年、300名山完全人力踏破の時)にここに泊まった田中陽希と、ご主人夫婦の記念写真が飾られていた。部屋の畳は表替えしたてで真っ青である。手入れも行き届いている。

トイレはウォシュレットだし、洗面所は個別。wifi完備で接続はノーストレスである(鳩待山荘では気象庁HPがなかなかつながらなかった)。そして、お風呂がまたきれいなのである。

村の中心部から離れているので、さすがに桧枝岐温泉はここまでひかれていない。それは分かっていたのだが、なんと出水口のところに複雑な形の岩のようなものがあり、こう説明書きが付けられている。

「これは、渋沢温泉小屋の湯の花がしみ込んだ木の葉の化石です。こわれやすいので触らないでください」

なんと、伝説の秘湯、渋沢温泉小屋の遺物であるとは驚いた。温泉の素ではないから成分が溶け出して温泉風になる訳ではないだろうが、南部鉄瓶だって微量の鉄分が溶け出すといわれる。化石であれば、鉄瓶よりずっと溶けやすいだろう。

渋沢(シボサワと読むのが当地風)温泉小屋は燧裏林道から三条の滝方向に標高差200mほど下りた場所にかつてあった。数年前の豪雪で建物が倒壊し、その後取り壊されて更地となった。

いまでも只見川沿いに温泉が湧出しているそうだが、小屋も取り壊され、道も廃道化しつつあるようで、入れる状態ではないといわれる。もともと湧出温度が低いのでそのままでは使えず、小屋の終了とともに幻の温泉となってしまった。

3~4km離れた元湯地区が赤田代と呼ばれたように、あのあたりの泉質は鉄泉である。体が温まり、関節痛や神経痛に効く。このお風呂に入ったせいか、10時間歩いたのに筋肉痛も起こさなかった。

いずれにせよ、いまでは入ることのできない渋沢温泉がここで形を変えて生き残っているようで、何だかうれしくなる。

翌朝は、バスの時間が遅いので村をめざして歩いてみた。道沿いに、出作り小屋の再現建物があった。

出作り小屋は、集落の中心部から離れて建てられた仕事用の建物で、ここに拠点を置いて猟をしたり山の作物を穫ったり、焼畑農業をしたりしたという。七入やキリンテ、御池は出作り小屋があった地域である。

そういえば、宿の夕食はご主人が毎日山に入って収穫するキノコや山菜を使って作る山人(やもうど)料理と呼ばれる当地独特の料理の数々であった。最寄りの鉄道駅からバスで2時間近くかかる山の中であるが、お風呂に入って料理を食べるだけでは山の中とは感じられないほどのうれしい宿であった。

[Nov 23, 2020]


七入山荘。予想していたより新しい施設で、手入れも行き届いていた。


七入山荘の夕食。イワナのお造り、塩焼き、キノコの和え物、キノコの天ぷら、断ちそばなど。ご主人が山で収穫した食材を使った、山人(やもうど)料理と呼ばれる当地独特の料理の数々である。


翌日はバスの時刻に合わせて1時間ほど歩く。七入やキリンテには、桧枝岐の人たちが村人達が仕事用の小屋(出作り小屋、出小屋とも。この建物は当時の再現)を建て、夏の間ここを拠点にしたという。