カテゴリー
丹沢の山歩き

100 大山北尾根 [Nov 11, 2020]

この図表はカシミール3Dにより作成しています。

2012年に開始した「中高年の山歩き」シリーズ、今回のレポートがめでたく100話目となる。

区切りの100話目の山を、どこにしようか以前から考えていた。10月に高尾・裏高尾に行って人疲れしたこともあり、ひと気のないこの山にまた行ってみたいと思った。その山とは、大山北尾根である。

このシリーズを書く以前にも、山に頻繁に行っている時期があった。四半世紀も前のこと、子供が小さかった時である。家族連れなのでそれほど高い山は難しかったが、なるべく人がいない静かな山を選んで登った。

その頃登った山の一つが、大山北尾根である。当時も大山はポピュラーだったが、北尾根はバリエーションルートの扱いだった。手元にあるヤマケイアルペンガイドの1994年版では、北尾根は点線すら入っておらずもちろんコース紹介もない。

ところが2014年版ではばっちり点線が入り、日向薬師、唐沢峠と並んでサブルートとして紹介されている。現在では、北尾根からの支尾根であるネクタイ尾根が、かつての北尾根的な位置づけのようである。

なぜ、北尾根がにわかに格上げとなったのだろうか。点線にもされない当時から、北尾根はほぼ危険がなく、歩きやすい尾根道とされていた。送電線管理の必要もあったのだろう、登山道もきちんと管理されていた。

思うにひとつの理由は、ヤビツ峠から奥に入ると交通の便がひじょうに悪く、車を路上駐車して歩く人が多かったからではなかろうか。現在もそうだが駐車スペースが十分でなく、多くの人が入り込むだけの余力がない。

もうひとつ考えられるのは、かつての丹沢にはあらゆる尾根、あらゆる谷に登山者が入り込んで、たいへん事故の多い山だったことである。

警察としては、行方不明で捜索願が出されれば放っておく訳にいかない。そして、大山周辺でも意外と山は深く、ときおり道迷いや転落事故が起こっている。大山にハイキングのつもりで登ってきた人達に、気軽に奥まで入ってほしくないというのが警察の本音であろう。

では、ガイドブックに載っていない大山北尾根をどうやって知ったかというと、それはパソコン通信によってなのであった。Niftyの会議室の中に北尾根のレポートがあり、バリエーションルートではあるがほとんど危険個所はなく、歩きやすいコースと紹介されていた。

家族で行ってみて、確かに鎖場、ロープはほとんどなく、道標はなかったけれど迷うような場所もなかった。危ないとは感じなかったが、距離はたいへん長く、帰り道では子供が泣きべそだったことを覚えている。

という訳で、いまでは大きく紹介されるに至った大山北尾根だが、交通の便が悪いことは昔も現在も変わらない。平日は秦野・ヤビツ峠間のバスが朝夕一本だけ。それに間に合わないと1時間半かけて蓑毛まで歩かなければならない。

では奥に進めば何とかなるかというと、大山ケーブルの始発に乗ったとしても一ノ沢峠、物見峠を経由して煤ヶ谷に着くのは夕方で、日が暮れる前に着くのは難しい。

「中高年の山歩き」シリーズでは、これまで丹沢へは公共交通機関を使うことにしていた。けれども、大山北尾根に行くとなると車ということにならざるを得ないのである。

ヤビツ峠に、新しいレストハウスが建設中でした。丹沢ホームの売店がいつも休みのせいかな。

イタツミ尾根を登り、阿夫利神社の参道に合流する。半分半分と記憶していたのだが、参道は最後の10分くらい。

大山山頂。まだケーブル始発組も登ってきていない時間なので、人も少なく静かでいい雰囲気。

2020年11月11日水曜日、天気予報は晴れ。絶好の登山日和である。4時半に家を出発。しかし、初っぱなから出足をくじかれる。この週から東名の集中工事が始まり、秦野中井までずっと車線規制されていたのである。

「岩沢さんはそんなこと言ってなかったじゃないか」と愚痴っても後の祭りである。往路は30分ほどの遅れで7時30分にヤビツ峠駐車場に着いた。あと4台分しか空いていなかった。

そそくさと支度をすませて出発。登山口はレストハウス建設中ということで、少し戻って迂回しなければならなかった。ヤビツ峠には丹沢ホームの売店があるが、開いているのを見たことがない。休める場所があるに越したことはない。

大山へはイタツミ尾根を登る。最初に急登があって、しばらくなだらかになって、再び急登となる。記憶では、半分はイタツミ尾根、半分は阿夫利神社の参道と覚えていたのだが、実際はほとんどイタツミ尾根で、最後の10分くらいだけが参道であった。

