102 筑波山(薬王院コース) [Jan 5, 2021]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

年が明けて、2021年になった。今年初めての山はどこにしようかとのんびり構えていたら、新年早々緊急事態宣言が出される見通しとなった。今回は、最初から千葉県含めて東京+首都圏3県になりそうな情勢である。

昨年同様、県境をまたいでの移動はご遠慮ください、不要不急の外出は自粛と言われるのは目に見えている。ならば、宣言が出される前に行っておこうということで急きょ支度を済ませ、1月5日の早朝、県境を越えて筑波山に向かった。

今回目指すのは、筑波山の中でもマイナーコースといっていい薬王院コースである。ロープウェー、ケーブルカーの筑波山ハイキングマップには載っていないが、地元の案内板には、旧ユースホステルまでの登山道とともにちゃんと描かれている。

この薬王院コース、注目すべきは筑波山第三の頂上である坊主山を通ることである。坊主山の山名は国土地理院地図には書いていないが、710.0mの三角点がある場所である。

三つの頂上は、男体山を中央にして、直角二等辺三角形の形に並んでいる。私の住んでいる千葉県からは、男体山の影になって坊主山は見えない。しかし北西方向から見ると、今度は女体山が男体山の影になって、男体山と坊主山の双耳峰に見えるのである。

坊主山の名は、おそらく薬王院の修験者が修行のため登り下りしたことから名付けられたのだろう。まるまる700m登ることになってしまうが、他のコースのようににぎやかではない。

登山口となるのは、つくし池駐車場。ここは桜川市で整備している駐車場で、トイレもちゃんとある。ところが、隣にある産直の駐車場と見間違えてダムの堰堤付近を行ったり来たりしてしまった。午前7時過ぎに到着、たいへん寒い。

午前7時20分出発。駐車場横に、薬王院への車道が登っていたけれど、境内を通り抜けできないかもしれないと思って、つくし湖沿いに登って行く。7~8分歩くと、「関東ふれあいの道」の苔むした標識が、薬王院への登り坂を案内してくれている。

しばらく民家が続くものの、のっけからかなりの急坂である。「椎尾急傾斜危険区域」と書かれた立て札が立っている。息を切らせながら登るとガードレールが見えて来て、駐車場から登ってきた太い車道と合流する。左手が薬王院である。

茨城県の「関東ふれあいの道パンフレット」によると、薬王院は782年に西仙上人によって開基されたという。おそらく西仙とは、最澄の弟子である最仙のことであろう。筑波山にゆかりの深い徳一(最澄と論争した)と最澄の弟子とでは相性が悪いような気がするが、法相宗、真言律宗などの時期を経て、現在は天台宗の寺である。

何度か火災に遭い、江戸時代に再建された三重塔と本尊薬師如来は県の文化財。外から見ただけでも伽藍は華やかである。ただ、中には石段がたいへん多く見えていたので、外から拝むだけにした。

薬王院から登山道への入口も、結構な段数の石段が上まで続いている。ここでいいのかなと思っていると、後から歩いてきた登山装備の女性がすたすたと石段を登って行ったので、ここで間違いなさそうだ。ちょっと見には、お寺の境内に続くように見える。

石段はそれほど長くは続かず、林間に続く登山道となる。この日はほとんど日が差さず暗いが、傾斜はびっくりするほどではない。白雲橋コースよりも緩やかだろう。

それは、このコースの距離が2km以上と白雲橋コースや御幸ヶ原コースの倍近い距離があることからも想像できた。標高差が同じなのだから、距離が長い方が傾斜が緩いのが道理である。

しかし油断はできない。どのコースでも、筑波山は頂上近づくほどに傾斜が急になる山である。


つくし池駐車場。「つくし亭」と「産直」の隣にある。トイレ完備。最初分からなくてしばらく迷った。


坊主山は南方向からは男体山の影になってよく分からない。北東方向からは、女体山、男体山と三つのピークがよく見える。いちばん右が坊主山。(後日撮影)


薬王院コースは、かつて薬王院の修験者達が使った道という。林道との交差までは、比較的緩やかな傾斜が続く。

 

