103 筑波山(男の川ルート・失敗) [Feb 3, 2021]


注.このルートは右岸(図の右側、下流から見て左の本流に見える沢)を遡ると遭難します。注意。この図表はカシミール3Dにより作成しています。

緊急事態で遠出ができない日が続いている。2月の山行も、車で2時間足らずと近場の筑波山にせざるを得なかった。ほとんどのハイキングコースを登ってしまったので、今回はバリエーションルートである男の川(おのかわ)ルートを選んでみた。

前回、薬王院コースを歩いた時、林道に車が多く止まっているのはなんだろうと思って調べたのがきっかけだった。筑波山のバリエーションルートは男体山からの男の川ルートと、女体山からの女の川(めのかわ)ルートがよく知られている。ともに、裏筑波と呼ばれる筑波山の北側にあたるルートである。

男の川ルートは林道に車が多く止められていた場所から男の川を遡上し、薬王院コースの坊主山を越えたあたりに出るようだ。まず、こちらを歩いてみることにした。

WEBには「女の川はともかく、男の川に迷うような場所はない」と書かれていたのだけれど、結果的にいうと迷ったのである。歩いている時点では、ガレ場で木の枝がうるさいので仕方なく尾根に登ったという感覚だったが、あれが丹沢や奥多摩だったら遭難である。

詳細は以下の記録を読んでいただくとしてまず結論をいうと、「1.男の川ルートは男の川を遡上するルートではない。本流だと思って辿っていくと正規ルートから外れる」ということである。

そして、「2.大滝不動から薬王寺コース合流まではっきりした踏み跡が続いており、迷うような場所だったらそれは間違い」だということ、さらにネタバレだが、「3.基本的に左岸、沢の向かって右側で水の流れている場所から離れたところを歩く」ということである。

WEBには沢の右岸左岸を行ったり来たりするなどと書かれているものもあるが、季節や雨の多い少ないはあるだろうけれど、正規ルートで続けて足が濡れるような場所はなかった。ただでさえ標識が全くないのだから、不正確な情報には気をつけたいものである。

2021年2月3日、この日は節分ではなく百数十年ぶりの立春であった。春分の日だって数年に一度ずれるのに、明治以来、大正・昭和・平成の100年以上立春がずれなかったというのも驚きである。

つくし湖の休憩所に寄ってトイレを借りた後、山道に入る。この林道は前回歩いたので、林道とはいえ車の通行に支障ないことは確認してあった。ほとんどの場所ですれ違い可能である。

男の川登山口は、麓の集落への車道を分けた後、「山火事注意」の横断幕があるので分かりやすい。朝8時過ぎに到着。すでに先客が2台止まっていた(帰りは6台に増えていた)。少し戻った場所にあと何台か止められる。

「男の川」の説明板から少し上がったところに、大滝不動の祠がある。祠には、一枚岩に彫り込んだ光背つきの座像と、石造りの立像の二柱の不動明王が祀られている。まず登山の無事を祈願して手を合わせる。

車を出る時に表示されていた気温が-2℃。筑波山の北側斜面で標高も400m以上あるので、結構冷え込んで手袋を外すと手がかじかむ。防寒用のレインウェアとニット帽もそのままで、8時20分に登り始めた。


男の川ルートの起点は、「男の川」説明看板の横。バリルートなので行先案内はありません。


登山道を歩き始めてすぐに、大滝不動の祠の横を通る。一柱は座像、一柱は立像。立派な屋根が付けられています。


この写真を撮った時にはすでに正規ルートを外していた可能性が大。それらしき踏み跡が続いているのが何ともいえない。

 

大滝不動から上にも、ここまでと同じような登山道が続いている。踏み跡などという心細いものではなく、しっかりした登山道である。これが坊主山近くまで続くということはあるまいと思っていた(これが大間違い)。

WEBを見て、沢に沿って右岸と左岸を行き来するような道を想像していたので、しだいに踏み跡が心細くなり、ガレ場と沢を歩くようになってもそれほど心配しなかった。沢の源頭部で尾根道に登るのだろうと思って、どんどん先に進む。

沢の右岸で、左の尾根に登る登山道と分かれた先で、いよいよ険しいガレ場となった。左の尾根は方向的にユースホステル跡地から御幸ヶ原までの「関東ふれあいの道」だろうから、男の川ルートとは違うはずだ。とはいえ、濡れた岩は滑るし、安定しないので足の置き場に迷う。

なるほどこれはバリエーションルートだと納得して、ひと汗かいたので身支度を整える。レインウェアを脱ぎ、ニット帽は汗を吸う夏用の帽子に替えた。幸い下は乾いたガレ場なので、リュックを置いても汚れない。

後から判明したことだけれど、こんな場所は正規ルートにはない。それなのに、ルートから外れているという認識さえなかったのだから困ったものである。ただ、倒木や枯れ枝がたくさんあって歩きにくいガレ場だと思っていた。

