099 陣馬山・景信山 [Oct 21, 2020]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

10月20日朝。8時には床に就いたのに、午前4時過ぎまでぐっすり眠った。前日にコンビニで買っておいたサンドイッチやヨーグルトで朝食をとり、支度をして6時20分前にホテルを出た。

この日は、陣馬高原下までバスの始発に乗って、そこから陣馬山、景信山、小仏城山、高尾山と縦走する計画であった。YouTubeのかほちゃんが12kgの荷物で歩いているコースであり、時間さえあれば私でも大丈夫だろう。

陣馬高原下行の始発には、6時過ぎの八王子発で間に合うとジョルダンに出ていたが、余裕をみて一本早くするのがマイルールである。そして、高尾駅を出てびっくりした。バス停がないのである。

以前来た時にバス停であった場所は、ブルトーザーが入って工事中である。近くに案内書きがあって、バス停は100m先に移動したと書いてある。近くでよかった。南口にでも移動していたら、冷や汗ものである。

バス停前には10人ほどのグループがいて、このご時世に大声をあげて騒いでいる。年齢層がさまざまだからどういう集まりなのか分からないが、登山道は通行止で和田峠まで上がらないといけないとか言っているから、間違いなく同じルートである。朝から、気が重いことである。

陣馬高原下までの道のりは、かつてのように小学生が50人乗ってくることもなく、定時に陣馬高原下に到着した。大騒ぎグループが先に行かないかと少し待ったけれども、誰かを待っているようでなかなか出ない。午前7時になったので、先に出発した。

この道は、かつて醍醐丸から臼杵山に登った時に歩いた。峠まで舗装道路が続くが、傾斜が結構きつい。ひと汗かいたところで上に着ていたレインウェアと手袋を外して身軽になる。ちょうど大騒ぎグループが追い付いてきたところで、休むふりをして回避する。

和田峠までの後半はかなり距離のあるスイッチバックなので、大騒ぎが下まで響く。こんなのを一日聞かされたりしたら嫌だなと思う。後から思うと、これがこの日のケチの付き始めだったのだが、この時はこのグループだけだったので、それほど気にならなかった。

今回も前回と同じ70分で和田峠まで登った。最後、いきなりという感じで峠の茶店が見えて、同時にあの騒がしい声が聞こえてきた。「ここまではまだ序の口だぞ」とか言っている。少なくとも、山歩きに慣れた連中とは言い難い。

連中と少しでも距離をおきたくて、少し多めに休む。以前通った醍醐丸方向の林道の入口には、「通行止」の札が貼られている。昨年秋の台風被害は、一年経ったけれども全面復旧には至っていないようだ。

ようやく連中の声が聞こえなくなったので、いよいよ陣馬山にアタックである。陣馬山へは、醍醐丸とは逆方向、茶店の左の階段を登る。1/25000図を見ると、距離はあまりないのに標高差は150mほどあり、かなりの急傾斜が予想される。

そのとおり、急こう配の階段をひとしきり登ると100mほど平らになり、すぐに第二弾の階段が始まる。そして左にフックしながら第三弾が続くと、ようやく「陣馬山 0.1km」の標識となる。

ここからは緩い傾斜の幅広い階段となり、上に例の馬のモニュメントが見えてくる。さすがに、うれしくなる。あれが、この日の最高標高点である。和田峠からちょうど30分、8時50分到着。

頂上まで来たけれども、すでに出発したようで大騒ぎグループはいなかった。陣馬山の頂上は思った以上に広々としている。馬の立つ一角だけでなく、周囲が広い芝の広場になっていて、何軒かある茶店までの間隔も広い。眺望はまさに360度で、山並みは東西南北いずれにも続いている。


高尾駅北口のバス停付近は工事中で、場所が移ったかと思ってひやひやした。以前より100mほど奥になった。


陣馬高原下から陣馬山にショートカットする登山道は、橋の崩落により通行止めとなっている。2019年の台風の影響は、まだ随所に残っている。


和田峠までは以前通った道。和田峠から陣馬山まで、階段を登って直登。

 