薬王院コースはマイナーとはいえ主要登山道の一つであるが、登っていて心細いのは休憩場所がほとんどないことである。

登り始めてから頂上まで、東屋とかベンチは御幸ヶ原のすぐ下、自然探勝路まで見当らない。他のコースは少なくとも中間点までにベンチくらいはあるし、この日の午後下山した関東ふれあいの道では30分ごとにある。

薬王院を過ぎて登山道に入ると、ひたすら登るだけである。地図上で目標になるのは林道と合流する標高400mを過ぎた地点だが、なかなかそこまで着かない。登り始めて1時間、登山道に座れそうな石を見つけたので腰掛けて水分補給する。

この日見かけた登山者は、薬王院の登山口で抜かれた女性と、あとは単独行のシニア2人の合計3人。さすがにマイナーコースで、他のコースより人が全然少ない。登山道で座り込んでも、あまり気にならないのはうれしいことであった。

休憩地点からしばらく登ると林道との合流点。薬王院コースはベンチだけでなく、道標や案内看板もほとんどないのだが、林道合流を過ぎたところでようやく丸太に金属プレートをはめ込んだ案内板が現われた。標高は420m、距離はまだ半分残っている。

ここまでの傾斜はそれほどでもなかったのだが、標高500mを過ぎたあたりからついに急階段が現われた。「天国への階段」という異名があるらしい。見上げると、いったいどこまで続いているんだろうと思うくらい上まで続いている。

際限のない階段は日光霧降の天空回廊で経験済みだが、踏み段の幅が狭い上に、傾斜もこちらの方が急である。ところどころ手すりが残っているが、半分腐っていて手がかりにならないだけでなく、棘が刺さりそうである。

さすがに途中で息が上がって、再び座れそうな石を見つけて座り込む。汗がしたたり落ちる。防寒用に着ていたモンベルのレインウェアはとっくに脱いで、毛糸の帽子も夏用の汗を吸い取れるものに替えた。この「天国への階段」、天空回廊ともう一つの違いは踊り場がないことである。

一方で天空回廊より楽なところは、標高差が100mくらいしかないことである。ようやく傾斜が緩やかになり、先ほどと同じ規格の案内板が現われた。標高は630m、山頂までの残り距離は1,092mである。

このあたりから、左に分かれる踏み跡がいくつか現われる。坊主山三角点が710mだから、もうそろそろのはず。ただ、地図を見ると標高差20mほどのところで登山道を外れるから、もう少し先だろう。

再び急傾斜の階段が現われたが、さっきの天国への階段に比べれば楽なものである。そして、ほどなく左に分かれるはっきりした踏み跡に行き当たった。案内札もテープもないけれど、おそらくこれが坊主山への道である。

この分岐から頂上までは予想より長く、5分くらい登っただろう。やがて頂上らしき景色が見えてきたけれども、WEBに書かれていた山名標は見当たらない。「巨」と書かれた山界標と、それを囲むいくつかの石が頂上にあるだけだった。10時20分着。つくし池から2時間半で着いた。標高差650m、距離が2kmあるから、まずまずのペースである。

少し下がった広いところに三角点があるので、ここが坊主山に間違いない。奥多摩や丹沢であれば誰かがお手製の山名標を作って置いておくだろうし、すぐ近くの雪入山や尖浅間山でさえあるのに、ここにはない。もしかすると国定公園だから、作るそばから撤去しているのかもしれない。

木々に囲まれて展望はあまり開けないが、木々の間からは右に男体山、左に女体山の筑波山双耳峰が間近に見える。アンテナ群も見える。ただ、家から見るのと違うのは、男体山・女体山の左右が逆ということである。


林道交差から先、標高500m付近から上は、いつ果てるともない急傾斜の階段が坊主山付近まで続く。


坊主山頂上には、三角点と林界標があるが山名標は見当らない。木々の間から、男体山、女体山とアンテナ群を望むことができる。


男体山自然研究路からの坊主山(後日撮影)。

 

