882 番外霊場大麻比古神社 [Oct 7, 2019]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

2019年10月7日の朝になった。この日も晴れ予報で、雨の心配はない。朝5時に起きて支度を始めた。朝食は6時から食べることができる。

さて、この日どういうコースで歩くか直前まで悩んでいた。なにしろ、八十八番から一番というのはどの案内にもあまり詳しく載っておらず、行ってみなければ分からないというのが実情である。

最もオーソドックスとされるのは真念「道指南」に載っている十番切幡寺に抜けるコースだが、これは昨日通り過ぎてしまった。三本松からということになると、古来多く歩かれたのは大坂峠を越えて三番金泉寺に出るコースである。

昔の讃岐街道であるが、車道を通るとえらくワインディングして距離が長く、一方で登山道の状況がよく分からない。蛇が出るとか蜂がいるという情報もあり、できれば避けたいルートであった。

もう一つは、国道11号を進んで、卯辰越という峠を越えて一番霊山寺に至るルートである。すべて車道を通るので歩きやすそうではあるが、距離が長くなるのと、遍路地図に何も書いていない経路なので案内標識があるかどうか分からない。

最後まで迷ったのは大坂峠に向かうかどうかということだった。天気が悪ければ当然安全策だが、天気は上々である。しかし、良すぎてこれだけ暑くなると、虫とか蛇とかがかえって出やすいような気がした。ということで、目が覚めて改めて、距離は長いけれど卯辰越で車道を行くことにしようと決めた。

朝食もバイキング。ロールパンにグリーンサラダ、ハム、ウィンナソーセージ、卵焼き、ヨーグルトにフルーツを乗せて、後はジュースとコーヒー。家にいる時とよく似た朝食となった。ボリュームは前日の夕食で補充したので、あとはバランスである。

前日のうちに買って冷蔵庫で冷やしてあった1㍑のミネラルウォーターからテルモスに冷たい水を入れる。空の500mlペットボトル2本に入れると、ちょうど1㍑なくなった。この日も暑くなりそうだが、車道歩きなら自販機はあるだろうと思った(甘かった)。

午前7時20分にホテルを出発、国道11号を先に進む。ここは現在東かがわ市になっているが、以前は白鳥(しろとり)町、峠を越えて引田(ひけた)町になる。峠にあたる付近に高速のICがあり、高速引田というのは高松から大阪方面へのバスが止まる停留所である。

国道なので、㌔ポストがある。14分・14分・14分・14分・15分と5km余り歩いて、9時前に引田駅前でようやく海沿いに出た。遍路地図ではそんなにあるとは思わなかったが、よく見るとこのあたりは縮尺40,000分の1である。遍路地図はページによって縮尺がまちまちで戸惑うが、ここでもそうであった。

ペースも落ちたことだし一息いれることにして、セブンイレブンに入る。例によってクーリッシュを買って、歩きながら食べる。ここで助かったのは、実はこの先にコンビニがなかったのである。

遍路地図には、大坂峠と分かれるあたりにローソンがあると書いてあるのだが、閉店してしまったのか見当たらなかった。この先でも自販機はあったのだがコンビニは霊山寺までひとつもなく、ここを逃したら自販機以外補充できなかった。

海沿いの道を20分ほど歩くと、三谷製糖の工場前を通る。大きな看板に、江戸時代の製糖作業の絵が描かれている。和三盆糖は、サトウキビを絞って煮詰めた粗糖を何度も濾して不純物を取り除いて作る。絵はその精製過程と思われるもので、多くの職人が作業しており、牛もいる。

三谷製糖の少し先が、大坂峠との分岐だった。右手の山はかなり高くて、峠までかなりの傾斜があるように見えた。森も深く、山道も油断ならないように感じられたので、車道経由は正解だったかな、とその時思った。