陣馬山頂といえば、なんといっても馬の像である。何はともあれ、まず馬のところに行ってみる。朝早いせいか、まだ山頂にいるのは3人ほどであった。

モニュメントの銘板をみると、製作は昭和44年9月、八王子観光協会とある。寄贈者は京王帝都電鉄である。昭和44年といえば高度成長期、多摩ニュータウンの入居が始まる頃で、京王電鉄も運賃収入の飛躍的増大が見込まれていた時期である。

築後半世紀が経過、陣馬山のシンボルとして自他ともに許す存在ではあるが、徐々に疲れもみえているようである。この先、改修・建て替えの計画があるのかどうか、スポンサーはどこになるのか、いろいろ考えさせられる。

この日は晴れという天気予報であるが、この時間はまだ雲が多かった。富士山は見えず、近くの山もいくつかは雲におおわれていた。最も見晴らしが利いたのは登ってきた北方向で、左へ、つまり北西に稜線が続いている。

方向的にいうと一番奥の高い山は三頭山と思われるけれど、持ってきた1/25000図にそこまで載ってないし、近くに展望図も見当たらない。頂上の形が数馬から見るのと違うような気もしたけれど、帰って調べたらやっぱり三頭山だったようだ。

三角点があるはずなので探したのだが、どこにあるのか見つけられなかった。そうこうしている間に9時を過ぎ、平日にもかかわらず茶店のひとつが開店したようだ。温かいものでも買ってもう少しゆっくりしたかったが、先が長いので20分ほど休んで出発した。

後から考えると、景色といい人の少なさといい、ここがこの日のベストポジションだった。先のことは考えず、もっとゆっくりしておけばよかった。後になってこうしておけばよかったと思うのは、性格である。

陣馬山からの下りは、気持ちのいい尾根道であった。朝早いので、まだすれ違う人がほとんどいない。そして、このルートは私が「高速登山道」と呼んでいる関東ふれあいの道である。もともとハイキングロードとして指定されている上、各都道府県が整備しているので安全な道でもある。

ところが、このルートには危険な場所はほとんどないのだけれど、本当に歩きやすいのは20分ほどだけだった。徐々に道幅が狭くなり、微妙な起伏が出てくる。それほど顕著なアップダウンはないけれど、木の根が地面を覆って歩きにくい。

藤野方面への道を分ける奈良子峠からは、この朝出発した陣馬高原下への道標も出ていたのだが、昨年の台風の影響で通行止で、トラロープが張られていた。そこからもう少し歩くと明王峠である。

明王峠は景信山までの中間点より少し手前にあるので、もう少し早く着けると思ったのだが、時間を見ると10時を過ぎていた。陣馬山・景信山間は2時間と記憶していたが、何だか2時間では着かないような雰囲気である(帰ってから確認すると、140分とするガイドが多いようである。だとしたら、特に遅くはない)。

そして、このあたりから急に、すれ違う人抜いていく人が急に増えた。抜かれるのはともかく、すれ違う人はどこから登ってきたのだろう。高尾山からこの時間は無理だし、小仏からかな、と思っていた。

そして、若い人の何割かはマスクをしているのだけれど、年寄りはほとんどノーマスクである。トレランの人も当然マスクをしていないし、汗も飛び散る。何だか、頭が痛くなるような気がした。


和田峠から30分ほど、陣馬山頂に立つ馬のモニュメントが見えた。かなりうれしい。


この馬は、昭和44年というから高度成長期真っただ中の頃に、京王帝都電鉄の寄贈により建てられたものだそうだ。


陣馬山頂からはほぼ360度眺望が開けている。この日は先が長いのでひと休みして出発したけれど、もっとゆっくりしておけばよかった。

 