坊主山から男体山までは、基本的に緩やかな登り坂が続く。御幸ヶ原近くの登り階段と、男体山への岩場だけが山で、あとは遊歩道と言ってもいいくらいである。

そして、このあたりから急に人が増えた。男体山までケーブルで登って来て、自然探勝路や坊主山まで足を延ばすグループが多いらしく、ずっと騒がしい。これまで人の声がほとんどしなかっただけに、余計に神経に響く。

坊主山から御幸ヶ原に向かう途中で、靴紐がほどけているのに気が付いた。そして、麓からここまでベンチの一つもなかったのに、自然探勝路の東屋がすぐ近くにある。ちょうどいいので、ここで昼休みにすることにした。

時刻は10時を少し回ったところ。朝食が4時だったので、早すぎることはないだろう。糖質制限中なのでいつものランチパックはやめて、くるみパンのサンドイッチとインスタントコーヒー。歩いている間は感じなかったのだが、止まると寒い。

そういえば、冬のこの時期にはずっと房総の山で、茨城県に来たのは昨年からである。そして、筑波山より低い山だったので、山の上がこんなに寒くなるとは想定していなかった。迂闊なことである。

昔、家族で荒船山に行った時も寒くて、持ってきたおにぎりやお稲荷さんがほとんど食べられなかったことがあった。今回はサンドイッチだからご飯のように固くなることはないが、EPIガスでラーメンでも作りたいほどの寒さである。

インスタントコーヒーはテルモスのお湯なの、心なしか熱くないような気がする。食べ終わっても体があたたまらず、かえって指先がかじかんで震えるくらいである。

早々に切り上げて男体山に向かったのだが、こちらはまたすごい人で、とても緊急事態宣言間近とは思えなかった。茨城は首都圏3県ではないのだが、せめてマスクくらいするとか、大声をあげるのは止めるとか考えないのだろうか。

奥高尾に行った時もそうだったが、なにしろひどいのがばあさま連中である。耳が遠いものだから声がでかい。声がでかいとツバも飛ぶ。死なば諸共、コロナウィルスまき散らし放題である。

いくら小池大統領が「みなさん、自分のこととして考えて行動してください」と言っても無駄である。こうやって70年80年生きてきたのである。燕岳に行って中房温泉に泊まったのがどれだけ自慢なのか分からないが、かほちゃんとは50違うだろう。

頂上でイザナギノミコトにご挨拶して、早々に御幸ヶ原へ下りる。途中、ゴルフ場に向けて景色の開けたところに出たら、麓から次々と霧が上がってきてすぐに下界は雲の中になってしまった。道理で寒いはずである。

このまま下山しようかと思っていたのだけれど、どうにも手足がかじかんで仕方がない。御幸ヶ原に並ぶ食堂で、もつ煮込みを食べてから下りることにした。店の中に入ると風がさえぎられて暖かい。おばさんに注いでもらったお茶がたいへん温かい。

うどんにせずもつ煮込みにしたのは、糖質制限中ということがあったのだが、注文してから消化に悪いかなと気が付いた。ただ、江部先生によると最も消化に悪いのは炭水化物で、肉食動物の食べるものはたいてい消化にいいというから、そう思って食べることにした。

七味を振ってよく噛んで食べていると、お腹の中から温まってくるような気がした。やっぱり山の上では、糖質制限はほどほどに、温かいもの、パワーのつくものがいいみたいである。


男体山頂は、平日にもかかわらず相当な人出。非常事態間近だというのに、マスク着用の人は決して多くない。特にばあさま!!、せめて他人に向かってツバを飛ばしてしゃべるな。


男体山の途中にある展望台から、つくばねカントリーが見えた。麓から霧が上がって来ている。


御幸ヶ原の食堂でもつ煮込みを食べて、ようやく人心地がついた。糖質制限も山ではあまり好ましくないようです。

 

御幸ヶ原の食堂を出たのはちょうど正午だった。下山はユースホステル跡地に向けて、「高速登山道」関東ふれあいの道を下る予定である。この道は、食堂のすぐ裏、公衆トイレの横から始まる。

男体山頂上で見たとおり、麓から霧が昇って来て見通しはよくない。しかし、道の状態はすばらしくいい。さすが高速登山道だ。道幅が広い上に、傾斜が均等で岩がごつごつすることもない。