分岐を過ぎ、海沿いのすばらしい景色を眺めながらゆるやかな坂を登って行くと、下り口に「徳島県」の看板があった。午前9時55分、出発から2時間半で県境に到着した。


引田駅前を過ぎて海沿いに出た。大窪寺まで登って下りて、海は3日振りである。この近くのセブンイレブンが、このルート最後のコンビニであった。


三谷製糖。江戸時代以来の製法により、和三盆を作り続けている。


午前9時55分、ホテルから2時間半で県境に到着した。

 

県境から15分ほどで三津トンネルである。トンネルの前に整備された公園があった。東屋とベンチがお休み下さいというかのように用意されている。ホテルから2時間半歩いて、そろそろ休みたい頃合いである。

リュックを下ろして、海に向かって座る。天気はよく、風もなく、海は静かだ。鳴門海峡はうず潮があるし、淡路島の東は紀伊水道で太平洋とつながっている。明石から三本松という航路は、動力船のない江戸時代には重宝されただろう。徳島航路や丸亀航路より、欠航する日数は少なかったはずである。

10分ほど休んで出発。三津トンネルの横には海岸線に沿って、「うずしおロマンティック海道」というアート作品の路上展示がある。この道はトンネル開通前は国道で、いまでも国道表示の古い標識が残っている。

アート作品とはいっても、車の残骸や小石を使ったもので、それほど大掛かりなものではない。屋根もなく野ざらしなので、最初はもっときらびやかだったのかもしれない。ときどき、製作者なのか違法駐車か分からない車が止まっていた。

海岸線を一回りすると三津トンネルの出口で、再び国道11号と合流する。このあたりからは県境付近よりかなり開けていて、国道沿いには真新しい建物が見られるようになる。ゴルフ場のようなリゾートマンションのような豪勢な建物の前を通る。

もう20年以上前になるが、屋島から鳴門大橋まで車で走ったことがあった。当時この区間に高速道は走っていなかったので、国道11号を使ったはずである。だとすれば、このあたりを通っていることになるが、残念ながら記憶がない。

さらに進むと、県道との分岐を示す案内標識が現われた。行先は「大麻」、霊山寺や大麻比古神社のある町の名前である。三津トンネル前の休憩所から40分ほどで着いた。問題はここからである。

分岐を右に折れると、いきなり登り坂となる。片側一車線の舗装道路であるが、国道でないので傾斜は急である。ひとしきり登って、国道沿いの住宅の屋根よりずっと上になると、ようやく地盤は平らになった。

県道の左手には川があって、何度か橋を渡った。右手は平らで畑と林が混在しており、その真ん中を県道が伸びている。民家はぽつぽつと見えるが、集落をなしているほどではない。

そして、覚悟していたこととはいえ、案内標識が全くない。国道であれば㌔ポストがあるし、一定間隔で案内標識もあるのだが、この県道にはない。時折、手作りの標識に集落名と思しき地名が書かれた分岐はあるけれども、地名が分からないので目安にならない。

もちろん、休憩所やベンチもない。お遍路が歩くことを想定していない道なのである。救いは道路が歩きやすいということで、右足と左足を交互に出していれば先に進むことができる。

そういう道を1時間ほど登っていくと、びっくりしたのはそこに集落があり十軒以上の家があったことである。よく考えると国道から4~5kmしか離れておらず、車であればあっという間だし、私の小さい頃でも学校まで1時間歩いて通う子供はいたから、びっくりすることではない。

びっくりすることではないのだが、それより驚いたのはストックを持つ手がひどくむくんでいて、普段なら見えるはずの皺がなくなっているくらい膨らんでいたことである。数日前から体調が悪く、発疹ができて顔も腫れていたのだが、加えて手もこういう状態になってしまった。ずっと手を下にして歩いていたせいだろうか。


大坂峠には向かわず、国道11号を直進。三津トンネルの前にきれいな休憩所があった。


三津トンネルが通る前は、国道は海沿いを通っていた。現在は「うずしおロマンティック海道」として、アート作品が展示されている。


最も距離のある卯辰越というコースをとる。危険個所のない安全な道だが、遍路道の表示や休憩所が全くない。

 