明王峠から堂所山を経て景信山への道は、何ヶ所かで稜線をたどるルートと巻き道で分かれる。だからその分だけ人通りは集中しないはずなのだが、ひっきりなしに人が通る。立ち△ョ△できないくらいである(しなかったが)。

人の多さより参ったのは、マスクもしないばあさま達がすれ違うのにしゃべるのをやめないものだから、向こうがコロナ感染者であれば間違いなくこちらにも感染してしまうと思われたことである。

私もマスクを持参して、急登以外は付けるようにしていたし、すれ違う場合は付けるか、少なくともタオルで口鼻をふさぐ。でも、ばあさま達はそんな配慮は絶対しない。死なば諸共、私が罹ったら他人にも感染させずにおかないという雰囲気を醸し出している。

よく知られるように、マスクは自分から出る飛沫を抑制するものであって、他人の飛ばす飛沫から身を守る効果はほとんどない(気休め程度である)。でも、それを言ってしまうと死なば諸共の人達はマスクをしないから(トランプのように)、細かいことを言わずに「マスクをつけてください」とだけ言うのである。

道幅は陣馬山直下を歩いた時より格段に狭く、すれ違うと1m未満の間隔になる。そして、道幅があってもぬかるんでいるところがあるので、実際に通れる場所は限られる。もし私がコロナに感染したら、間違いなく陣馬山・景信山間で感染されたに違いないと思いながら歩いた。

このあたりほとんど展望が開けないのだが、景色を楽しむどころではなかった。明王峠から1時間半、巻き道を通ってきたせいか腰を下ろすところもなく、ぶっ通しで歩いて景信山に到着した。

景信山は簡素な山名標が立っている付近を除いて、頂上一帯すべて景信茶屋の敷地のようになっていて、古い木の椅子とテーブルが所狭しと並べられ雑然とした雰囲気である。

どこまでが茶屋のお客さん用で、どこからが一般登山者用のものなのかよく分からない。この日は平日のため茶屋がやっていないので、適当なところに座らせていただく。

向こうに見える東屋は建材がしっかりしているので環境庁か自治体が作ったもののようだが、中が散らかっていて使用できる雰囲気ではない。

そのように雑然とした雰囲気にもかかわらず、眼前に広がる景色はすばらしい。八王子から立川、府中、多摩ニュータウンあたりが一望のもとにあり、新宿の高層ビル街もはるか遠くに望むことができる。

府中というくらいだから武蔵国府はこのあたりだったはずで、景信山とか高尾山は、武蔵の国見山であったと思われる。21世紀のいまでは新宿も遠いしそれ以上は見分けもつかないが、8世紀にはあのあたりは沼地である。おそらく国じゅうが一望のもとにあっただろう。

この時頂上にいたのは10グループ30~40人くらいで、その風景をかぶりつきで見ることのできる最前列の席はすべて埋まっていた。やがて、一番騒がしい十数人が高尾方面に出発して行き(陣馬高原下までバスで大騒ぎしていたグループだと思う)、三々五々それに続いて、ようやく静かになった。


陣馬山からしばらくは、歩きやすい尾根道が続く。さすが「高速登山道」関東ふれあいの道だと思ったが、途中から道幅も狭くなり起伏も多くなる。


相模湖方面との分岐となる明王峠。峠に不動明王の石碑があることがその名の由来か。茶店は休日のみ営業のようだ。


景信山までの道は、道幅がせまく木の根が出て歩きにくい。やたら人が多くて、すれ違う人や追い抜いていく人で神経が疲れる。もし私がコロナに感染したら、ここに違いないと思いながら歩く。

 

時刻はまだ正午過ぎ。予定どおり高尾山まで歩くのに十分な時間が残ってはいるものの、高尾山に近づくとこれまで以上に人が多いはずである。そして、くさくて騒がしい高尾山頂を通るのも気が重い。

