995 歩き遍路を結願して [Mar 27, 2021]

先週までで、四国札所歩き遍路の記事が高野山奥ノ院に達した。実際にお遍路歩きを終えてから1年半、記事の連載を始めてから6年、名実ともにようやく結願である。

お遍路を歩いたのがちょうどリタイアする前後にあたったので、書いていていろいろ思い出した。出張に合わせて半日だけの歩きからスタートして、潜水橋を渡り、遍路転がしを登って下って、少しずつ長丁場に挑戦した。

いまでも折に触れて、紀伊水道沿いのフラクタル海岸や予土県境の苔だらけのトンネル、強風豪雨の中歩いた足摺岬や山北みかんを買って家に送った雪蹊寺の境内を順不同に思い出す。足掛け5年に及んだ区切り打ちだが、前後の区別がいまでは難しくなっている。(注.フラクタル海岸とは私の命名で、世間一般には「八坂八浜」と呼ばれています。詳しくはこちら

残り5ヶ所となった屋島寺で、外国人観光客を案内していた地元ボランティアの人に、「また来たいですか」と聞かれたこともあった。その時は、「大窪寺まで登って一番まで戻るので、とにかく無事に回り終えなければ」とお答えしたのだが、実際に結願直後にコロナ騒ぎが勃発して、拝観自粛・納経所閉鎖になってしまった。本当に、先のことは分からない。

いまから考えると、リタイアが遅れてスケジュールが後ろ倒しになれば間違いなくコロナにぶつかってしまった訳で、絶妙のタイミングであった。そういえば、十夜ヶ橋もお参りしてすぐに四国豪雨災害で、たいへんな被害を受けたのだった。

ずっと昔からお四国を回りたい、回らなくてはと思いつつ数十年経って、いまこうして一区切りついてみると、自分の人生そのものがいよいよ終盤にかかりつつあることを改めて感じる。

TVで自分と同じくらいの年寄りが出ているのを見て、「こんなに歳取って見える?」と奥さんに尋ねると、「しっかり見えるよ。じいさんなんだから」と返ってくる。孫がいようがいまいがじいさんになってしまうのが悲しいところである。

ひとまず結願して区切りがついた四国遍路だが、思い残したことがいくつかある。

八十八は回ったけれども別格二十は半分くらいしかお参りできていないし、真念和上肝煎の満願寺も予定していたのに行けなかった。江戸時代のお遍路が訪れた篠山にも行ってみたいし、石槌山にも登ってみたい。時間がなくてゆっくりお参りできなかったお寺も多い。

ただ、これからコロナが終息してもう一度回るとなると、今度は70になってしまう。ますます当り籤を引く確率は高くなるし、それ以前に足腰がこれまでのように動くかどうか。

いずれにしても、今回お参りすることができたのはいろいろなタイミングがばっちり重なったからで、後から考えると回るべき時期に回れるめぐり合わせだったのだろう。

いま感じている「思い残し」を果たすために再び歩くことができるならば、そのタイミングはおのずからやってくるのではないかと思っている。

[Mar 27, 2021]


紀伊水道に面したフラクタル海岸のことをよく思い出す。なぜだろうと思っていたが、ピクチャを整理していてこの区切り打ちがリタイアしてすぐの時期だったことに気がついた。それだけ開放された気分だったんでしょう。