なかなか参道に着かないのでおかしいなと思って、合流前にあるベンチで水分補給したら、すぐに合流だった。すでに二十何丁目で、すぐ鳥居が見えてくる。

大山山頂には9時40分着、ヤビツ峠から2時間。私ならそんなものだろう。

まだケーブル始発で登った組も着いていない時間なので、頂上は人が少なく静かで、いい雰囲気であった。暖かく、風もない。頂上の休憩所からは東方向、厚木から横浜、遠く都内まで望めるすばらしい展望である。

トイレ横から西側に回ると、今度は富士山がはっきり見える。ちょうど三ノ塔のなだらかな頂上部分の上に、わずかに雪をかぶった富士山が見える。三ノ塔から伸びる表尾根、塔ノ岳、丹沢山、丹沢三峰までずっとつながっていて、蛭ヶ岳の頂上も覗いている。

景色は十分楽しんだのだが、このあたりにあったはずの北尾根に入る脚立が見つからない。前に来たのは三十年前だから記憶が定かではないが、アンテナ塔近くでそれほど探さなかったはずである。

しかし、アンテナ塔付近には昔なかったいろいろな施設ができていて、きれいに砂利が敷かれている。いまでは一般コースに格上げされたはずなのに、道標がないのは昔と同じなのだろうか。

トイレのすぐ近くの木にテープが結んであったので、これが目印かと思って坂を下ってみた。しかし、どの方向に進んでもシカ除け柵に突き当たってしまいそれ以上入っていけない。結局、このテープは何の意味もなかった。

休憩所に戻り、参道方向を探し、15分近く右往左往しただろうか。頂上の北方向は、やはりアンテナ塔である。もう一度戻ってよく探してみると、踏み跡がえぐれて奥に向かっている。アンテナ管理に使われているなら、建物の入口に向かうはずだ。

すると、通路から死角になったところに、脚立が置いてあった。ようやく見つかった、と越えようとすると、危うく踏み外しそうになった。この脚立、アンテナ塔側は踏板が4段しかないのに、奥側は6段ある。特注だろうか、それとも、違う段の物を分解・組み立てしたのだろうか。

大山山頂付近からは、三ノ塔の背後に富士山という壮大な眺め。YouTubeのかほちゃんが塔ノ岳に登った動画でも、富士山の雪が同じように映っていました。

北尾根への入口は、アンテナ塔の裏。脚立は通路からは死角になる。昔と場所が違ったので、15分ほど山頂の周囲を探し回った。

北尾根に入ると、標識はなく踏み跡が頼り。中央の木の根元、白黒に見える神奈川県の水源標識柱がピンクテープの代わりになる。

北尾根に入ると、標識は一切ない。踏み跡が頼りである。しばらく下った場所でモノレールに突き当たる。このあたり尾根が分かれているので分かりづらい。前に来た時はもっとピンクテープがあったと思うのだけれど。モノレールに沿って北に進む。

ピンクテープの代わりになるのは、神奈川県の水源標識柱である。白黒で遠くからでも目立つ。標識柱のところで立つと、次の標識注が見える。ピンクテープと同じ原理である。時々、青色や白色の柱が一緒に立っていることもある。北尾根は、厚木市と秦野市の市境なので、その関係だろうか。

しばらく歩くと、シカ除け柵が行く手を阻む。モノレールの脇は通れない。すると、少し先の太い木の幹に赤テープをぐるぐる巻きにしてあったのでそちらに進む。テープで行く先を示していたのはここ一ヶ所だけで、あとはなかった。

迷いそうな場所はこの2ヶ所くらいで、あとは広々とした尾根を道なりに下って行く。ほどなくモノレールも戻ってきて、水源標識柱も短い間隔で続いている。

水源標識柱ともう一つ、進路を確認する目安となるのは景色である。大山北尾根は県道の通る谷をはさんで丹沢山への稜線と並行して南北に続くので、谷までの途中にピークがあったらそれは道間違いである。一度、そういう支尾根に入りかけてあわてて戻った。

下る途中で、単独行の登山者二人とすれ違った。一人は普通のリュックを背負った人で、もう一人はカメラ道具一式を抱えていた。後から考えると、どこから登ってきたのだろう。ずっと北尾根を来たのだとしたら相当早い時間に出発しなければならないし、険しい支尾根を登ってきた様子ではなかった。

しばらく記憶したとおりの広い尾根道が続く。モノレールが分岐するあたりで少し紛らわしいところがあるが、北向きに、丹沢山が見える尾根を下っていけば間違いがない。神奈川県の標識柱も続いている。

