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半世紀前の話

150 豆腐屋 [Apr 15,2021]

半世紀前にはスーパーマーケットはなく、米屋・酒屋・肉屋・八百屋などの個人商店が食料品を売っていた。公団など大規模な集合住宅があれば商店街が整備されたけれど、住宅兼の店舗としている店も多かった。

それらとは別に、決まった時間に回ってくるお店もあった。多かったのはお豆腐屋さんである。豆腐や関連製品を作っているのだから店舗はあるのだが、それ以外に夕方、自転車に乗ってチャルメラを鳴らしながら来るのであった。

チャルメラというのは行商で客寄せのために吹いていた楽器で、いまでもラーメンの商品名になっているように屋台のラーメン屋さんが吹いていた。住宅街の場合はラーメンの屋台など来ないので、チャルメラといえばお豆腐屋さんであった。

お豆腐屋さんといえば思い出すのが、がんもどきである。子供の頃がんもどきが大好きで、お豆腐屋さんが来ると、お豆腐・油揚げの他に、「あと、がんもどき一丁」とお願いしたものである。

「へい、がんも一丁ね」と持ってきたボールに入れてくれるのだが、がんもどきを略して「がんも」なのだから、「がんもどき=がんも+時」だと思っていた。

もちろん正解は、「雁+もどき」で、細かく切った野菜やひじきを砕いた豆腐に混ぜて揚げた一種の油揚げで、鳥の肉に似せてあるので雁もどきなのである。

昔は雁を食べたものかどうか、そんなに簡単に獲れるものではないように思うのだが、ポピュラーな食材だったのだろうか。ともかくも、がんもどきは小さい頃から好物であった。

お豆腐屋さんに話を戻すと、買いに行く人はボールを持って行き、買ったお豆腐を入れてもらうのが常であった。いまのように、少量の水が入ったパックで売られていた訳ではない。

同様に、お肉屋さんは笹の模様の付いた紙に包んで(初めはリアル笹の葉だったに違いない)、八百屋さんは新聞紙に包んで品物を売っていた。それらを買い物かごに入れて、家と店とを往復したのである。

去年の秋から糖質制限をしているので、豆腐の消費量は格段に多くなった。糖質0麺(おからでできている)も含めると、1日1丁くらい食べているかもしれない。この歳になってお豆腐をこんなに食べるようになるとは、予想もしていなかったことである。

[Apr 15, 2021]

がんもどき c)素材力だし@がんもどきの含め煮レシピ