100 山は私ひとりのものではないが・・・ [Feb 23, 2021]

ブログ村に入っているので、ときどき題名につられて人の書いた記事を読むことがある。先日もそんなふうにクリックしたのだけれど、相当に違和感があったのであえて書いてみる。

誰の何という記事かは書かないが、山での自粛警察の行き過ぎに疑問を呈する内容であった。趣旨そのものは常識的なもので私もそう思っていたのだけれど、よく読むと首をひねるところが出てくる。

山でマスクをしないというのは個人の自由だからコメントしないが、3密でなければしゃべっても構わない、みんな喜んでいるのだからイベントをするのも自由、それをどうこういう奴は腹立たしいというご意見であった。

対するコメントがまた賛成一色で、話をするのは人間の本能だとかなんとか、まあ、そういうサイトにはそういう人達が集まって自分達を正当化するというトランプ現象が起こっている。まあ、他人のサイトだからこれ以上言うのはやめておく。

山は私ひとりのものではないので、私が不愉快だからやめろとまでは言わない。とはいえ、このご時世で唾(飛沫)を飛ばして大声で騒ぐのはやめてほしいと思う人がいるだろうというのは、常識的に想像できる範囲内である。

そう想像することができれば、すれ違ったら挨拶は小声にして会釈だけにしようとか、他人のいないところでは外すけれども誰かいたらマスクするとか、多人数で騒ぐのはやめておこうと私だったら思う。

イベントについても同様で、楽しいから、みんなが喜んでいるから文句ないだろうというのは通常時のことで(私個人の意見を言えば普段でも嫌だ)、こういう事態では遠慮しておくというのがデフォルトだろうと思う。

何かというと両論併記が昨今の流行で、NHKでも不自然なほど間隔を開けてパーティション付でニュースを読んでいる一方で、深夜に働く人がいるのだから深夜食堂を禁止するのはおかしいという。どっちなんだ?

とはいえ、おのおのが自分の主張ばかりして他人の立場に配慮しなければ、世の中は住みにくくなる一方である。自分の立場を主張しつつ、他人がどう思うか想像力を働かせるのが常識ある人だと思うのだけれど、そう思わない人が多いのは残念である。

もちろん、わざわざ主催者の連絡先を探してクレームをつけるという「自粛警察」に賛同する訳ではない。他人のすることに基本的に口を出さないというのが近代市民生活の基本だから、バリエーションルートに行く人がいてもそれはその人の自由である。

自由だけれども、自粛警察反対、山はみんなでしゃべるのが正しいと盛り上がるのも、これもはた迷惑な話である。昨年、裏高尾のときに書いたけれど、すれ違い困難な登山道でマスクなし、しゃべるのをやめないばあさまに閉口したことを思い出す。

山は私ひとりのものでないことは確かだが、騒ぎたい人達だけのものでもない。普通に考えれば、山を静かに歩きたい人がいるのは想像できるはずだし、少しは遠慮してもバチは当たらない。

こういう人達をみて思い出すのは、20~30年前まで人混みで平気でタバコを吸って、「国が売っているものを吸って何が悪い。嫌だったらお前が向こうに行け」という人達がたくさんいたことである。

米国発のSmoke Freeが日本にも波及して、近年路上喫煙が減ってきたのは何よりのことである。同様に、コロナがあってもなくても、他人にツバを飛ばすことがそれほど上品なこととは言えないだろうと思う。

[Feb 23, 2021]


山でリラックスしたい気持ちは分かるし、自粛警察は行き過ぎだと思うが、時節柄を気に掛けることは必要だし、他人がいることを配慮してもバチは当たらないと思う。(写真は記事と関係ありません。ちなみに、山名標を撮影したかっただけで、この人達を写したかった訳ではない)