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四国札所歩き遍路

870 八十七番長尾寺 [Oct 5, 2019]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

志度寺から長尾寺まで、遍路地図によると7kmちょうど。8時半前に出たので10時半には着いて、11時には大窪寺に向けて出発できるだろうと考えていた。ところが、なかなかうまくは行かなかった。

まず第一に、このエリアは志度の街中を通過するので、信号待ちが頻繁にある。志度寺から国道までずっと市街地が続くし、国道から高速高架下までは住宅街である。登り坂はそれほど気にならないけれど、信号待ちでペースに乗れない。

高速高架下を過ぎると家並みは途切れ、谷に沿った登り坂となる。両側が高く丘になっていて、道はまっすぐなのだがアップダウンが続く。1時間ほど歩いて、早くも疲れた。道端にお社と東屋がある。この後どこで休めるか分からないので、リュックを下ろしてひと休みする。

このお社は暮当・当願大明神という。暮当と当願は猟師であったが、当願が志度寺の法要に出ながら殺生心を起こしたため蛇に変身し、迎えに来た暮当に背負われるうちに竜となり、以来この社に雨乞いする風習となったと案内板に書いてあった。猟師に殺生心を起こすなとは無理があるが、まあお話なんだろう。

道路を隔てた斜面には「オレンジタウン」の看板が掲げられている。見るからに丘陵地で大規模な住宅地があるように見えないが、あるいは丘の向こうが開けているのかもしれない。JR志度の次がオレンジタウンの駅である。

そして休憩所のすぐ横、県道の上に、「長尾寺4km」「大窪寺20km」の案内板が見える。まだ4kmもあるのかと思う半面、20kmなら夕方まで何とかなるかな、と期待してしまう。もちろん登り坂なので㌔15分では厳しいかもしれないが、㌔18分かかったとしても5時間ほどで着く。まだ9時半だ。

少し元気が出て出発する。30分ほど歩いて、案内にしたがって右折する。水面は見えず草が生い茂っている川を左に見ながら細くなった道を進む。ここが昔の遍路道らしく、時々昔の遍路石が出てくる。

再び東屋が現われたので、1時間も歩いていないけれどまた休憩する。案内板があって、この遍路道はさぬき市が整備している「新四国のみち」らしい。「四国のみち」にはお遍路歩きを通じて大変痛い目に遭っているのだが、「新」というからには最近できたものだろう。先ほどの当願大明神休憩所もこの整備の一環のようだ。

小休止の後、左折して橋を渡る。いよいよ背後に大窪寺方面の山並みが見えてきた。まだはるか遠くにあるが、ともかくあの山を越えなければ大窪寺には行けないし宿にも着かないのである。

長尾寺に近づくと、再び住宅地となった。古くからの家並みらしく、道は狭く区画は正方形ではない。交差点は十字路ではなく微妙にずれているのもいま風でない。

案内にしたがって右に左に折れて進むと、やがて旅館のある一角に出て、長尾寺の仁王門となる。到着は11時少し前。休み休み歩いたせいだろうか、志度寺から2時間半かかってしまった。


志度から県道をまっすぐ南下する。オレンジタウンを対面に望むあたりに休憩所がある。長尾寺で4km、大窪寺まで20km。


県道から案内標識にしたがってへんろ道に入る。背後に見えているのが大窪寺の方向。


2時間半かかって、ようやく長尾寺仁王門。巨大わらじもお出迎え。

 

補陀落山長尾寺(ふだらくさん・ながおじ)、八十六番志度寺と同じ山号である。五来重氏はもともと同じ寺だったのではないかと推察している。

このお寺の謎はご詠歌である。現在、霊場会HPや納経帳に書かれているご詠歌は、「あしびきの山鳥の尾の長尾寺 秋の夜すがら御名をとなえよ」だが、真念「道指南」に残されているご詠歌は「弥陀をとなえよ」なのである。

山号(補陀落は観音様の浄土)からもご本尊(聖観音菩薩)からも、阿弥陀如来の名を唱えなさいというのは妙である。妙なのだが、山号やご本尊は現代の考え方であり、本来のご詠歌はおそらく「道指南」のとおりであったろうと推測される。ではなぜ、阿弥陀如来なのか。

ご本尊が古くから観音菩薩であったことは間違いない。道指南に先立つ17世紀半ばの成立とされる「四国辺路日記」に、国分寺・白峯寺・根香寺・屋島寺・八栗寺・志度寺・長尾寺を讃岐七観音といい、崇敬を集めているという記述がある。「道指南」でも、「弥陀をとなえよ」にもかかわらずご本尊は正観音菩薩とある。

宗旨が天台宗なので浄土宗の要素も含まれているが(法然・親鸞など浄土宗系の宗祖はすべて比叡山出身)、ご本尊をさしおいてご詠歌に他の仏様というのは妙である。五台重氏は、もともと志度寺・長尾寺は死者供養の寺であり、札所となる以前から民間霊場であったと考察している。

死者供養では、七十一番弥谷寺が古くからたいへん有名であるが、すべての人が弥谷寺までお参りできた訳ではない。また、弥谷寺が山の霊場なら海の霊場があっておかしくなく、おそらく八栗寺から長尾寺にかけては海の霊場として古くから民間の信仰を集めていて、それで阿弥陀如来の極楽信仰となったものと思われる。

長尾寺の境内は広く、志度寺が伸び放題の雑草で狭く感じられたのとは対照的である。仁王門を入ってすぐに手水場がある。石畳の参道が伸びて、奥に本堂・大師堂がある。仁王門までぐるっと回り込んできたので、本堂の裏から入れれば近かったのにと思った。

本堂・大師堂・納経所は本堂を中央にして横一列に並んである。手水場から参道左側は駐車場になっていて、何台かの車が止まっている。

本堂・大師堂の前には、古い石碑や近年建てられたと思われる石柱が立てられている。この石柱が、五輪塔のような回向柱のような面白い形をしているのが印象的であった。

あと2つということで、感慨深く読経。読経を終えて納経所に行くと、最近には珍しく順番待ちになった。特に今回の区切り打ちでは自分以外に納経する人がいないお寺が続いたので、いよいよ結願に近づいたと思う。

前の順番の人達は納経帳も何冊かあり、掛け軸や白衣にも印をもらって車に戻って行ったので、長尾寺だけでなく八十八回っていると思われるが、あと1つの長尾寺でたまたま一緒になるというのは妙なめぐり合わせであった。

この日の経過
志度寺 8:25 →[3.6km]
9:30 オレンジタウン前休憩所 9:40 →[4.2km]
10:55 長尾寺 11:30 →

[Nov 28, 2020]


長尾寺の境内は広く、写真の左手に駐車場もある。正面が本堂、手水場の影になるのが大師堂。大窪寺まで16.5kmがどのコースであるのか気になる。


長尾寺本堂。古い石碑がいくつか置かれている。


長尾寺大師堂。五輪塔とも回向柱ともつかない、変わった意匠の石柱。最近立てられたもので新しかった。