紛らわしいところでは、前回子供を連れてきているのだから、そんなに険しいルートではなかったはずと思ってルートを探した。長かったという記憶はあるけれども、危ないとか迷うとかはなかったはずなのである。

モノレールが右に分かれていく尾根が、ネクタイ尾根である。下界のビルが見えるので明らかに方向が違うし、北尾根より勾配が急である。このバリエーションルートは唐沢峠まで続くが、いったん谷まで下るので大変な道である。

ネクタイ尾根分岐の後もモノレールに沿って進むが、もう一度尾根が分岐するあたりで林の中に消えていった。その方向へはシカ除け柵があるので、通れる方向に進む。山頂からこちら、脚立で柵をまたぐ場所はない。

中沢ノ頭が近づくと、結構なヤセ尾根が続く。足元は木の根っこで歩きにくいし、両側は切れ落ちているというほどではないが45度以上はあるだろう。こんなところに奥さん・子供連れで来るとは、無茶なことをしたものである。

いろいろな山に登った今なら、「西沢ノ頭」は西沢、「ミズヒノ頭」はミズヒ沢の源流にあたる山頂ということで、ミズヒは水源という意味と想像がつくが、そんなことも分からずにバリエーションルート(当時)を歩こうとしていたのである。

「西沢ノ頭」も「ミズヒノ頭」も、前に登った時から手作りの山名標はあったけれど、当時は色付きだったのにすっかり消えてしまって、文字が彫ってあるのがかろうじて分かるくらいになっている。年月の経過を感じさせられる。

途中からモノレールが並行して走る。いつのまにか林の中に消えていった。

標識柱とともに頼りになるのは景色。左手には塔ノ岳から丹沢山の稜線をずっと見通すことができる。シカ除け柵の網が写っている。

木立の向こうに、西沢の頭が見えてきた。

大山山頂から1時間で西沢ノ頭に到着。尾根から西沢ノ頭が見えた時は大分登るような感じなのだが、それほどのことはない。山頂の木に山名標があるだけで、他に標識もないしベンチもない。少し下がった場所にレジャーシートを広げ、お昼にする。

今回はあまり準備しなかったので、テルモスのお湯でインスタントコーヒーを淹れて、カロリーメイトで昼食。デザートは例によってミックスフルーツである。朝食が3時半だったので、とてもおいしかった。(この後、夕食を食べられなくなるとは思わなかったが)

休んだ場所が平らではなかったので、立つ時に腰が痛かった。そういえば前回は、西沢ノ頭にもミズヒノ頭にも4人休めるだけのスペースがなかったので(いまもない)、送電鉄塔のところまで休憩をとらなかったのである。

西沢ノ頭で休んだので、そこから10分ほどのミズヒノ頭では写真を撮っただけで通過した。西沢ノ頭の前にはヤセ尾根があったけれど、過ぎてからは再び広い尾根で、ミズヒノ頭までは爽快である。

しかし、ミズヒノ頭からは、急こう配の下り坂である。しかも、これまで頼りにしてきた神奈川県の水源標識柱も見当たらない。この道でいいのだろうかと思う頃、眼下に送電鉄塔が見えてくる。

方向が合っていることは分かったが、まだ鉄塔の先端よりもずいぶん上である。水平距離は300mかそこらに見えるから、ずいぶん急な下りである。普通の登山道ならロープが下がっているかもしれない。

ようやく鉄塔先端くらいまで下り、滑らないよう懸命に歩を進めるうちに鉄塔の真ん中あたりまで来た。そしてどうにか、鉄塔の足元までたどり着くと、そのすぐ先にコンクリートの土台が見えた。ようやく、北尾根の終着点に着いた。

終着点とはいっても、北尾根の末端は一の沢峠を経て宮ヶ瀬湖の近くまで続く。だが、ヤビツ峠に車を止めてあるので、これ以上先に進むと戻るのが大変なのである。

大山北尾根には標識はなく、ベンチ等も全く置かれていない。唯一、完全な平面があるのは送電鉄塔の土台のコンクリであり、ここをベンチ代わりに座ることもできる。

ずっと昔、子供を連れてきた時もここで休んで、UPIガスでラーメンを作って食べさせた。これは、その前に荒船山に行った時に、震えるほど寒かったのにおにぎりとお稲荷さんだったのを反省して買ったのであった。

子供は2人なので、どっちに先に食べさせたのだろう。きっと二つに分けて、兄ちゃんと妹に食べさせたんだろうな、としばし物思いにふける。

記憶の中の大山北尾根はもっとのどかな尾根道だったのだけれど、歩いてみると結構ハードである。もちろん、自分が30代から60代になってしまったことも大きいのだけれど、きっと、子供を連れてきて楽しかったんだろうな、と思う。