沢の上方に、男体山と思われるピークが見え隠れする。そろそろ尾根道に上がる頃合いと思って両岸をうかがうのだが、右手(左岸)は道などとても通っていないような急こう配で、森も深い。左手の尾根が間近に見えるのだけれど、坊主山方面に向かうのに右岸はおかしいなと思っていた。

路肩駐車場には2台の先客がいたのでもう少し歩きやすい道を想像していたのに、案に相違してハードな道である。一度は左手(右岸)に尾根に登る踏み跡が見えたと思ったのだが、登ってみるとただの落ち葉で、下が一枚岩だったので滑って転んだくらいである。

駐車場から1時間ほど登って、いよいよガレ場に倒木や枯れ枝が散乱して進めなくなってしまった。こうなると、左手に見える尾根に登るしかない。手近の幹を手掛かりに踏み跡らしきものを追うのだけれど、やっぱりただの落ち葉だった。

ただ、そこまで登ると、もう一度沢まで下りるのと、尾根まで登るのと、たいして距離も高さも変わらない。道も踏み跡もないけれど、行く手に立ちはだかる笹薮をかき分けて尾根に向かう。

たまたま季節が冬なので藪がそれほど濃くなかったのと、蜂などがいなかったのでなんとか尾根に達したけれど、考えてみれば無謀な試みで、一歩間違えれば遭難である。ただし本人は、先行したグループはあのガレ場を進んで行ったのはすごいなと思っていたのだから、おめでたいことである。

尾根にはちゃんとした登山道が通っていて、おそらく男の川から上がって御幸ヶ原に向かう道である。私が藪を漕いで出てきた少し先にブロック造の小屋があって、御幸ヶ原への揚水施設のようであった。おそらくそのメンテナンスのため、登山道が整備されているのだろう。

登り坂を歩くと、すぐに関東ふれあいの道に出た。ついこの間下ってきた道である。合流点まで出たのが9時半、45分には御幸ヶ原に着いたから、ほとんど御幸ヶ原の直下に出たということである。

藪漕ぎなど苦戦をしいられたものの、予定していた時間に御幸ヶ原に着くことができた。この間もつ煮込みを食べた食堂で温かいものでも食べてひと休みしたかったのだが、時間が早かったのか、あるいは緊急事態宣言の影響か、開いていなかった。

他に開いている店はあったのだけれど、持ってきたテルモスでインスタントコーヒーを淹れて、カロリーメイトで軽いお昼にする。御幸ヶ原は寒風が吹きさらしている上に、登山客もまばらで余計に寒々しかったが、コーヒーで暖まることができた。30分休んで出発する。


谷の先に男体山らしきピークが見え隠れする。完全に正規ルートを外している。正規ルートには、ガレ場を長く遡る場所はない。


藪を漕いで尾根道に復帰する。この道は一体どこに通じているのだろう。


結局この道は、御幸ヶ原・旧ユース間の関東ふれあいの道と、御幸ヶ原への揚水施設らしき小屋を結んでいる道でした。

 

当初の予定では、午後は女体山まで歩いてキャンプ場に下りる計画としていたが、男の川ルートをちゃんと登れなかったので、下ってみてルートを確かめることにした。

とはいっても、この時点では沢を間違って遡ったとは思っておらず、あの荒れたガレ場を逆から突破するのは嫌だなと思っていた。この日はちゃんと頭が働いていなかったようである。

まず、坊主山方向に向かって少し戻る必要がある。この日は男体山に登らずに、自然研究路の西回りで男体山のあちら側に下りるつもりである。

ところが、しばらく進んだ間宮林蔵の立身岩の先で通行止めになっている。迂回路と指示された方向に進むとずいぶんと登る。とても遊歩道とは思えない岩を登ると、男体山登山道に合流した。

まだ登山道の下の方である。どこまで登るんだろうと思ってさらに進むと、足元がずるっと滑って派手に転倒した。男の川の斜面に続いてこの日2度目である。滑りやすい一枚岩がまだ凍って滑りやすくなっていたらしい。

打ちどころも悪く、両足のスネがひどく痛む。スラックスは破れていないしCW-Xも大丈夫そうだが、生身の体には響く。良くて打ち身だし、悪くすると傷になっているかもしれない。

この日は登山客が少なくて誰にも見られていなかったのは不幸中の幸いだったが、普段の筑波山なら衆人環視の下でかなりみっともなかっただろう。

これで、頂上まで登って迂回路を探そうという気もなくなった。御幸ヶ原まで慎重に戻り、公衆トイレの横から東回りの自然研究路に進む。

ところが、こちらは石段部分がアイスバーンとなっており、一歩進むごとに置いた足が滑る状態である。もうこれ以上転倒するのは嫌なので、氷のないところに足の置き場所を探す。それでも滑るのだが、何とか転倒までには至らなかった。

帰ってから調べたところ、自然研究路の西回りはしばらく前(少なくとも2016年)から落石により通行止めが続いており、男体山山頂まで登らないと先には行けない。5年も放っておくなら、現地の掲示板はともかくWEB上のハイキングコース案内は代えておけばいいのに。

