267 ディヴィット・ホロビン「天才と分裂病の進化論」 [Jan 28, 2021]

原題” The Madness of Adam & Eve – How Schizophrenia Shaped Humanity “、「アダムとイブの狂気~分裂病はいかにして人間性を形成したか」である。直訳した方が、本の内容をよく表している。

いろいろな分野で、私の若い頃よりずっと科学が進歩していると感じるが、その中のひとつが精神医学である。当時は、分裂病、そううつ病、てんかんが三大精神病とされて、その原因は不明とされてきた。遺伝的要素が大きいとみられていたが、それは言ってはいけないことであった。

確かに、一卵性双生児が2人とも発症するケースは半数以下であるので、遺伝的要因がすべてではない。では、生育環境により決まるのか、そうとも言えないケースも多い。だから、結局のところ原因は不明で、対症療法、つまり少しでも症状を軽くする方法が主な研究領域であった。

著者は多くの臨床例、患者の検査結果と症状の重い軽いを精査した結果、脂質の代謝異常に原因があるのではないかと推測する。となると、分裂病(現在は統合失調症と呼ばれる)は「精神」の病気でも、「脳」の病気でもなく、「体」の病気ということになる。

この考え方は医学会の主流からは異端視されてきたが、近年(この本の書かれたのは2001年)、見直されつつある。実際の臨床例で、著者の主張するようにドコサヘキサエン酸、エイコサペンタエン酸という脂肪酸を処方すると、重症患者の容態が改善したからである。

ドコサヘキサエン酸、エイコサペンタエン酸は、分裂病患者の脳や赤血球で減少していることが著者の推論の根拠であった。これらの脂肪酸は、それ以前から健康食品として注目されていた。ドコサヘキサエン酸はDHA、エイコサペンタエン酸はEPAのことである。

DHA、EPAは体内で生成できない必須脂肪酸と呼ばれる栄養素で、主に青魚等から摂取される。近代以降、分裂病が増加したようにみえるのは、食生活の変化によりそれらの摂取が減り、重症化しやすくなったのが原因ではないかと著者は考える。

分裂病の臨床例から一転して、著者の考察は遠い過去へと遡る。分裂病の発生確率は、地球上のどの場所、どの民族でもほとんど変わらず人口100人当たり1人程度である。ということは、人類が地球上に分散する以前に、分裂病の遺伝子が存在したことになる。

そもそも、なぜ人類が住み慣れたアフリカから遠く全世界に広がる必要があったのか。広がった年代は、発掘結果からほぼ分かっている。10万年前から15万年前である。

ちょうどその時期に、宗教や芸術、音楽、技術の進歩や抽象的思考などが発生した。それは偶然ではないと著者は考える。分裂病の原因となる突然変異が、宗教や芸術、技術など人間性を形づくったのではないだろうか。

著者は注意深く、傍証となる事実を挙げる。分裂病が社会問題化し、どうやら遺伝的要因が大きいらしいと判明した時、優生学的な見地からこれを解決しようという考えもあった。分裂病を発生させる血を残さないようにしようというのである。

しかし、これは現実的に無理であった。というのは、ヨーロッパにおいては貴族の家系、アメリカにおいては成功者の家系にそうした患者が多かったからである。

実際、著名な芸術家、発明家、作家、起業家などの家系には分裂病をはじめとする精神障害、発達障害の患者が多い。本人も、子供の頃学校になじめなかったり、奇行や引きこもりで変人といわれる例がたいへん多い。これは偶然なのだろうか。

著者は偶然ではないと考える。もともとは脂質の代謝異常から発生した体質が、軽い症状として出ると新しいアイデア、抽象的思考などに現われ、重い症状になると幻視、幻聴などの形で現れるということではないだろうか。

宗教の始祖のほとんどは天の声を聞くところから始まる。これは幻聴ではないだろうか。また、多くはエキセントリックな性格であるが、これも分裂病の症状が現れたものではないのか。戦争をしたり王になろうとするのも、同様の遺伝的要因が起こさせているのではないか。

著者は、これらの推論は、遺伝子の解析が進んで、ヒトとチンパンジーは遺伝子レベルでどこがどう違うか判明すれば答えが出るだろうと予測している。

脂質代謝が精神障害をすべて説明するものではないとしても、その一部であることは間違いないように思う。そして、そもそも「精神」なんてものが体と独立してあるものなのか、考えさせられる最新の知見である。

[Jan 28, 2021]


分裂病の原因となる遺伝子と、人類の特徴である創造・進歩を促す遺伝子は同じもので、脂肪酸の代謝異常から発生したという仮説はユニークであるとともに、説得力がある。