100 私の糖質制限入門 [Feb 23, 2021]

1.63歳にして糖質制限に取り組む

年初の「せいうち日記」でお伝えしたように、昨年暮れから糖質制限に取り組んでいる。そこでも書いたように、16年前Niftyでスタートしたブログの日記編に「せいうち日記」と名づけたのは、まるでせいうちのような自分の体型を何とかしようと思ったからである。

当時、ポーカー友達であった「あけみん」(元気かな?)も同時期にダイエットに取り組んでいたし、お互いに刺激しつつ努力すればそれなりの成果につながると思ったのである。

しかし、物事はそう簡単にはいかなかった。がんばれば5kg程度は減量できるのだけれど、半年、一年と経過する間にいつのまにかリバウンドしてしまうのが常であった。最近は、検査数値がよくも悪くもならないことに安心して、少しだらけた生活となっていた。

ところが、寄る年波には勝てず、最近は体のいろいろなところに不調シグナルが出ていた。お医者さんは「数値はいいですね。薬はこのままいきましょう」と言うのだけれど、自分の体のことは自分が一番よく分かる。

きっかけとなったのは、年金が出て小遣いを下ろし、スーパーで買い物をしてきた後だった。お小遣いで買うのは自分の嗜好品である。買ってきたものを見てあ然とした。アイスクリーム、ゼリー、冷凍大判焼、缶入り炭酸飲料、袋菓子、チョコレート、クッキー等々、甘いものばかりなのである。

週2~3回散歩に行ったり、家の掃除などこまめに体を動かすようにしてはいるものの、これほど甘いものをため込むのはまともではないのではないか。自分は「甘いもの中毒」ではないか、と思ったのである。

そこで、「甘いもの中毒」に関する本を図書館から借りてきた読んだのだけれど、それらの本に載っていたのが、中毒症状そのものではなくて、糖質制限に関することだったのである。

「甘いもの中毒」の本については2020年12月に書評で採り上げたけれど、この本以外にもいろいろ借りてきた。糖質制限を否定する内容についても、借りてみた。結果、自分なりに考えることができた。

結論を述べれば、「糖質制限は理屈に合っている。ただし、デメリットについての検証が現時点では十分でないので、バランスをとりつつ糖質制限に軸足を置いた対応が望ましい」ということである。以下、私なりに考察した結果を報告したい。

糖質制限について説明する前に、最初に確認すべきことがある。食事療法に関するさまざまな理論は、ほとんどすべて仮説にすぎないということである。

仮説という意味は、証明されるのはこれからということであり、事実の裏付けにより否定されることもありうるということである。コレステロール悪玉説はこれまで定説のように言われてきたが現在では旗色が悪く、カロリー制限もそうなる可能性が高い。

すべて仮説なら「貴方はアラーを信じる。私は八百万の神を信じる」でもいいかもしれないが、その理屈・論拠を吟味して、より効果的で害が少ない方法をとる方がよかろうと思う。

糖質制限という仮説の最もすぐれた点は、血液中に糖分が多すぎるのが問題なのだから、取り入れる糖質(炭水化物)を少なくすればいいという理路が単純明快なことである。糖質制限を否定する人達はここを論破しなければどうにもならないが、それに成功した人はいない。


昔ダイエットに取り組んだ頃はカロリー制限全盛期で、80kcalの食品量を暗記したものでした。今はあまり役に立たない。

 

2.糖質制限の理論

繰り返しになるが、糖質制限理論の要点は、血液中に糖分が多すぎるのが問題なのだから、取り入れる糖質(炭水化物)を少なくすればいいということである。

これまでの食事療法理論は、糖質摂取だけを減らすことはできないので、摂取カロリーを消費カロリー以内に抑えて血糖値の上昇を抑えるというものであった。

なぜ、糖質摂取だけを減らすことができないかというと、体を動かす元となるエネルギー、特に脳を動かすエネルギーは、ブドウ糖を代謝することでしか得られないと考えられていたからである。

最新の知見では、脳だけでなく心臓など主要臓器を動かしているエネルギーはケトン体(脂肪を分解することにより得られる)の代謝で得られることが分かっているし、そもそも身体に必要なブドウ糖は肝臓で生成できる。

こうした知見が得られる前の食事療法理論では、摂取カロリーを抑えた上で、炭水化物:タンパク質:脂肪を「6:2:2」の割合にするというのが原則であった。しかしこの「6:2:2」、もともと米国の保健当局が肉や油脂をとり過ぎないように定めた数値で、炭水化物のとり過ぎには配慮していないのである。