アイスバーンの石段を下りる頃になって、ようやく暖かくなってきた。100mほど標高が下がったせいもあるだろう。この日初めてのリラックスした尾根歩きで、前方には林の向こうに坊主山のピークを見ることができた。


再び御幸ヶ原へ。前回もつ煮込みを食べたお店はやってませんでした。時間が早かったせいなのか、あるいは緊急事態のためなのでしょうか。


男体山自然研究路を歩いてみたが、残念ながら途中から土砂崩れのため通行止めで、御幸ヶ原に引き返すことになった。


自然研究路はアイスバーンと化して滑ること滑ること。通過に相当気を使う。

 

自然研究路の先端、薬王院コースへの下山口からすぐの場所に、男の川コースの下山口がある。よく分からない漢数字で印のつけてある大岩のところで、登山道が左右に分かれている。

左に進むと薬王院コースと坊主山への登山道があり、右が男の川ルートである。目印の岩から茂みに入るあたりに、汚れて半分読めなくなった注意書きがある。ちゃんと看板にせず、プリントアウトしたものをパウチしただけのようだ。

「このルートは道ががはっ■■■■おらず、危険な場所や迷いやすい場所が■■■■ります。ご利用には十分ご注意ください。」

後から考えると、この表示はここに掲示するよりも、路肩駐車場のあたりに貼ってある方がよさそうだ。というのはこのルート、下りる分にはほとんど迷わないが、登る分には枝沢に迷い込む可能性があるからである(私のように)。駐車場の場所には、スズメバチ注意の貼り紙しかなかった。

貼り紙の先から男の川ルートの下山道が始まっている。最初はトラバース道を進み、スイッチバックして急坂に入る。踏み跡というよりしっかりした登山道で、傾斜はきついけれど危険な個所はない。

急坂を下ると沢の源頭部に着く。細いパイプが刺さっていて、男の川最初の水が湧出している。上に登山客もいるし売店もあるので飲むには勇気がいるが、ともかくここが男の川の源流に違いない。

この流れはすぐにガレ場の下に沈んでしまい、沢を歩くという感じではなくなる。道は依然としてはっきりしているし、しかも太い。奥多摩や丹沢なら一般登山道である。

薬王院コース合流点付近で単独行の人と、このあたりでシニア4人グループとすれ違った。平日なのにこの状態だから、決してひと気のないルートではない。そして、シニア4人組が登ってくるくらいだから、私が朝に突破したような枯れ枝満載の道でないことは確かであった。

さらに下りたあたりに茨城県の設置した「鳥獣保護区」の金属製看板がある。ということは、筑波山のこちら側斜面はやはり神社の持ち物ではないのだろう。そして、林の中を間違いようもない登山道が続いている。私はどこで間違えたのだ?

ここがそうだろうという場所に着いたのは、登山口までかなり近づいたあたりだった。沢が何ヶ所かに分岐するところで、登山道は左岸に続いているのだが、下から見ると正面のガレ場の方が幅が広く、そちらに進むと思えるのである。

確かに右に進む登山道を見逃したのは手落ちだが、正面の沢には盛んと水が流れていて、沢を登って両岸を行き来するという説明が頭にあると、まっすぐ進んでしまいそうな場所であった。

そして、帰ってから写真を整理していて気付いたのだが、私が道間違いをした場所で、岩のコケに「×」印をつけてあるのだった。コケを傷つけるくらいなら、せめてこの場所に「この先の沢は男の川ルートではありません」と貼り紙をしておけばいいのに。「頭上注意」のような貼り紙があるのだから、すでに自然のままではないのである。

ただ、この下も登山道は沢よりかなり高い場所を通っているので、もっと早くから間違えていた可能性もある。思い出してみても、ガレ場が出てきてから登山道を通った覚えがないのである。

お昼少し前に大滝不動の登山口に到着。薬王寺コースとの分岐から40分だから、間違えなければ少なくとも1時間で合流点まで登れたはずである。筑波山とはいえ、バリエーションルートの厳しさを思い知らされた1日でした。

下山した後は、つくば湯に向かい汗を流してから帰宅した。転倒したスネは特に右足がひどくて、広くすりむけ傷ができてシャワーで流したらひどくしみた。幸い出血することもなかったが、帰ってから4~5日痛かった。

この日の経過
男の川路肩駐車場(454) 8:20
9:45 御幸ヶ原(792) 10:15
11:05 薬王院ルート分岐(721) 11:05
11:55 男の川路肩駐車場
[GPS測定距離 4.0km]

[Apr 26, 2021]


薬王院コースと男の川ルートの分岐は、へんな目印の岩と少し先にある半分読めない注意書きがテープ代わりとなる。


男の川ルートはたいへんはっきりした登山道が麓まで続く。なんで迷ったのだろう。


おそらくここが間違えた場所。登山道は沢を離れて進むのに、ガレ場を進んでしまった。この先も水が流れているので、そちらが本流と勘違いしたのである。コケに付けられたX印は、登っている時もこれを撮影した時も見逃し、写真を整理していて気がついた。