110 読まれなくなったエラリー・クイーン [Dec 23, 2020]

50年前にはよく読まれていて、今日ではほとんど読まれなったのは創元推理文庫とエラリー・クイーンである。

ヴァン・ダインもクロフツもディクスン・カーも見なくなったが、推理小説の代表格と言えばエラリー・クイーンであった。村上春樹の「羊をめぐる冒険」にも、エラリー・クイーンの小説の犯人は全部知っているというセリフがあった。村上春樹を読む人でも、エラリー・クイーンを1冊でも読んだ人は多くないだろう。

エラリー・クイーンを知らない人でも、薬師丸ひろ子の「Wの悲劇」を知っている人は多いかもしれない(あの曲を作ったのはユーミン)。「Wの悲劇」は映画の中に出てくる架空の劇だったが、もとになっているのはエラリー・クイーンの「Xの悲劇」「Yの悲劇」シリーズである。

当時、小学校高学年から中学生の少年たちは、推理小説かSF小説に熱中するものであった。最初は学校の図書館から借りて、次第に小遣いを貯めて本屋に行って買った。少年マガジンが50円か60円の頃、200円くらいで買えたと記憶している。

彼の小説は技術(殺害方法など)が古い上に、現代の観点からするとポリティカル・コレクトネスに引っかかるところが多い。古くてもシャーロック・ホームズはいまだに読まれているから、「中途半端に古い」ということなのだろう。

そして、同じ本格推理小説と呼ばれる分野においても、今日ではアガサ・クリスティより読まれていない。彼女の場合、読者に対するトリックが多く個人的に好きではないが、たとえ犯人対探偵のトリックであっても、小説の上では作者対読者のトリックだと気づいただけアガサ・クリスティの勝ちかもしれない。

今の時代でクイーンと言えば「ボヘミアン・ラプソディ」になってしまうが、半世紀前にはクイーンは結成されていないので、クイーン=エラリー・クイーンのことであった。

リアルタイムで聴いていて、クイーンがレッド・ツェッペリンやTレックス、エマーソン・レイク&パーマーより後世に名前を残すことになるとは思わなかった。今の人は、ELPといってもELTの間違いじゃないかと思いそうだが、それはさておき。

同様に、半世紀たってエラリー・クイーンよりアガサ・クリスティ、レイモンド・チャンドラーの方が断然といっていいほど知名度が上であるのは、当時からすると予想しなかったことである。

エラリー・クイーンが多くの作品を発表したのは1930年代、80~90年前だから時代に合わない面は確かにある。しかし同じ頃には、チャンドラーが多くの中編小説を書きまくっていた。当時の長編小説は1939年の「Big Sleep」だけだが(「Long Good Bye」は戦後の作品)、いまなお多くの読者がいる。

私がエラリー・クイーンを読みまくった1960年代は、作品が発表されて30~40年後。それがさらに50年経ってみると、よほどのマニアしか読まなくなってしまった。

日本の推理小説でも、江戸川乱歩こそコナン・ドイル的に少年向け需要があるけれども、横溝正史もあまり読まれなくなったし、松本清張を読む人はさらに少ない。時代とともに、読まれる小説が変わっていくことは避けられないことだ。

人生の残り時間が少なくなった年寄りが、昔をなつかしんで思い出すだけである。

[Dec 23, 2020]


今だとクイーンといえばボヘミアン・ラプソディですが、半世紀前にはエラリー・クイーンのことでした。