加えてこの先、小仏城山まで進むと、下山道が通行止めで通れないと高尾山のビジターセンターに書いてあった(WEBによると、車が通れないだけで人は通れるようである)。小仏バス停にエスケープするとしたら、ここが最後のチャンスである。

つらつら考えて、縦走はここまでにして小仏バス停にエスケープすることにした。事前の調べは十分ではないものの1/25000図はあるし、標高差はともかく距離はそれほどないので1時間ちょっとみれば大丈夫だろう。

バスは毎時40分のはずだったから、12時15分に出発して1時40分発を目指す。登山道はいきなりの急傾斜でびっくりしたが、考えてみればここから標高差400mを2km少々で下るのだから、傾斜は急である。その分すれ違う人も少なく、抜かれたのも麓まで5人だけだった。

静かに山道を下りながら、自分が歩きたいのはこういう山なんだと改めて思った。百名山にはあまり興味はないし、人が多い山になど行きたくない。この連載の最初の頃がそうだったように、私の行きたいのは本来、人があまり行かない山だったのである。

午後1時を過ぎた。急傾斜は変わらないものの、下の方から採石場の作業音のような音が聞こえる。もうそろそろ麓に着いてほしいところであるが、音が聞こえるだけで周囲は深い森の中である。今どこにいるのかも見当がつかない。

15分ほど下った頃だろうか、木々の間から構造物のようなものが見えた。そして、気がついた。しばらく前から響いていた騒音は採石場でもセメント工場でもなく、高速道路を通る車の音だったのである。ちょうど小仏トンネルの出口なので、よけいに反響しているのだろう。

高速道のすぐ脇に舗装道路に下りる階段があって、そこが下山口だった。下山口からバス停までなかなか着かないので少しだけあせったが、前を行くグループもあわてていないので、バスの時刻には間に合うんだろうと思った。

15分ほど歩いて、12時30分小仏バス停着。すでにバスが止まっていて、下山途中に私を追い抜いて行ったグループの顔も見えた。

40分の出発時刻にはすでにほとんど席は埋まっていたが、途中からリュック姿のハイキング客が乗ってきて、立つ人もいた。高尾山から下りてくるコースがある他、どうやら小仏城山からも歩くのは大丈夫であるらしい。それにしても、平日なのにこの混みようはさすがに高尾。私が普段行く山とは違う。

当初は、ケーブルカーで下って高尾山口の日帰り温泉で汗を流そうと思っていたけれど、乗り換えて高尾山口まで逆戻りするのも何だし、3密回避で入場制限になっている可能性が否定できない。これ以上、人が多い所に行きたくない。このまま家に帰ることにしよう。

小仏から高尾駅まで20分ほどで到着して、2時過ぎの特別快速に乗ることができた。予定ではまだ高尾山でケーブルを待っているはずの午後3時には新宿に着いて、4時半には家に帰ることができた。

日帰り温泉に入らないで浮いたおカネで、奥さんの好物である船橋屋の豆寒天を買って帰った。マスクなし話放題おばさんからの感染を心配したけれども、どうやらコロナに罹っていないようなのは何よりのことであった。

この日の経過
陣馬高原口(306) 7:00
8:10 和田峠(751) 8:20
8:50 陣馬山(854) 9:15
10:00 明王峠(738) 10:10
11:45 景信山(727) 12:20
13:30 小仏バス停(292)
[GPS測定距離 11.8km]

[Jan 11, 2021]


景信山は景信茶屋の私有地のような趣きで、古い木の椅子やテーブルが所せましと置かれて雑然としている。この日は平日で営業していなかった。


頂上は雑然としているが、眼前に広がる眺めはすばらしい。遠く、新宿高層ビル街も望める。高尾山もそうだが、武蔵国の国見山だったに違いない。


小仏への道を下りてくると採石場のような騒音がかなり前から響いているが、それは高速道路を通る車の音だった。下山口からバス停まで、15分ほど歩く。