家の奥さんが、「子供と遊んでやっているんじゃなくて、親が楽しませてもらっている」とよく言っていた。何十年たってみると、本当だなあと思う。こうして思い出して楽しむことができるのだから。

西沢の頭の前あたり、結構なヤセ尾根が続く。昔、小さい子供を連れてきたのは無茶だったか。

ミズヒノ頭を過ぎると、送電鉄塔に向かって急こう配の下り坂。方向は間違いないけれど、ヒザに来る。

送電鉄塔のコンクリに座って、静かに景色を見ながら昔のことを思い出す。写真は、鉄塔越しに見たミズヒノ頭といま下りてきた斜面。

名残り惜しいけれど、あまり長居すると帰りの高速が混んでしまう。1時少し前に腰を上げる。

送電鉄塔の先、すすきの原っぱを越えたところに分岐があり、「← 県道」と、北尾根で初めて標識があった。県道の反対側の表示は、プラスチックの標識が折れてなくなっていた。

ここから県道まで、吉備人の地図には40分と書いてあるのだけれど、そんなに簡単ではないだろうと思っていた。標高差が400m近くある急斜面の下りだからである。

案の定、県道までは1時間近くかかった。昔はなかったと思う樹脂製の足場が整備されていたけれども、それでもそんなにスピードは出ない。途中に紅葉がきれいに残っている場所もあったけれど、それを見た他は下るだけで一生懸命である。

県道に近づくと、車の音がするだけでなく、チェーンソーの音が聞こえてくる。県道70号線に沿って流れる藤熊川の両岸で土木工事を行っている音だった。

藤熊川はここからすぐ近くの宮ヶ瀬ダムにつながっているのだけれど、なんと、宮ヶ瀬ダムまでの県道は丹沢ホームより先は台風から1年以上経った現在も通行止めである。

県道ですらその状態だから、登山道は推して知るべしだろう。中央道の相模湖インターからヤビツ峠という計画もあったのだが、その道では来られない。キャンプ場から先は通行止なので、塩水橋から丹沢山というコースも厳しいかもしれない。

県道合流からの帰り道も、記憶していたとおり長かった。それに、標高差400~500m下った後の登りだから、舗装道路とはいえしんどい。ようやくBOSCO前まで着いた時にはほっとした。

青山荘からヤビツ峠まではショートカットの登山道があるので、入り口を探してうろうろしていたのだけれど、よく分からなかった。そのうちに、青山荘の奥様(だと思う)が出ていらして、

「この道は補修してないから、県道行った方がいいよ」

と教えてくださったので、ありがたくそうさせていただいた。台風以来補修していない登山道よりも、右足と左足を交互に出していれば着く県道の方が、安全・安心である。

そういえば、子供達を連れてきた時、青山荘を過ぎて泣き出したことを思い出した。あの時は菩提峠に車を止めたと思うので、もうすぐである。しかし、子供の足で大山登って北尾根歩いて、下りてきてまた県道歩いてはつらかったろうな、と今更ながら思う。

ヤビツ峠まで戻ったのは3時10分過ぎ。今回も、日帰り温泉に寄ることはできなかった。3時半に出発したのに、東名の集中工事に巻き込まれて、家まで5時間かかった。往きに3時間かかって予定外だったが、それどころではない5時間である。その5時間の間、休憩なしトイレもなしで過ごせたのには、自分でも驚いた。

[この日の経過]
ヤビツ峠駐車場(761) 7:50
8:55 参道合流前ベンチ(1043) 9:00
9:40 大山(1252) 10:15[後半15分は登山口探し]
11:20 西沢の頭(1094) 11:50[昼食休憩]
12:05 ミズヒノ頭(1050) 12:05
12:40 送電鉄塔(913) 12:55
13:50 県道合流(527) 13:50
14:30 青山荘(654) 14:35[登山道入ろうか迷う]
15:10 ヤビツ峠駐車場(761)
[GPS測定距離 11.9km]

[Feb 15, 2021]

送電鉄塔から県道まで、標高差で400mほど下る。急斜面には樹脂製の足場が作ってあった。昔はなかった。

県道に下りる途中に、紅葉のきれいな場所が残っていた。ここより上では、すでに落葉してしまっているところがほとんどである。

県道を40分歩いて青山荘前へ。ここから道標にあるようにヤビツ峠へのショートカット道があるが、奥様(たぶん)に「補修してないから県道の方がいいよ」と教えていただいた。