国道から1時間歩いたので、集落のはずれでリュックを下ろしてひと息つく。ここから先は峠越えで、ばんえい競馬ではないが休んでからでないと登りはしんどいのである。

集落以上にびっくりしたのは、ここに自販機があったことである。国道分岐から5km近く奥であり、近くの集落にも置いてなかった。三津トンネルを出てすぐのゴルフ場らしき建物以来だから、およそ2時間ぶりである。

遍路地図だとあるはずのコンビニがなくなっていて、自販機もしばらくなかったから、少々飲み物が心細くなっていたところだった。いろはす500mlを補充し、ついでにコーラの350ml缶をその場で飲んだ。

自販機のすぐ先から峠道は始まっていた。はじめはただの山道だったが、次第に右側をコンクリ壁と落石防止の網で補強された、本式の峠道になった。傾斜も、もちろん急である。標高差200mほどだが、結構しんどい坂であった。

とはいっても、基本はしっかりした舗装道路で、よくある林道のように両側から雑草が進出して道幅が狭くなっているということはない。右足と左足を交互に出していれば目的地に着く道で、㌔16分程度で歩けていたのではないかと思う。

さきほど通った集落を最後に民家はなくなって道路だけ続いていたが、峠付近になって、大掛かりな建物が見えるようになった。平らな台地が整備されて、森林でなく雑草が生えている。このあたりは、工業団地というと大げさだが、四国でよく見る街はずれの土木作業基地のようなものらしい。

12時55分、卯辰越に到着。峠にはベンチはないものの、小さなお堂と看板が立っている。ここから先が四国のみちになっているようで、行先を示す案内看板がいきなり出てきた。

コンクリの隔壁がちょうどベンチのように座れるので腰を下ろす。リュックを下ろし、テルモスに残っていた冷たい水でレモンジュースを作り、買ってあったランチパックでお昼にする。

不思議なもので、大窪寺でも與田寺でも感じなかったのに、いよいよお遍路も終わるんだなあと感慨深かった。途中では時間に追われることが多かったし、最後は体調を崩したけれど、あと4時間あればどうやっても霊山寺まで下りて納経できる。

レモンジュースを飲みながらあたりを見回すと、ここはもともと廃棄物処理場として許可が出ている場所で、はるか遠くに機械の残骸らしきものが見える。許可の日付は20年以上前で、許可以来全く稼働しなかったもののようである。

現在では、大麻町の肉店が所有者で、「四国のみち探索、お不動様参拝の方、ご利用ください」と無料駐車場になっている。とはいえ、自動車は一台も止まっていない。その代わりに、大麻方面から登ってきたサイクリストが、そのまま引き返したり自転車に乗ったまま一休みしたりしていた。

さて、いよいよラストスパートである。大麻比古神社まで、1時間ほどで下りられるはずである。


いよいよ最後の峠、卯辰越に向かう。2時間ぶりくらいに自販機を見てびっくりした。


卯辰越。コンクリの側壁に腰掛け、最後の休憩をとる。


卯辰越の周辺は、開発が放棄されたリサイクル施設の跡である。遠くに機械の残骸らしき物も見えた。

 

卯辰越の下りは意外と長く、大麻比古神社まで1時間近くかかった。曲がりくねった下り坂が延々と続くのと、麓に着いても神社への入口がよく分からなかったためである。

登りでは、自販機のあった集落から40分ほどで峠であったが、下りでは神社のすぐ近くまで来ても民家はみられない。左に入る分岐がいくつかあるのだが、轍の跡は見えるものの行先表示がない。工事用の作業道路のようであった。

分岐のたびに少し進んで戻ってをくり返し、橋をいくつか渡って、とうとう駐車場まで来てしまった。歩いている時は遠回りしてしまったと思ったが、結局のところ、最短経路だったのだろう。

大麻比古神社は、古くは阿波一宮とされた大きな神社である。「霊場記」にも、大麻比古神社が一ノ宮で霊山寺の奥ノ院と書いてある。にもかかわらず、なぜ十三番大日寺の隣にあるのが八十八ヶ所の一ノ宮なのだろうか。