よく見ると、車の轍のような跡が残っている。この道は車両通行止のはずだが、かつて食堂・売店の人達が登ってきたことがあるのだろうか。あるいは、チバラキ界隈でおなじみのオートバイのライダーだろうか。

10分20分と歩いているうちに、体が暖かくなって腹の中も落ち着いてきた。もつ煮込みは正解だったようである。ローカーボくるみパンだけでは、麓まで歩けないような気がしたのだ。右足と左足を交互に出していればいいので、快調に歩ける。

このコース、早く下れるとは思っていたが、コースタイムがよく分からないし案内にも書いてない。ユースホステル跡地まで1.2kmらしいが、そこからつくし湖まで戻らなければならない。9kmほどのようだから、3時間あれば着くだろう。

ユースホステル跡地は何も残っておらず、駐車場になっている。ここまで40分ほどで下りてきた。そして気づいた。ここへは昔、来たことがある。

つつじヶ丘の駐車場を目指してきたのだが大渋滞で、風返峠にすら着けなかった。どこか駐車する場所はないかと右往左往して、結局ユース跡地付近まで回ってきたのである。

ところがここも路上駐車の嵐で、ヘアピンカーブ以外はすべて車が止められていた。結局あきらめてつくばセンターに戻り、ファミレスでご飯を食べて帰ったのだった。いまでは考えられない混雑だったのである。

そんなことを思い出しながらヘアピンカーブを下って行き、林道に合流した。あとはなだらかなアップダウンである。

このあたりから麓まで、筑波山の北東斜面は立ち枯れの木々が白くなっているのが目立つ。すでに葉もなく枝も途中から折れているのが痛々しい。そうした木々を伐採したものだろうか、広大な土地が裸になっている。

筑波山山麓でも、南側斜面は筑波山神社の持ち物で、多くの森林はきちんと管理されているように見える。しかし、北側の斜面はかなり様相が異なる。林道が通っているくらいだから、民間の山林なのかもしれない。

そんな景色を見ながら林道を西へと向かう。パンフレットに東屋マークがある場所にはベンチが一脚しかなく、おじさんがラーメンを煮ていたので遠慮して近くのガードレール脇で小休止。

この林道は標高400m近辺をトラバースするが、時々車が通る。麓から7~8kmだから、車なら10分15分で着く。それほど山奥という距離ではない。

登りで通った登山道と林道の合流地点まで、御幸ヶ原から1時間半で下った。予想以上のペースである。ただ、この後はかなり大回りして標高を下げていくので、なかなか麓まで着かない。薬王院を経由してつくし池まで戻るのに、さらに1時間かかった。

駐車場に戻ったのは2時45分。これでは日帰り温泉はあきらめなくてはならない。車で着替えて高速経由で家に帰ったのだが、なんと、つくし池から1時間半で家に着いてしまった。房総に行くより、ずっと近い。こんなに早く行き来できるなら、また来ることになるだろう。

その週の週末に緊急事態宣言となったが、やはり茨城は対象外だった。昨春のようにこれから対象が全国に拡大するのか、感染が終息に向かうのか、気がもめることである。

この日の経過
つくし池駐車場(60) 7:20
7:50 薬王院前(190) 7:55
8:30 座れる石(406) 8:35
9:05 急登途中(552) 9:15
9:50 坊主山(710) 10:00
10:20 自然遊歩道東屋(755)[昼食] 10:40
11:10 男体山(871) 11:15
11:30 御幸ヶ原(795) 12:00
13:05 関東ふれあいの道休憩所付近(447) 13:10
14:45 つくし池駐車場(60)
[GPS測定距離 14.4km]

[Apr 5, 2021]


下りは高速登山道「関東ふれあいの道」。霧がどんどん上がってくるが、登りとは違ってスピードが出る。


筑波山北面の林道沿いは、立ち枯れしてしまった木々や、大規模な伐採が目立つ。南西側とちがって、筑波山神社の管理ではないのだろうか。


鬼ヶ作林道、酒寄林道とたどる関東ふれあいの道は、環境省の予算がついているのでたいへん歩きやすい。右足と左足を交互に出していれば目的地に着く。