私が想像するに、必ずしも肉や油脂をとりすぎていない日本でこの数字をそのまま適用したのは、経済的な理由だったと思う。

学校給食とか、病院の療養食とか、公的機関で多くの人に食事を提供する場合、予算的に炭水化物中心にせざるを得なかった。それで、基準値として(タンパク質・脂肪を最低限確保する水準として)、「6:2:2」にしたのではないだろうか。

これは改めて書くことになると思うが、糖質制限食にする際に最もネックとなるのが、コストの増加である。同一カロリーの炭水化物とタンパク質があるとして、値段は炭水化物の方がずっと安い。おカネがなければ背に腹は代えられないので、炭水化物中心にならざるを得ない。

米国で最近特に肥満が問題となっているのは、フードスタンプなどの困窮世帯支援策が行われた結果、ローコストで空腹を満たせる炭水化物に栄養が偏り、結果として肥満してしまうという現実があるからである。

糖質制限有害論の中には、「糖質制限は△△に(血管に、骨髄に、etc.)有害であるという論文がある」と書いたものもあるが、そりゃ世界中探せばそういう論文があるだろう。論文の有無より大切なのは、理由付けである。

糖質制限有害論者にしても糖質のとり過ぎがよくないことには同意している。同様に、脂質のとり過ぎもタンパク質のとり過ぎも、塩分のとり過ぎも体によくないに決まっているのである。

タンパク質や脂肪をとりすぎるとかえって健康を害するというのが反対論者の主張だが、糖質(炭水化物)をとりすぎても健康を害さないと証明しない限り、糖質制限の本質は否定できない。あとは、デメリットをいかに少なくできるかという技術論になるからである。

一時期、日本古来の伝統食が健康維持・長寿につながると言われていた。現在はこれにも疑問が呈されていて、日本人の平均寿命が世界最高水準となったのは、食事の欧米化とほとんど同時期である。伝統食をとっていた時期の寿命は、いまよりずっと短かかったのである。


糖質制限では、がまんしなければならないものが多い。とはいえ、すぐ慣れてしまうものもあるので、泣くほどでもない。

 

3.糖質制限への反論

さて、糖質制限の理論は理解したけれども、自分自身でもこれはどうなんだという疑問がない訳ではなかった。その大きなものは、低血糖発作とシャリバテである。

低血糖発作とは、糖尿病の薬(多くは、インシュリンを強制的に分泌させる薬である)を飲むと、場合によって血糖値が必要以上に下がってしまい、頭痛、悪寒、手足のしびれ、悪くすると意識不明等の症状が出ることである。私自身も、実際になってしまったことがある。

糖質制限の本を読むと、体内にブドウ糖が足りなければ肝臓でアミノ酸から生成されるし、そもそも体を動かすエネルギーとしてはケトン体があるから、血糖値が低いからといってすぐに症状が出ないはずである。

ところが、現実には低血糖発作が起きる。これは、脳が体をだまして糖分の摂取を促しているのか、あるいは体が発するSOSなのか。アル中でも薬物中毒でも禁断症状が出るから、自分自身でもそのどちらなのか区別するのは難しい。

もう一つは、シャリバテである。山登りしている人はほとんどみんなシャリバテの経験がある。あれもまた、辛いものである。だから、山歩きの際には、お昼とかにこだわらず、こまめに行動食をとって栄養補給するのがいいとされている。

これも、肝臓で生成されるブドウ糖とかケトン体で体が動かせるとすれば、それで動かせれば問題ないはずである。筋肉に一度に負荷をかける際にはブドウ糖代謝が優先するとされるが、それほど高負荷でなくてもシャリバテは起きる。これも、脳が糖質を求める幻影なのであろうか。

自分自身の身体感覚からするととても幻ではないのだけれど、シャリバテしたのはかなり昔のことなので記憶が定かでない。ただ、これについてはなるほどと思わないこともない。

というのは、羽根田さんの遭難本のどこかに、遭難して食糧がなくなってしまい、お土産に買ったマヨネーズと沢の水で十数日間生き延びたという話があるからである。

マヨネーズの原料は卵、油、塩だから、糖質をそれほど多く含まない(最近のマヨネーズはそうでもないらしい。特に、カロリーオフのもの)。もし、ブドウ糖が体を動かすエネルギーの中心であるならば、マヨネーズだけで生き延びることはできないはずである。

体を動かすというのは、単に歩き回ることだけではない。仮に一ヶ所にとどまって動かないとしても心臓はじめ内臓が動かなければならないし、エネルギーの約2割は、脳で消費されると言われている。

一方で、カーボローディングという、スポーツや登山で有効とされる方法がある。体を動かす前日に炭水化物を普段より多めにとることにより、体内にエネルギーとなる糖分を蓄えて本番に生かそうとするものである。