四国に4ヶ所ある一ノ宮のうち、土佐神社と讃岐・田村神社が一ノ宮であることは議論の余地がなさそうである。ともに国府のすぐ近くに位置し、古くから今日まで崇敬を集めている。

首をひねるのが伊予と阿波である。伊予は大三嶋神社が一ノ宮であるから、本来は大三島か別宮・南光坊が一宮として札所に数えられるべきところ、国府でも大都市でもない小松の三島神社が札所としての一ノ宮となっている。

阿波の場合は、大日寺隣の一宮神社の方が国府に近く、律令時代に遡ればこちらが阿波一ノ宮だったのではないかと個人的には思う、しかし、室町時代に管領・細川氏の保護を受けて拡大した大麻比古神社が江戸時代に一ノ宮とされたので、両者が一ノ宮を名乗ることになったのではないだろうか。

本殿前に進み、二礼二拍手一礼でお参りする。神社には何人かの参拝客がいる。婚礼の下見に来たらしいカップルや、小さい子供連れは七五三だろうか。お参りの後、ご朱印をいただいた。

大麻比古神社から霊山寺まではまっすぐ南に進むだけだが、この参道がかなり長い。道の両脇には石灯籠が続き、林の向こうには大きな旅館の建物も見える。大日寺隣の一宮神社よりも、規模としては大麻比古神社の方がかなり大きい。

そして、ついに霊山寺に到着。時刻は午後3時だった。さすがに他の札所とは違って多くの参拝客でにぎわっている。初めてここにお参りしてから、足掛け5年で四国を一周したことになる。本堂・大師堂で読経して納経所へ。5年の間に納経所の場所が変わったようだ。

「日付印を押しますか?」と聞かれたのだが、「いえ、普通に」と答える。2回目は、すでに書いた墨書の上から、再度ご朱印をいただくだけである。

門前の「かどや椿荘」まで行くと、チェックインは4時からだったので、それまで近くを見て歩く。すぐ近くの民宿は看板こそそのままだが廃業したと聞くし、霊山寺のすぐ近くなのに人通りもない。5年前に遍路用品を揃えたお土産屋さんにも、お客さんはいなかった。ソフトクリームを買って、店先の縁台でゆっくりする。

かどや椿荘はHPを見ると一般社団法人で、経営者が制作した美術品などがあるというから堅苦しいところかと思っていたら、普通の民宿だった。そういう触れ込みだけあって、お料理とかお皿とかは凝っていたが、部屋は普通の和室で、1泊2食7,500円と値段もリーズナブルである。

この日の宿泊客は、私と、これからお遍路歩きを始めるというシニア女性と、外国人シニアご夫婦の4人であった。外国人のお客さんだと和室はきついように思えるが、ご本人達は異国情緒ということで結構平気なのかもしれない。

歩きはこの日までということで、お酒とビールをお願いして、他のお客さんや宿の人達(おかみさんと息子)と話をした。私にしては珍しくいろいろ話したのは、お遍路歩きが完結した安心感もあったのだろう。午後8時には布団に入った。

この日の歩数は43,419歩、GPSによる移動距離は24.0kmと、心配したほど長い距離ではなかった。歩き遍路の八十八番から一番までの経路として、卯辰越はかなり歩きやすい道だったのではないかと思う。

この日の経過
ホテルAZかがわ 7:20 →[10.4km]
10:05 三津トンネル前休憩所 10:15 →[6.3km]
12:00 林道分岐 12:10 →[2.5km]
12:55 卯辰越 13:15 →[2.9km]
14:10 大麻比古神社 14:25 →[1.8km]
15:00 霊山寺 → かどや椿荘(泊)

[Feb 27, 2021]


大麻比古神社。阿波一宮ともいわれる。


大麻比古神社から1kmほどある参道を進んで、一番霊山寺に達する。これで四国一周を果たした。


かどや椿荘の夕食。この日の泊まり客はお遍路2人と外人の夫婦。