私自身も、登山の前にもち米の入った混ぜご飯を食べると元気に歩けるように思うし、朝食にはパンよりご飯の方が腹持ちがいいと感じる。しかし、糖質制限の理論によると糖分は数時間分しか体内に蓄えられないとされるので、そうなるとカーボローディングにはあまり意味がないということになる。

だが、糖質制限の理論の中で最も疑問に思えるのは、糖質(炭水化物)で足りないエネルギーをタンパク質や脂肪で取ればいいという考え方である。

糖質のとり過ぎが体に害があることには同意するけれども、だからタンパク質や脂肪のとり過ぎが害にならないということにはならない。タンパク質や脂肪は吸収されずに排泄されるというが、体が耐えられる限り消化して体内に取り込むはずで、それが害にならないと証明された訳ではない。

肉や乳製品、油脂のとり過ぎは、理論的にも体の酸化を起こして老化の大きな要因であるとされている。そして、体を維持するためにさまざまな栄養素が微量でも必要とされるので、一部の食品に偏ることは栄養素の偏りを招く。

厳密に糖質を排除してその分のエネルギーを他で求めるという糖質制限原理主義は、メリットよりもデメリットの方が大きいように思える。


糖尿病患者にとって、低血糖発作は恐怖である。最低限のブドウ糖は肝臓で生成されると言われても、だったら低血糖にはならないはずと思ってしまう。(出典:糖尿病情報センター)

 

4.私の基本的な取り組み姿勢

以上を踏まえて、私の糖質制限への取り組み姿勢についてまとめてみる。

まず、糖質制限の目的は体調を整えて老化に伴う(と思われる)さまざまな不具合を改善することであって、減量そのものではないということである。

もちろん、体質改善に伴って体重が減ることは歓迎すべきことだし、血糖値やヘモグロビンA1cを毎日測定することは難しいので、体重を目安とする以外に方法がないのだが、それが目標ではないということである。

当面の目標は糖尿病の薬を減らすことによって医療費支出を減らすことであり、最終的な目標は死ぬまであまり苦しい思い、痛い思いをしないで済ませるいうことである。

それでは、「炭水化物として」糖質をとらなければならない量はどれくらいなのだろうか。驚くなかれ、炭水化物でしかとれない糖質、炭水化物でしかとれないエネルギーはないのである。

もちろん、炭水化物には豊富な食物繊維が含まれるし、微量栄養素もあるのでとらずに健康維持できるということではない。しかし、タンパク質や脂肪のように、体内で作られないため食物からとる必要があるということはない。

成人が1日に消費するカロリー数は約2000kcal。体格や年齢、男女別で大きな差があるものの、ほぼ2000kcalである。炭水化物:タンパク質:脂肪を6:2:2でとると、1日に必要とされるタンパク質、脂肪をほぼ充たすことができる。

しかし、6を炭水化物ということになると、どうしても糖質過多にならざるを得ない。2000kcalの6割だから1200kcal、80kcal(昔の言い方だと1点)の炭水化物には15gから20gの糖質が含まれるから、1日に250gから300gとなる。お菓子や清涼飲料をとれば、350gから400gを楽に超えてしまうだろう。

白砂糖1袋を3日間で食べているとなると、それはちょっと多すぎると考えるのが普通であろう。もちろん、白飯とか食パンという形をとるのだけれど、消化されれば白砂糖と変わらない。

(実際、清涼飲料水に使用される「果糖ブドウ糖液糖」は、トウモロコシ等のでんぷんを、体の中で消化するのと同様のやり方で、酵素を使ってブドウ糖にしている。)

糖質制限のパイオニアの一人である江部先生は、糖質制限食を1日糖質130g以下、スーパー糖質制限食を1日60g以下と定義している。糖質は野菜や肉にも含まれるし、調味料などにも当然入っている。だから、糖質を全くとらないというのは現実的に無理である。

しかし、1日130g以下にすることができれば、そうでない場合と比べて1日に150g以上糖質摂取を抑えることができる。1週間で白砂糖およそ1袋である。このあたりが無理なく続けられる範囲と思われる。

だから、糖質制限の第一歩としては、マイルドな糖質制限だけでかなり違うはずである。朝食のトースト、昼のインスタントラーメン、夕食の白飯を食べないだけで、1日当り約150gの糖質を摂取しないで済む。

とりあえず、そうした方針で臨むことにした。次は、実際にどのような食生活を送ったか、その結果体調がどのように変わったか実践編をお送りしたい。

[Feb 24, 2021]


高齢者の食事は、低糖質にした方が健康によいとされる。これからは、塩じゃけで白米を食べるという時代ではなくなるかもしれない。